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1巻

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   プロローグ


れるよ、リア」
「待っ……! だめ、エリックさ……ひゃああん……!」
「ああ、ヴィクトリア嬢は殿下のモノをれただけで達してしまったようですね」
「こんな時に不謹慎だと思うけど、ヴィクトリア嬢は本当に可愛いな。あとで俺の精気もたらふく食べさせてあげるからね」

 どうしてこんなことになってしまったの?
 私、ヴィクトリア・アルディエンヌは、婚約者であり、この国の王太子であるエリック様に組み敷かれて、既にトロトロにとろけてしまっている私の蜜壺に、エリック様の熱い肉棒を挿入されてしまった。それも、他の攻略対象者や、従魔であるフィルとナハトに見られながら。
 私の身体は魔力不足故に飢餓状態一歩手前らしい。しばらくは魔力が安定せずに不安定なままだから、今日みたいな状態が度々起こってしまうそうだ。

(だけど、いくら緊急事態だからといって、皆の前でこんなこと……!)

 そう思うのに、私の身体は本能のままに彼の精気をむさぼり尽くそうと、彼の熱くたけった欲望を咥え込んで離すまいと必死になって締め付けてしまっている。それがものすごく恥ずかしい。

「ほら、リアの大好きな奥にいっぱいキスしてあげる。それから、ぷっくりした可愛いも――」
「ひぅっ、やっ……! そんな、両方いじっちゃ……、ああぁっ」

 エリック様にぱちゅんぱちゅんと蜜壺の最奥を何度も何度も熱くて硬い肉棒でキスされて、それだけでもおかしくなりそうなくらい気持ちが良いのに、同時に大きくなった花芽さえも蜜を絡めた指でヌルヌルこすられ、しごかれて、痺れるような快楽に目の前がチカチカと明滅する。

「ヴィクトリア様、またイキそうなのですか?」
「フィル、これもヴィクトリア様の為だ。……今は仕方がない」

 私の従魔であるフィルとナハトが、エリック様や他の皆を見て、憎々しげに眉をひそめる。けれど、現状を誰よりも理解している二人は、今の状況を止めることはない。エリック様たちから視線を外し、私を見つめる二人の表情は、眉尻が下がり、私の身体を深く案じてくれていることが分かる。
 私だって本当は分かっている。どうしてこうなってしまったのか、全ては私が起こした行動のせいだ。しかし、分かっていても心はそう簡単に割り切れるものではない。

「お、おねが……っ! 止まってぇ!」

 首を振り、藤色から深紅へと変わってしまった涙に滲む瞳で必死に止めるよう訴えても、誰も私の願いを聞き入れてはくれない。いや、聞き入れたくても聞き入れられないのだろう。この行為に懸かっているものは、私の命なのだから。
 エリック様が、柔らかな金色の髪を揺らし、情欲を灯す空色の瞳で、私を愛おしげに見つめる。

「リアの魔力が安定すれば、ちゃんと止まってあげるよ。だけど今は駄目だ。彼らの話では、リアはまだ上手に精気を取り込めないのだろう? 一刻を争う事態なのだから、今はとにかく、僕が与える快楽に集中して?」

 ドチュンとエリック様に思い切り最奥をえぐられて、私は身体をビクビクと痙攣けいれんさせながら、再び絶頂を迎えてしまった。そうしてとろけた私の身体に、エリック様以外の人たちの手も伸びてくる。こんなの駄目なのに、気持ち良過ぎてたまらない。触れてくる手は、皆優しくて。どうしようもなく快楽の底に沈められてしまう。

「ヴィクトリア様、きちんと気持ち良くなれて偉いですね。ご褒美を差し上げなくては」
「そうだな。下ばかりで上の方が寂しいだろうと思っていたんだ。ヴィクトリア様、俺とフィルが可愛がってやる」
「⁉」

 フィルとナハトが深紅の瞳をとろけさせ、目元を朱に染めながら、催淫効果のある唾液を絡ませた舌を使って、柔らかな双丘の先端をそれぞれねっとりとなぶり始めた。先端をチロチロと舐められたり、転がされたり、甘噛みされたりするたびに、お腹の奥がたまらなくキュンとうずく。すると、エリック様の瞳に嫉妬の色が浮かんだ。

