【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

文字の大きさ
上 下
6 / 59
本編

会いたくて

しおりを挟む


『……迷惑でなければ、彼を呼んでもらっても良いですか?』

私が小さな声でそう言うと、ミシェルは心得たとばかりにコクリと頷いて、フェリクス様を呼びに行ってくれた。

厚かましい女だと思われないだろうか?
やはり迷惑ではないだろうか?

ついついそんな事ばかり考えながら私に与えられた客室内でウロウロしつつ待っていると、すぐに部屋の外からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
そうして、扉が開いたと思った瞬間、私は直ぐ様温もりに包まれてしまっていた。

「マリアンヌ!」

名前を呼ばれて、ぎゅうっと抱き締められて、私の体温が一気に急上昇する。
急いで駆け付けてくれたらしいフェリクス様の身体はぽかぽかだった。窓から差し込む日の光を浴びてキラキラ輝く彼の銀の髪が、サラリと揺れてとても綺麗だ。

「あの、フェリクス様……?」
「何か不安な事でもあったのかい?」
「い、いえ。そういう訳では……」
「なら、心細かった?それとも、朝食を一緒に食べたいと思ってくれたのかな」

……これは、理由を言わないと駄目だろうか。
呼びつけたのは私だもの。
理由は言わないと駄目よね。

どうしよう。
何だか酷く恥ずかしい。

「フェリクス様に、会いたくて……」

どうしてこんなに会いたくなるのだろう。フェリクス様の顔が見たい。
伯爵邸から連れ出してくれたせいだろうか?
自分の気持ちが、よく分からない。

けれど、彼とは幼い頃から一緒だった。
冷たい両親よりも、私は優しい彼と過ごす時間が好きだった。
婚約破棄された時は、変わりすぎた彼に驚いたけれど、それも魅了の魔法によるものだと知って……

今でも生きていく事は怖いと思っているし、不安もあるけれど。
今はただ、会いたいと、そう思ってしまう。

「私に会いたいと思ってくれたのかい?」

フェリクス様が、何故だかとても驚いた顔をした後、ほんのりと目元を朱に染めた。
嬉しそうで、だけど泣いてしまいそうな、そんな表情で。私の胸がきゅうっと締め付けられる。

「はい。……鍛練中だと聞いたのに、邪魔をしてしまって申し訳ありません。私……」
「邪魔なんかじゃない。マリアンヌが私に会いたいと思ってくれたのなら、私は凄く嬉しいよ」

フェリクス様が、いつかみたいな蕩けるような笑みを浮かべてくれた。
そして、彼は私の髪を一房掬い取り、ちゅっと口付けた。

「……フェリクス、様?」
「すまない。つい。……怖くない?」
「え?」
「これだけ抱き締めておいて今更だけど。男である私に触れられるのは、怖くないかい?」
「!」

それは私自身も疑問に思っていた事だ。侍女であるミシェルにさえ、着替えや化粧で触れられた時に、少しだけ身体が強張ってしまったのに。
伯爵邸で再会した時に、何かを思ったり感じたりする前に抱き締められてしまったからだろうか?
抱き締められた時に、彼の温もりを知ってしまったからだろうか?

「……怖くは……ないです」
「そうか。……それなら良かった」

彼が嬉しそうにはにかんだ。
少しだけ幼く見えるその表情に、私の鼓動が不思議と高鳴っていく。

「このまま一緒に朝食を取ろう。食べられるかい?」
「は、はい」
「今日の公務は昼過ぎからなんだ。だから、それまでは時間がある。朝食の後に、少し庭を散歩しようか」
「はい。ありがとう存じます」

お礼を口にすると、フェリクスは困ったように笑いながら腕を出して、僅かな距離だが、私をテーブルまでエスコートしてくれる。

「畏まらないでいいよ、マリアンヌ。二人でいる時は、敬語なんて使わなくていい」
「ですが……」
「勿論、無理強いはしないけど。……その内、敬語じゃなくて、普通に話してくれたら嬉しい」
「……はい、フェリクス様」

その内。
何だか不思議な感覚だ。
今まで誰からもそんな事……

『姉上』

ああ、そうだ。
あの子だけは、フェリクス様と同じ様に言ってくれた。
私は上手く接する事が出来なかったけれど。

客室内のテーブルに運ばれてきた朝食を食べた後、私とフェリクス様は朝陽が燦々と輝く王太子宮の庭へと足を踏み入れた。


* * *
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...