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本編

フェリクスの決意*フェリクスside*

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こんな未来を、学生の時の私は全く想像していなかった。

ずっと良好な関係を築いていた婚約者のマリアンヌ。
彼女は知らないだろうが、私は幼い頃からずっとずっとマリアンヌの事が好きだった。今でもその気持ちは変わらずに、更に大きく大きく膨れ上がっている。

一年と少し前。
卒業したら、いよいよマリアンヌと結婚出来ると、私は舞い上がっていた。

結婚前に、これまでの想いを伝えよう。

幼い頃は首を傾げられるばかりだったが、最近のマリアンヌは、私が甘い言葉を囁くと、すぐに顔を真っ赤にするようになった。私の事を意識してくれるようになった、という事だろう。嬉しくて嬉しくて、心臓が張り裂けそうだった。

いつ伝える?
本当はすぐにでも伝えたいが、やはり雰囲気は大事だし、卒業パーティーで伝えた方が良いだろうか?
嗚呼、マリアンヌはどんな顔をするだろう?困ったような顔をするだろうか?それとも、頬を赤らめて、『嬉しい』と笑ってくれるだろうか?

後者だった場合、私は理性を抑えきれないかもしれな――――

『フェリクス様』

オルトー男爵家の令嬢、シュゼット。緩やかな金色の髪に、人懐っこい大きな琥珀色の瞳。見目の整った可愛らしい天真爛漫な女。

(……思い出すだけで吐き気がする)

あの女のせいで、全てがおかしくなった。
それまではその天真爛漫な性格故に、少しだけ他人との距離感がおかしいだけの女だと思っていた。
全然違った。そうじゃなかった。
シュゼットは何故だかいつも学院で私が一人の時に都合よく現れては、私に対して訳知り顔で『殿下のお気持ちは分かっております!』と語り、此方が理解出来ぬ内に勝手に満足して、勝手に去っていく女だった。
当時は全く理解出来なかった彼女の謎の行動は、実は呪詛だったに違いない。

あの日。
私の想いが強制的に捻じ曲げられてしまったあの日。
あの女は確かにこう言ったのだ。

『これでイベントは全部コンプリートね』と。

イベント?
コンプリート?

私はシュゼットが、また訳の分からない事を言い出したなと、そう思った。そう思っていた筈なのに。
何故だか、シュゼットが突然輝いて見えて、愛しくて愛しくて堪らなくなった。

――――違う。
私がずっと幼い頃から愛していたのは、ずっとずっと欲しくて欲しくて堪らなかったのは……

『本当は二作目のシュナイゼル様の方が好みだったんですけど、ここは一作目の世界みたいだし、貴方で我慢します』

シュナイゼル……?
一作目の世界?

頭が割れるように痛む中、彼女は更にこう続けた。

『今日のイベントで、好感度はマックスだもの。フェリクス様、大好きです。私と結婚して、幸せになりましょう?』

誰が誰と結婚するだって?
ふざけるな。私は彼女と…………

彼女と…………?

『フェリクス様』

にこりと微笑む彼女が、可愛くて愛しくて。
私は蕩けるような笑みを浮かべて、己の口から愛の言葉を囁いていた。

『勿論だよ、シュゼット・・・・・。君を愛している。私と結婚してくれ』

頬を赤らめて、彼女は眩しい笑みを私に返した。

『嬉しい』


シュゼットと共にいると、幸福感で胸が満たされた。他のものは全て、無用なものに思えた。

彼女と、シュゼットと結婚する為には、マリアンヌとの婚約を破棄しなくては。私はそれしか考えられなくなり、何の前触れもなく、マリアンヌとの婚約を白紙撤回してしまった。

その瞬間。
何故だか酷く胸が苦しくなった。
けれど、シュゼットが私の隣で甘い言葉を囁いてくると、次の瞬間にはまた幸福感に包まれていた。
卒業し、マリアンヌがヤデル伯爵と結婚する事になって、私はよく分からない違和感を感じていた。得体の知れない、気持ち悪い何か。
招待状を持ち、彼女の結婚式へ行くと、更に今度は頭痛と吐き気がした。何かがおかしい。酷い嫌悪感で胸が押し潰されそうだ。

今思えば、あの時に一度、魅了の魔法は解けかけたのかもしれない。
だが、最悪な事に、私の魅了の魔法は解けてくれなかった。その日、初めてシュゼットが私に身体を許したからだ。

胸糞悪い。
あの女は、既に処女では無かった。
なのに、当時の私は魅了の魔法に囚われて、彼女が身体を許してくれた事に狂喜し、気にも留めていなかった。王族である私の伴侶となる女性は、処女でなければならないと分かっていた筈なのに。

しかし、私はその辺りから王太子としての公務で忙しくなり、シュゼットと会う機会が激減していった。
酷く多忙であった為、シュゼットとは口約束のみで、公式には未だ婚約もしていなかった。
半年程経った辺りで、私は仕事の合間に婚約の手続きをしなくてはと思い、シュゼットに会いに行った。すると、彼女は私がつけた護衛の騎士とお楽しみの真っ最中だった。

結局私はシュゼットには会わず、婚約の手続きは後回しにすることにした。

“彼女に寂しい想いをさせている私が悪い”。

私は彼女の不貞を責めず、何故だかそう思ってしまっていた。けれど、不思議と嫉妬心は生まれなかった。

そうして、その頃からヤデル伯爵の黒い噂を耳にするようになり、調査をすると決めて動き始めた。

女好きで節操なしのヤデル伯爵。
そのくせ女を大事にせず、平気で暴力を振るうという、貴族男子の風上にもおけない下衆な男。
奴のもとに嫁ぐ女性は大変だろう。確か既に三回の離婚歴があった筈だ。そして、ヤデル伯爵と離縁した女性は必ず消息を絶っている。

限りなく黒に近い。
そう思って、私ははたと気付いた。むしろ、どうして今まで忘れていた?

