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本編

私の処遇

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荘厳な王宮に到着し、マリアンヌは馬車の中でフェリクスに抱き抱えられたまま、王太子宮へと向かう。

出迎えに出てきた使用人達の殆どは仕事中な為に気を引き締めた顔をしていたが、数人の侍女達は馬車から降りたマリアンヌを見て眉をひそめた。

(……ああ、きっと厚かましくて図々しい女だと思われているのね)

一度婚約破棄された女が、今回のヤデル伯爵の件で元婚約者に縋り付いたとでも思われているのだろう。

(でも、そう思われても仕方がない)

フェリクス様まで悪く思われないようにしなくては。
今の私には、それくらいしか出来ないもの。

「フェリクス様。ここからは自分で歩きます。お気遣いいただいて、ありがとう存じます」
「お礼なんて言わないでくれ。私に出来る事はなんだってする。……なんだってさせて欲しい」

フェリクス様の空色の瞳が、切なげに揺れる。
私はもう、貴方の婚約者ではないのに。

(ああ、でも……)

魅了の魔法に掛けられていた、というのはやはり本当だったのだと思った。疑っていた訳ではないが、いまいちピンと来なかったのだ。
けれど、ヤデル伯爵邸からずっと傍らに居てくれる彼の私を見つめる瞳や態度、雰囲気は、全て婚約破棄する前の彼を思い起こさせた。

政略結婚で、幼い時に決まった婚約だったけれど、彼はいつも優しくて、私を大切にしてくれていた。
成長と共に、少しずつ大人の男性へと変わっていった彼は、時折私へとても甘い声音で囁いて。
その度に私は、彼を意識してしまい、顔を赤くしてしまっていた。私が恥ずかしくて慌てると、彼は蕩けるような笑みを浮かべてくれて。

だからこそ、突然の婚約破棄が信じられなかった。

フェリクス様は『マリアンヌには何の非も無い』と言って、婚約を白紙撤回した後に、私の両親にも頭を下げに来ていた。
私の両親はただただ婚約破棄された無能として私に対して冷徹な視線を向けるだけだったけれど。

今の彼は、確かに私が知っているフェリクス様だ。
けれど、もう私はあの頃の私ではない。

王太子宮の客室へ案内された私は、促されるままにソファーへと腰を下ろす。そして、侍女達がお茶の用意をしてからフェリクス様の指示で客室から退出したのを見計らい、口を開いた。

「フェリクス様。詳しい話をお聞かせ願えますか」
「ああ、勿論だ。まずはヤデル伯爵の件だが、伯爵は数年前から悪事に手を染めていたようだ。人身売買から、強姦に殺人など、罪状はかなりのものになる。ほぼ間違いなく処刑となるだろう。爵位も剥奪される為、領地も王家へ返還される。……一部は他家へ下賜されるが」

通常であれば、身内は領地に返されるか、伯爵自身よりも軽い刑罰が下されていた筈だ。
けれど、ヤデル伯爵は重罪の為に処刑。爵位も剥奪だ。当然身内には何も残らない。

「では、私は平民となるのですね」
「違うよ、マリアンヌ」
「え?」
「……どうか私に、チャンスをくれないか」

チャンス?
どういう事?

「だが、まずは静養だね。君には心身ともに癒しが必要だ。今は何も考えずに、ここでゆっくり休んで欲しい。……王太子宮では執事長と侍女長、それから君につける侍女達にだけは真実を話してある。遠慮せずに頼って欲しい」
「それは……シュゼットの事を、ですか?」
「そうだ。王太子宮の古参の者達は、私が突然婚約破棄した事にずっと疑問を持っていたらしい。執事長や侍女長からは何度か問い質された事がある。……その時の私は、彼等の質問の意味が分かっていなかったが」

魅了の魔法は、それほどまでに強力なものだったようだ。
フェリクス様の端正な顔が、悔しげに歪む。

「彼等に事情を話したら、酷く納得されたよ。私をよく知る彼等だからこそ、私の不自然さがよく分かったのだろう」
「そうだったのですか……あれ?でも……」

それならば、側近の方達は?
在学中、フェリクス様は常に私や側近の方達と行動を共にしていた。側近となる方達は私の婚約と同じ様に、幼い頃に数人の候補達の中から選定されている。所謂幼馴染と言っても過言ではない彼等は、フェリクス様の違和感に気付かなかったのだろうか?