「いけない子だね、リア。フィルとナハトに胸をいじられて、そんなに悦んでしまうなんて。罰として、リアの中をもっともっと僕でいっぱいにしちゃおうかな」
「んむっ⁉ んっ、んんんっ、んん~~~~っ」

 激しく蜜壺の奥を熱杭で穿うがたれて、無理やり絶頂に押し上げられつつ、花芽をキュウッと摘ままれながら口腔内も蹂躙じゅうりんされて。フィルとナハトも、胸の先端をいじりっ放しで、解放してくれない。身体中をいじられ、耳も、首筋も、感じるところ、全部全部。

「愛しているよ、リア」

 耳元で囁かれた甘い声音にゾクゾクしながら、私はその日、私の全てで彼らを受け止めた。



   第一章


 その日、私はお父様に連れられて、魔物市場へやって来ていた。目的は勿論、魔物を買うこと。
 私の身分は公爵令嬢であり、この国の王太子であるエリック殿下の筆頭婚約者候補。そんな私はもうじき春がやって来ると同時に、リリーナ魔法学園へと入学することが決まっている。
 身分平等をうたう学園では、公爵家の護衛たちを連れていけない。けれど、公爵家である我が家は敵も多い為、秘密裏に高位の魔物を護衛として連れて行くのが決まりなのだ。当然、購入する魔物には特殊な印を施して、主に害を与えないよう隷属させる。
 私はショーケースに並ぶ沢山の魔物たちを眺め歩きながら、ある双子へと視線を止めた。そして、その檻の中の双子を見て、頭にズキリとした猛烈な痛みの衝撃が走り抜けると、唐突に思い出した。私の前世の記憶。それからこの世界が、前世でプレイしたR18指定の乙女向けゲーム『白薔薇の乙女』の世界で、私が悪役令嬢だということも。

(頭が、割れそうなくらいに痛い…! だけど……)

 前世を思い出したせいか、頭が割れてしまいそうな激しい頭痛と吐き気に襲われる。けれど、この双子を買わずに倒れる訳にはいかない。私は必死に痛みを耐えながら、この世界での実父であるお父様に「この双子が欲しいです」と力強い口調でハッキリと告げた。

淫魔インキュバスの双子か。……美しい容姿が気に入ったのか? まぁ、いいだろう。主人、この双子をくれ」
「ありがとうございます、旦那様! いやいや、お目が高いですな~! この二人は見た目も最高ランクですが、能力もAランクでしてね~!」
「ほう、そうなのか」

 お父様と店の主人が話している間、私はこのインキュバスの双子をじっと見つめつつ、檻の中で地面に座り込む彼らの目線になるよう身を屈めた。確かゲームの悪役令嬢は、ここでインキュバスの双子に蔑んだ冷たい瞳で見下ろしながら辛辣な言葉を吐くのだ。

『他の魔物より見た目がマシだったから選んだけれど、インキュバスですって? けがらわしい』

 だけど、私はゲームの悪役令嬢とは違う。あのゲームで私が一番していたのは……
 ――攻略対象でもない、この双子だったのだから。

(ああ、頭が痛い。吐き気がする。……だけど、ここで思い出せて本当に良かった)

 私は、私をぼんやりと見つめ続ける双子を、真っ直ぐに見つめ返しながら告げた。

「今から貴方たちは私のものよ。酷い仕打ちはしないと約束するわ。だから、ずっと私の側にいてほしいの」

 私の言葉に、双子は驚いたように目を見開いた。見た目の年齢は私と同じか、少し下くらいに見える。双子が檻から出された。これから隷属れいぞく印を施されるのだ。焼印とは違って、一見判子のようなそれは、押されても痛みはないらしい。抵抗せず素直に上着を脱ぎ、右の胸の上にポンと印を押される。最後に主となる者が名前をつけて終了だ。
 双子は同じ顔で同じ深紅の瞳だが、それぞれ髪の色が違う。

