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旧Ver番外編(※書籍化本編とは関係ありません)

アルディエンヌ聖公爵*ノアのその後③*

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「聖公爵様!どうか私を抱いて下さいまし!」

(――は??)

廊下の向こうから聞こえてきた声に、銀色の髪をした彼女は蜂蜜のような色の瞳を瞬かせ、思わず自分自身の耳を疑った。チラリと空を確認する。
うん。今は間違いなく夜ではない。彼女が今この場にいる理由も、早朝のお祈りをする為に、祈祷室へ向かおうとしていたからだ。要するに、今は早朝。

(こ、こんな朝早くから抱いて下さいだなんて、何の冗談?しかも聖公爵様って…)

近くの柱に身を隠し、こっそりと廊下の向こうを覗いて見れば、そこには確かに聖公爵様ノアがいた。そして、彼の腕に自身の胸を擦り付けるようにしがみついているのは、昨日悪口を言っていた聖女の一人だった。ノアは昨日の顔合わせで見せていた笑顔が嘘のように、凍えるような冷めた瞳で彼女を見下ろしている。

(昨日も思ったけど、聖公爵様って本当に綺麗な人。だけど、雰囲気が全然違う…?)

不思議に思って首を傾げていると、何と彼にしがみついていた聖女が、ハラリと自らの服のボタンを一つ、また一つと外し始めたではないか。

(――信じられないっ!!)

気付いた時には、彼女――ミリー・ヘルマンは隠れていた柱の影から聖公爵であるノアの方へ飛び出していた。

***

聖女たちに陰口を叩かれていた彼女の名前はミリー・ヘルマン。
美しい艶やかな銀糸の髪に、トロリとした蜂蜜のような瞳をしている。
ヘルマン侯爵家の私生児で、母親の名前はエミリー。平民で娼婦をしていた。ヘルマン侯爵は美しいと評判であった娼婦のエミリーを買い、そのまま愛妾として侯爵邸へと連れ帰った結果、ミリーが生まれた。侯爵は美しいエミリーに夢中だったが、子を宿し、出産した後、エミリーは産後の肥立ちが悪くあっさりと死んでしまった。侯爵は生まれてきた子供には興味を示さず、適当に名付けだけして、あとのことは全て執事に丸投げ。
そうして、ミリーは誰からも望まれぬ存在として扱われ、物心つく頃には、侯爵邸の下女として働き、侯爵夫人からは毎日のように躾と称した体罰を受けて育った。

――侯爵夫人に憎まれるのは仕方がないことだ。むしろ、幼い自分を侯爵邸から放り出さずにいてくれたのだから、感謝しなければ。

そう思い何年も過ごす内、ミリーはいつの間にか体罰による耐え難い傷を自らの魔法で治せるようになり、類稀なる回復魔法の使い手となっていた。それこそ聖女として選ばれるほどに。

***

「そ、そこの貴女――ウェイン伯爵令嬢、お待ちなさい!聖公爵様に対して無礼にも程があるわ!」

同じ聖女として知り合いである彼女を止めるべく、ミリーは彼女とノアの間へ割って入った。すると、邪魔してきたのがミリーだと分かるや否や、ウェイン伯爵令嬢は眉を吊り上げ、勢いよく片手を振り上げた。

「卑しい私生児の分際で、私の邪魔をしないでっ!!」
「…っ!?」

――叩かれる!

咄嗟に目を瞑ってやってくるであろう痛みに身構えるも、いつまで経っても痛みはやってこない。
不思議に思って恐る恐る目を開けてみれば、ウェイン伯爵令嬢の振り上げた手はノアによって止められていた。しかも、何故だかミリーの腰がノアに抱き寄せられている。

「!?!?」

ミリーが驚きのあまりパニックに陥るも、ノアはウェイン伯爵令嬢の手をギリギリと掴んだまま、蔑んだ冷たい瞳で彼女を捉え、淡々と口を開いた。

「聖女の称号をいただいておきながら、仲間である彼女に暴力を振るおうとするとは。しかも、卑しい私生児だと?
爵位や血筋でしか相手を計れないのなら、貴女に聖女の資格はない」

その言葉が、混乱していたミリーの頭を停止させた。

「ウェイン伯爵令嬢。貴女のことは今回の聖女選抜の責任者である大神官にも報告させてもらう。処罰については追って沙汰が下るだろう。それまでは与えられた部屋で謹慎しているように」
「そんな…、聖公爵様……!」

涙を流しながらその場で頽れるウェイン伯爵令嬢は、ノアに腰を抱かれているミリーに気付き、般若のような形相で彼女を睨みつける。その憎しみの籠った瞳に、ビクリとミリーが身体を震わせると、より一層強く腰を引き寄せられた。そして、一体どこに控えていたのか、聖公爵が「連れて行け」と声をかけると、聖騎士と思われる者たちが現れ、泣きながら怒鳴り散らすウェイン伯爵令嬢を連れて行った。

(――これは一体どういう状況なの?)

「あ、あの…」
「大丈夫だったかい?突然暴力を振るわれそうになって怖かっただろう?」

心配そうに優しく問い掛けてくれるノアの距離があまりに近くて。何より、超絶美形過ぎるそのご尊顔が眩し過ぎて、ミリーの顔色は一気に赤く染まった。

「た、た、たしゅけていただき、ありがとうございましゅ!」

しかも盛大に噛んだ!!

もはやミリーは涙目だ。穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになりながら、「も、もう大丈夫なので…!」と、腰に回されたままの腕にわたわたと触れる。
すると――

「……良い匂いだ」
「へ?」

目の前がふっと暗くなったと思ったら、何か柔らかいものが目尻に触れた。

――ぺろっ。

「!?」

溜まっていた涙を、目の前のこの男が舐め取ったのだ。そう気付いた瞬間、再びミリーの頭の中はパニックに陥り、石像の如く硬直してしまった。そんなミリーを見て、先程とはまるで別人のように、ノアが笑った。

「ごめん、驚かせちゃったね。これから朝の祈祷に行くところだったのかな?」

何も答えられず、ミリーはコクリと頭だけを動かした。

「熱心で偉いね。行っておいで。僕は大神官にさっきの彼女のことを報告しないといけないから。またね」
「は、は、はいぃっ!!」

必死に手足を動かして走り去っていくミリーが可笑しくて、ノアは笑った。
無邪気な少年のような笑顔なのに、彼の瞳が深紅へ染まる。その紅い瞳は、まるで獲物を見つけた獰猛な獣のようにギラついて、爛々としていた。

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