ヤデル伯爵の今の妻は、私の元婚約者であるマリアンヌだ。

そう気付いた瞬間、ぞわっと鳥肌が立った。
そして、どうしようもない焦燥感に駆られた。

何故だ?
私が愛しているのはシュゼットだ。

だが、マリアンヌがヤデル伯爵に何をされているのかと考えると、あまりの恐ろしさに身体が震えた。
そうして私は拳を握りしめ、焦燥感に駆られたまま、自ら部下達と共に数ヵ月に渡って駆けずり回り、ヤデル伯爵邸へ強制捜査に踏み込む許可を陛下と法務大臣から取り付けた。

『ねぇ、フェリクス。いつになったら私を王太子妃にしてくれるの?』

強制捜査へと踏み込む数日前。
束の間の休息にと、シュゼットのもとへ訪れた私は、彼女のその言葉を聞いて漸く悪夢から目が覚めた。

『王太子妃だと?笑わせるな。このアバズレがっ……!』
『え?フェリクス?何を言って……』
『今すぐこの女を捕らえろ!!それと、魔法封じの手枷を至急ここへ持てっ!!』
『きゃああああっ!!』

シュゼットと離れていた時間が長かったせいなのか、シュゼットの魅了の魔法に何らかの条件があり、勝手に効果が切れたのかは分からない。
けれど、完全に魅了の魔法から解放された私は、シュゼットを捕らえると同時に、一気にどうしようもない現実を突き付けられて絶望した。

あんなに愛していたマリアンヌが、ヤデル伯爵のもとへ嫁いでしまった。しかも、その原因を作ったのは紛れもない私自身だ。

王宮にいる魔法師の診断により、シュゼットが魅了の魔法を使っていた事は立証された。
だが、例え魅了の魔法にかかっていたとしても、これはあんまりだ。
何年待ったと思ってる?
ずっとずっと、欲しくて欲しくて、焦がれて焦がれて堪らなかった彼女。

あと一歩だったのに。
あと一歩で手が届いたのに。

心が壊れてしまうと思った。
いっそのこと、壊れてしまった方が楽だとさえ思えた。
だが、数日かけて何とか冷静さを取り戻した私は、陛下に直談判しに行った。

ヤデル伯爵を捕まえて、その罪を明らかにした後。私はマリアンヌを妻に迎え入れたいと。
その結果、王太子の座を降りる事になったとしても構わないと。

私がマリアンヌを好いていた事、シュゼットに魅了の魔法をかけられていた事、それらの事情を知る陛下ならばと願い出た事だった。
しかし、王族として、次期国王となる王太子としての立場や責任はあまりに重く――――

『駄目だ。マリアンヌ嬢は気の毒であったが、今回の事を公にする事が出来ない以上、お前が王太子の座を降りてまで彼女を妻に迎え入れる事は許可できん』

公に出来ないというのは、シュゼットの事だ。
王太子がたった一人の少女にいとも容易く操られていたなどと民衆に知れ渡れば、王族の威信に関わる。幸いにも、国としては大事に至らずに事なきを得た。それ故、シュゼットの事は機密扱いとなり、箝口令が敷かれたのだ。

当然と言えば当然だろう。

だが、あっさりと引き下がる訳にはいかない。
例え彼女がどれだけ変わってしまっていたとしても構わない。私は、今でもマリアンヌを愛している。

『ならば、王太子の座を降りずに、彼女を妻へ迎え入れます』
『何?』
『私がこれまで以上に、王太子として、王族として、成果を出します。今以上に国を発展させ、民の望む王となってみせる』
『…………』
陛下あなたよりも』

玉座の間にいた数人の大臣や魔法師から『王太子殿下?!』『いくらなんでも陛下に対して無礼では……』と非難と驚きの声が上がる。
だが、一変して陛下は面白そうに私を見て口角を上げた。

『言うようになったではないか。だが、そんな誓いを立ててしまってよいのか?人は変わる生き物だ。この一年で、マリアンヌ嬢も変わってしまっているやもしれぬぞ』
『承知しております』
『彼女が妻になる事を拒んだらどうするつもりだ?むしろ、彼女が以前と変わらぬ聡明な令嬢ならば、自ら断る可能性の方が高そうに思うが』
『口説き落とします』
『ほぉ』
『惚れた女一人口説き落とせないようでは、王として数多の民衆の心を掴み取ることなど、到底不可能でしょう』
『……違いない。だが、一度婚約破棄されて他家へ嫁いだ令嬢を妻にするなど、お前はともかく、マリアンヌ嬢への風当たりは相当なものとなるだろう。既に傷を負わせている彼女を、守りきれるのか』
『……守りきってみせます』

僅かな不安が脳裏をよぎる。
けれど、今度こそ守りきってみせると、己自身の胸に強く固く誓う。

今度こそ私は見失ったりしない。

一番大切な人を。
一番愛する人を。


陛下と話した翌日。
私は部下達と共に、ヤデル伯爵邸へと乗り込んだ。


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