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本編
唯一無二の女神
しおりを挟む僕の名前はクリストファー・ロルイット。
ロルイット家の次男に生まれ、家族や使用人達に囲まれ、恵まれた環境で育った。家族仲はすこぶる良好。
きっと僕がいなければ、この家に影を落とす事など無かった筈だ。
僕は生まれつき、魔力量が膨大だった。
あまりにも規格外な魔力量を保有していた為、産まれた瞬間は産声を上げながら光に包まれていたらしい。
近年、人々の魔力量が減少傾向にある中、魔力量が多いことは、有効に使えれば家族や家門の為になっただろう。
だが、僕の魔力量の多さは“毒”にしかならなかった。
幼少期は何度も何度も魔力暴走を引き起こし、ある程度の年齢になって、死にもの狂いで魔力操作を覚えた後は、無理に身体の中へ膨大な魔力を押し込めたせいで、高熱や身体中が内側からひび割れていくかのような激痛に苛まれるようになった。
『この子には、“対となる者”が必要だ。だが、この状態では……』
一時期ベッドの住人となってしまった僕を見て、優しい家族は酷く心を痛め、懸命に明るく振る舞おうとしていたが、全く取り繕えていなかった。
皆の顔色が日を追うごとに悪くなって、色を無くしていく。僕のような魔力量を持つ者には、その魔力を安定させる為の“対となる者”が必要だった。けれど、日々痛みに苦しみ、寝たきりになってしまった状態では、探しに行く事すらままならない。“対となる者”を探し出す為には、僕自身が直接相手に触れなければ分からないのだから。
家族は絶望していた。
『……僕、身体を鍛えるよ』
そんな日々に耐えられなくて、僕は無理矢理ベッドから這い出た。幸い、高熱だけは魔女の回復薬で抑える事が出来た為、後は痛みに耐えられれば何とかなると思ったのだ。
寝たきりになっていた時、兄が読み聞かせてくれた騎士の英雄譚。
どんなに傷を負っても折れずに敵へと向かっていく騎士。そんな騎士になれれば、こんな痛みに屈服することなく、耐えられると考えたからだ。
家族や使用人達の反対を押し切って、騎士育成学校へ入り、そこで心身共に鍛えに鍛え抜いた。学業もそこそこに、対となる者を探しにも行っていた為、少し時間はかかったが、卒業する頃には内側からの痛みにも耐えられるようになり、笑顔さえ浮かべられるようになっていた。
卒業後は、念願の騎士になるべく、第二騎士団へ入団した。
僕が騎士団へ入団すると言った時、誰も反対しなかった。騎士が僕の憧れであった事も、笑顔の下で僕が無理をしている事も、全て分かっていたからだ。
せめて、夢を叶えさせてやりたいと思って、反対したい気持ちを堪えてくれたのだろう。
そんな皆を早く安心させたくて、早く楽にしてあげたくて、騎士団の中で昇進を繰り返しながら、“対となる者”探しに明け暮れた。だけど、現実はあまりに冷たく無情で。
『おかえりなさい、クリス!』
『ただいま帰りました、母さん』
『おかえり、クリス。……今回は見つかったかい?』
『……いえ』
『そうか。……気にする事は無い。今はとにかく休みなさい』
『……きっと次は見つかるわ。疲れたでしょう?うんと美味しいお茶を淹れてあげる』
『そうですね。ありがとう、父さん、母さん』
休暇の度に何度も何度も探し回ったけれど、見つからなかった。僕を気遣いながらも、僕が席を外している時に、落胆する両親。母が特に酷かった。僕の身体は病ではないのに、母さんにはどうしようもないことなのに、責任を感じてしまっていたのだ。とにかく自分を責めて、日々憔悴していった。
そうして、僕自身も限界に気付いてしまった。
通常、魔力量は歳と共に少しずつ増えて、成人し、大人になった頃に平均値辺りになる。
僕の魔力も、年を重ねる毎に増えていたのだ。しかも、通常より遥かに多い魔力量で。
――――ピシピシとヒビが入り、割れていくような音が聞こえる気がする。
器である僕の身体は、このままいけば近い将来、増えていく魔力量に耐え切れず、内側から崩壊してしまうだろう。
その事に気付いた僕は、“対となる者”探しを諦めた。
何処に居るのか手掛かりひとつ掴めない雲のような相手を探すより、魔力を吸収してくれるような魔導具でも探した方が、まだ希望がある気がしたからだ。
魔力を吸収する魔導具が無いなら、優秀な魔女に依頼して創ってもらえばいい。
例え僕は間に合わなくても、いつか完成してくれたら、僕みたいな誰かが救われるかもしれない。少なくとも、無駄にはならない筈だ。
そう思って、僕は“黒衣の魔女”の元へ訪れた。
何故彼女を選んだのかと言うと、その理由は彼女の回復薬だ。直接彼女から買った事はないが、入手可能な魔女の回復薬を全て試した結果、彼女の回復薬が僕の高熱を抑えるのに一番よく効いたからだ。
だから、勝手ながら彼女に望みを託そうと、依頼しに出向いた。あわよくば、魔力を吸収してくれる魔導具を既に開発済みだったらいいなという一縷の期待を抱いて。
そうして僕は出会った。
あの人。
――――エマさんと。
……………………
…………
執事のセバスから来客の知らせを受けた後、僕は応接室へと向かいながら、逸る心を必死に落ち着かせようとしていた。
エマさんとキスをした瞬間、魔力が流れていくのを感じた。
そして、沢山のキスを繰り返した結果。
僕は未だ嘗て感じた事がない程に、身体が軽くなっている事を実感していた。
「……内側からの痛みが無くなった。……頭痛も、全部……」
信じられない。
生まれてからずっと感じていた倦怠感も綺麗サッパリ消えてしまった。
こんなに視界が、世界がクリアに見えた事は初めてだ。
世界はこんなに鮮やかだったろうか?
窓から吹き込む風は、こんなに心地良かっただろうか?
僕を待っていたであろう第二騎士団団長のアルヴィン・バーデンは、応接室の扉を開けた僕に目を向けて、驚いてギョッとした顔をした。
「……クリス、何で泣いてるんだ?」
こんなの、泣くに決まってるじゃないか。
こんなに身体が軽いのに。
今ならドラゴンだって簡単に退治出来そうだ。空だって飛べるかもしれない。
嗚呼、まさかこんな――――
「お、おい!クリス?!」
僕はその場にしゃがみ込んだ。
彼女の、エマさんの前で涙が出なくて良かった。こんな情けないところを見られなくて良かった。
「アル。僕……僕は……っ……!うっ……」
僕は救われる。
彼女が、救ってくれる。
もう諦めかけていたのに。
いや、本当はもうずっと前から諦めていたのかもしれない。僕を動かし続けていたのは、家族を想う気持ちだけだった。
なのに。
「僕は……神に見放されていなかった……」
「は?」
「いや、違う。神じゃない……」
エマさんは、僕にとって唯一無二の女神様だ。
* * *
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お返事ありがとうございます( 〃▽〃)
いやぁ、紅茶のおかわりですか?ってまぁるい目をぱちくりしてる姿が浮かぶ浮かぶ(*´∀`*)ポッ
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残念だわぁ。
お妙様
此方こそ、二回目の感想ありがとうございます!
返信が遅くなってしまって申し訳ないです(>_<)
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これからも、どうかそんなエマを温かく見守ってやって下さいませ(*^^*)