「淡いピンク色の髪をした貴方がフィル、黒髪の貴方がナハトよ。……っ」
「「⁉」」

 名前を与えた直後、私は意識を失った。頭の痛みと吐き気が限界だったのだ。いつも冷静なお父様が、怖い顔は変わらずに、慌てて私に駆け寄る姿を見た気がして、そういえば実は密かに娘のことを溺愛している人だったなと、意識を失う瞬間、そんな呑気なことを考えていた。


   ***


 魔物市場で意識を失った私は、すぐに公爵邸へと運び込まれ、三日三晩高熱に苦しんだあと、フィルとナハトの献身けんしんによって目を覚ました。二人の献身に酷く動揺し、公爵家お抱えの主治医の前で珍しく取り乱してしまった私は、主治医の判断を狂わせてしまった。主治医の判断により、そこから更に一週間ほど大事を取って、ベッドの住人として過ごす羽目になり、暇を持て余しまくった私は良い機会だからと、乙女ゲームの内容を整理し始めた。
 ――『白薔薇の乙女』
 よくある異世界ものの、魔法あり剣ありのファンタジー系乙女向けゲームで、時代背景は中世ヨーロッパ風。貴族階級のある王政国家。現国王は慈悲深き賢王と呼ばれており、他国に比べれば治安は格段に良い。魔法のお陰で魔道具作りが発展しており、日本で作られた乙女ゲームだったせいか、現代日本で当たり前にあった電化製品に近いものがいくつか普通に存在している。
 衣服で言えば下着もそうだ。ドレスの下はカボチャパンツではなく、多種多様なお洒落で可愛い下着を身にまとっている。乙女ゲームの舞台はリリーナ魔法学園。現代でいうところの大学のような所だ。学園への入学条件は魔力があることと、勉学への高い志し。入学試験で合格点を出せれば、平民であろうと身分関係なく入学できる。ここで平民であるヒロインが様々なイケメンたちと出会い、甘い恋愛を繰り広げていくのだ。
 そして私はヴィクトリア・アルディエンヌ。ヒロインを邪魔する悪役公爵令嬢だ。
 すみれ色の髪に藤色の瞳の、ヒロインとは違った系統の美少女で、スタイルも良い。ゲーム通り、私はこれまで王太子であるエリック殿下をお慕いしていた。けれど、前世の記憶を思い出した今では、私の一番はフィルとナハトなのである。
 ゲームでは悪役令嬢がヒロインを無理矢理犯すように、インキュバスであるフィルとナハトへ命令し、それをメインの攻略対象者たちが阻止するのだ。ゲームでのフィルとナハトはほとんど感情を表に出さず、無表情。食事の時だけたまに笑う瞬間があって、その時の色気駄々漏れの笑みが最高なのだ。インキュバスなので、食事=相手の精気を吸うこと。キスでも精気は吸えるらしいけど、一番はやはりそういった行為であり、逆に相手に精気を与えて回復させる力もあるとかないとか。
 そこまで考えて、私は不意に自分の中にある違和感に気付く。

(前世を思い出す前の私は、今の私とは全然違う性格だった。ゲームの悪役令嬢ヴィクトリアそのものだった。……ゲームの強制力? エリック殿下を慕っていた私の想いも、悪役令嬢ヴィクトリアだったから芽生えたものだったのかな? 婚約者候補に選ばれたあと、数回しか会ったことがない彼に対して、どうして私はあんなにも……)

 エリック殿下のことを想うと、胸の奥深いところがざわめく感じがする。だけど、私はこの世界のだ。乙女ゲームのメインヒーローである彼には、運命の相手であるヒロインがいる。

(もう私には関係ない。ヒロインが誰を選ぶのかは分からないけれど、エリック殿下の為にも、婚約者候補からは降りておかなくちゃ)

 公爵家当主である父に、そう伝えに行こう。今なら執務室にいるはずだ。チクリと胸が痛んだ気がしたけれど、私は気付かないふりをして、執務室へと向かった。


   ***


 ヴィクトリアが公爵邸で休んでいた頃、乙女ゲームの舞台となるリリーナ魔法学園では、ストロベリーブロンドの少女が中庭で何かを探していた。時刻は夜。見上げれば、夜空に星が瞬いているが、雲が多く、月は輝くその身を隠してしまっている。薄暗い中庭は人っ子一人おらず、不気味な雰囲気が漂っていた。