そんな私の思考を見透かしたかのように、フェリクス様が苦々しく答えた。

「シュゼットの魅了の魔法は側近であるレジー達にも影響を及ぼしていたらしい。私の突然の婚約破棄にさえ、何の疑問も抱いていなかったようだ。側近である彼等も、今では私同様正気に戻っているし、当事者である為、当然真実を話してある」

フェリクス様は更に話を続けた。
他にもヤデル伯爵邸でフェリクス様と共にいた近衛騎士達や、陛下や宰相。大臣達。そして最も信頼している王宮医師と一部の王宮魔法師達には魅了の魔法や私の婚約破棄などを含めた今回の件を全て話してあるそうだ。

しかし、民は勿論、それ以外の貴族達や、王太子宮の古参以外の使用人達。王族を守る近衛騎士達以外は、シュゼットの魅了の魔法について知らされていないとの事。

無理もない。
シュゼットがどうやってその力を得たのかは分からないが、王族を容易く傀儡に出来るような強力な魔法があると知られたら、それは王国の、引いては世界の危機とも言えるだろう。

「彼女は、とても危険な存在だったのですね」
「ああ、本当に恐ろしいよ。……君から、何か聞きたい事はあるかい?」
「……あの……」
「なんだい?」
「今回の件、お父様とお母様は……」
「……彼等には、魅了の魔法については話していない。だが、婚約破棄と今回の件で、彼等には彼等が望むものを与えている。君を王宮で預かる事も了承済みだ」
「そうですか」

私が答えると、フェリクス様は何か言い難そうに言葉を濁した。

「……マリアンヌ。彼等は……」
「フェリクス様」
「…………すまない」
「大丈夫です。分かっていますから」

あの両親が、今更傷ものとなった私を引き取りたいと言い出す筈はない。年の離れた弟さえいれば、溺愛する息子さえいれば、あの人達は満足なのだから。

逆に私の事で散々王家に対して慰謝料だなんだと騒いでいないかが心配だった。確かに婚約破棄された事が始まりだったけれど、ヤデル伯爵との結婚にフェリクス様は一切関わっていない。早々に私を厄介払いしようとヤデル伯爵へ嫁がせる事を決めたのは、私の両親だ。
だから、私はヤデル伯爵との事でフェリクス様を責めるつもりはない。

(責めたところで、どうなる訳でもない)

フェリクス様には気を遣わせてしまった。
私の両親が、微塵にも我が子の心配をしておらず、自分達のもとへ返して欲しいとも言わず、私の処遇を王家に丸投げしたであろう事は容易に想像できる。恐らく、『そちらの好きになさって下さい』とでも言われたに違いない。

今更あの人達には、何も期待していない。

ただ、今でも思うのは……
どうして、“ヤデル伯爵だったのか”、という事だ。
潔癖な両親は、それまで全くヤデル伯爵と交友なんて無かった筈だ。

(……それなのに、どうして?)

私が思わず考え込んでいると、隣に座っていたフェリクス様に、優しくこの身を引き寄せられた。

「マリアンヌ。何か少しでも不安に思ったり、嫌だと思ったことは私に言って欲しい。いつでも、私を呼んでくれ」
「フェリクス様……」

ヤデル伯爵邸でも、馬車でも思ったけれど、フェリクス様はすごくあったかい。ヤデル伯爵に触れられるのは嫌で嫌で堪らなかったのに。

どうして……?

「マリアンヌ。お腹は空いているかい?それとも、まずは湯殿がいいかな」
「……お腹は空いていないので、湯殿だけ……」
「では、侍女に用意させよう」
「ありがとう存じます」

あれ。
そういえば、私って結局平民になったの?
私の処遇は……?

フェリクス様に改めて聞いてみると、目を丸くした後で、フェリクス様は困ったように笑った。

「今はただ、ここでゆっくり休むことだよ」と。
そう言われた。

処遇……??


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