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本編
会いたくて
しおりを挟む『……迷惑でなければ、彼を呼んでもらっても良いですか?』
私が小さな声でそう言うと、ミシェルは心得たとばかりにコクリと頷いて、フェリクス様を呼びに行ってくれた。
厚かましい女だと思われないだろうか?
やはり迷惑ではないだろうか?
ついついそんな事ばかり考えながら私に与えられた客室内でウロウロしつつ待っていると、すぐに部屋の外からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
そうして、扉が開いたと思った瞬間、私は直ぐ様温もりに包まれてしまっていた。
「マリアンヌ!」
名前を呼ばれて、ぎゅうっと抱き締められて、私の体温が一気に急上昇する。
急いで駆け付けてくれたらしいフェリクス様の身体はぽかぽかだった。窓から差し込む日の光を浴びてキラキラ輝く彼の銀の髪が、サラリと揺れてとても綺麗だ。
「あの、フェリクス様……?」
「何か不安な事でもあったのかい?」
「い、いえ。そういう訳では……」
「なら、心細かった?それとも、朝食を一緒に食べたいと思ってくれたのかな」
……これは、理由を言わないと駄目だろうか。
呼びつけたのは私だもの。
理由は言わないと駄目よね。
どうしよう。
何だか酷く恥ずかしい。
「フェリクス様に、会いたくて……」
どうしてこんなに会いたくなるのだろう。フェリクス様の顔が見たい。
伯爵邸から連れ出してくれたせいだろうか?
自分の気持ちが、よく分からない。
けれど、彼とは幼い頃から一緒だった。
冷たい両親よりも、私は優しい彼と過ごす時間が好きだった。
婚約破棄された時は、変わりすぎた彼に驚いたけれど、それも魅了の魔法によるものだと知って……
今でも生きていく事は怖いと思っているし、不安もあるけれど。
今はただ、会いたいと、そう思ってしまう。
「私に会いたいと思ってくれたのかい?」
フェリクス様が、何故だかとても驚いた顔をした後、ほんのりと目元を朱に染めた。
嬉しそうで、だけど泣いてしまいそうな、そんな表情で。私の胸がきゅうっと締め付けられる。
「はい。……鍛練中だと聞いたのに、邪魔をしてしまって申し訳ありません。私……」
「邪魔なんかじゃない。マリアンヌが私に会いたいと思ってくれたのなら、私は凄く嬉しいよ」
フェリクス様が、いつかみたいな蕩けるような笑みを浮かべてくれた。
そして、彼は私の髪を一房掬い取り、ちゅっと口付けた。
「……フェリクス、様?」
「すまない。つい。……怖くない?」
「え?」
「これだけ抱き締めておいて今更だけど。男である私に触れられるのは、怖くないかい?」
「!」
それは私自身も疑問に思っていた事だ。侍女であるミシェルにさえ、着替えや化粧で触れられた時に、少しだけ身体が強張ってしまったのに。
伯爵邸で再会した時に、何かを思ったり感じたりする前に抱き締められてしまったからだろうか?
抱き締められた時に、彼の温もりを知ってしまったからだろうか?
「……怖くは……ないです」
「そうか。……それなら良かった」
彼が嬉しそうにはにかんだ。
少しだけ幼く見えるその表情に、私の鼓動が不思議と高鳴っていく。
「このまま一緒に朝食を取ろう。食べられるかい?」
「は、はい」
「今日の公務は昼過ぎからなんだ。だから、それまでは時間がある。朝食の後に、少し庭を散歩しようか」
「はい。ありがとう存じます」
お礼を口にすると、フェリクスは困ったように笑いながら腕を出して、僅かな距離だが、私をテーブルまでエスコートしてくれる。
「畏まらないでいいよ、マリアンヌ。二人でいる時は、敬語なんて使わなくていい」
「ですが……」
「勿論、無理強いはしないけど。……その内、敬語じゃなくて、普通に話してくれたら嬉しい」
「……はい、フェリクス様」
その内。
何だか不思議な感覚だ。
今まで誰からもそんな事……
『姉上』
ああ、そうだ。
あの子だけは、フェリクス様と同じ様に言ってくれた。
私は上手く接する事が出来なかったけれど。
客室内のテーブルに運ばれてきた朝食を食べた後、私とフェリクス様は朝陽が燦々と輝く王太子宮の庭へと足を踏み入れた。
* * *
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