「もう! 一体どこにいるの? あと数日でシナリオが始まっちゃうのに!」

 少女は大きなマリンブルーの瞳で周囲を睨みつけながら、可愛らしい顔を歪め、声を荒げていた。リリーナ魔法学園には、学園をすっぽりと覆うほどの結界が張られており、授業以外では学園長の許可が下りない限り攻撃魔法は一切使用できない。故に、学園内の警備は薄く、時折教師たちや学園に派遣されている騎士たちが交代で巡回している程度のものなのだ。しかし、だからと言って声を荒げる行為は軽率としか言いようがない。ガザゴソという音と共に、誰かがぴょこりと現れた。

『誰かいるのか?』
「!」

 突然聞こえてきた声に、少女はハッと息を呑んで華奢な肩を震わせた。しかし、少女の元へやって来たのは、学園の教師でも警備の騎士でもなかった。

『……こんな夜中に、どうしてここにいる? 何か困っているのか?』

 さっきは気が付かなかったが、その声は直接少女の頭の中に響いていた。その事実と、目の前に現れた相手を目にして、少女は先程までの怒りを霧散させ、マリンブルーの瞳をキラキラと輝かせた。そして嬉しそうに笑みを浮かべる。

「来た……! やっぱり私がこの世界のなのね!」
『ひろいん?』

 そう言って愛らしく首を傾げるその生き物は、雪のような真っ白い毛並みの子犬だった。神々しいまでの黄金の瞳と、美しく艶のあるふわふわの毛並みに、人間の言葉を理解して念話を発するその子犬は明らかに普通の生き物ではない。しかもこの子犬は浮遊魔法を行使しているようで、宙に浮いていた。

「そうなの! 私、とっても困っているの! だからお願い! 私に力を貸してくれる?」

 少女が微笑んでそう伝えると、白い子犬は瞳を爛々らんらんと輝かせて元気よく『いいよ!』と答えた。少女は嬉しそうに笑みを深くする。

『一体何に困っているのだ?』
「それがね、実はすっごく悪い女がいるの! 傲慢で選民意識がすごく高くて、身分の低い人間に意地悪ばかりするのよ!」
『それは本当に悪い女だな!』

 子犬がぷんすか怒って同意すると、少女は我が意を得たりと瞳を潤ませながら更に話を言い募る。

「私は今年の春からこの学園に入学するのだけど、その女も私と同じで春からここに通うのですって。私、平民だからすごく怖くて。お願い。私を助けてほしいの」

 少女の言葉に、子犬はしばし逡巡し、『分かった!』と頷いた。

『それだけ悪い女であるなら、我が灸を据えてやろう!』

 子犬の答えに、少女はにんまりと口角を上げる。

「うんうん、そうだよね。考えたのだけど、その女には何より大事にしているものがあるの。だから、それを壊しちゃえば、少しは反省すると思うんだ」
『ふむ。それは確かに効果的だろうな。何を壊せばいいのだ? 一応言っておくが、我は悪魔ではない。いくら酷い女だとしても、命を奪ったり、怪我をさせたりはできないぞ?』
「それは大丈夫! 私もそこまでは考えてないし! あのね、あの女にとって一番大事なのは自分の婚約者なの! まぁ、婚約者って言ってもただの候補なんだけどね? だから、その婚約者との関係を壊しちゃおうと思って♪」

 機嫌良く軽快に話す少女は、この上なく愉しそうで、白い子犬は小さな違和感を感じた。だが、ずっとずっと何百年も退屈していたせいか、子犬はそのまま少女の案に乗ることを決めた。

「婚約者だけじゃなく、婚約者の側近や、他国の王子様とかも対象にしたらいいと思うの。ただ、周囲に関係のない人間が沢山いる時はその症状が出ちゃうと不自然過ぎるから、私が言った人たちだけを対象に、長くいればいるほど強く効果を出してくれる?」
『分かった。それで、どんな状態にすればいい?』

 白い子犬の問い掛けに、少女は破顔する。いかにも純粋そうに見える、花のような笑顔だが、その唇から紡がれたのは、下品極まりない言葉だった。子犬は退屈凌ぎに、少女と契約を交わした。けれど、自分に対する名付けは許さなかった。名付けを許すことは、その相手を自分の主人として認め、主人の命に尽くすことを意味する。

「ああ、面白くなりそう! エリック様だけでもあの女には絶望的な大ダメージだろうけど、他の攻略対象者たちの前でもそうなっちゃったら、股の緩いただのビッチじゃない! あ~、今から学園生活が楽しみ過ぎるわ~♪」

 自分と別れて、ある程度距離が離れると、少女はケラケラと下品に笑い声を上げながら、腹の内を曝け出す。子犬には全て聞こえていた。だが、中庭から出ていく少女を一瞥するだけで、そのまま魔法を使い、少女が言っていた悪い女――ヴィクトリア・アルディエンヌに対して呪いをかける。
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(だが、嘘はついていなかった)

 ヴィクトリアという少女について語った時、彼女は嘘をついていなかった。それもあって、彼女に協力することを決めたのだ。

『さっきの人の子――クラリスと名乗っておったな。である我を愉しませてくれる存在なのか、しばし様子を見させてもらおう』

 白い子犬の姿をした聖獣シュティフェルは、ふわふわと宙に浮いたまま、その時を待った。ヴィクトリアやクラリスが入学し、学園生活を送ることになるその時を。


   ***


 僕の名は、エリック・ファーディナンド・グレンツェ。リトフィア王国の王太子だ。ゆくゆくは僕が王位を継いで、この国の王となる。
 国を守り、導いていく為の道程は、酷く険しい茨の道に他ならない。故に僕には、僕と寄り添い、互いに支え合っていける伴侶が必要となる。
 しかし、僕はまだ婚約者すら決めていない。数年前から、周囲には早く婚約者を選定しろと言われているが、その婚約者候補となっている令嬢たちが問題だった。彼女たちの興味は、僕自身ではない。この国の王太子であるという僕の肩書きと僕の容姿。それだけだ。
 婚約者候補となった令嬢たちとは、王宮で数回お茶会をしたが、皆一緒だった。僕の容姿を褒め称え、自分たちの家のアピールをし、しなだれかかって媚びを売る。彼女たちが悪いとは言わない。だが、ハッキリ言って欠片も興味が湧かない。

「エリック殿下、入ってもよろしいでしょうか」

 コンコンとノックの音がしたあと、僕の側近であるジルベールが入室許可を求めてきた。僕は執務机から顔を上げずに許可を出す。

「入れ」
「失礼いたします。殿下の筆頭婚約者候補である、アルディエンヌ公爵家のヴィクトリア嬢についてご報告があるのですが」
「ヴィクトリア嬢について……?」

 どうせまたお茶会に招待したいとか、そういった手紙の報告ではないのか?
 しかし、ジルベールからの報告は、僕の予想を裏切った予想外のものだった。

「父君であるアルディエンヌ公爵から、娘であるヴィクトリア嬢を殿下の婚約者候補から外してほしいとの申請書が届いております」
「何だって?」
「本人たっての希望だそうです。候補でもいいからと殿下に言い寄ってくる令嬢ばかりなのに、珍しい令嬢もいたものですね。しかも彼女は殿下の筆頭婚約者候補でしょう? まぁ、見目の良さ以外では悪い噂ばかりの方ですが」

 思わず僕は手にしていた羽ペンを書類の上に落とし、顔を上げていた。
 候補から外してほしい? しかも本人たっての希望? あのヴィクトリア嬢が? お茶会のたびに、自分こそが王太子である貴方の隣にふさしいのだと、あれほどアピールしてきていた、あのヴィクトリア嬢が?

(僕に近付こうとする他の令嬢やメイドたちを、あれだけ堂々と牽制していたのに?)

 まだ婚約者でもないのに、僕の意思に関係なく、勝手に僕を取り合おうとする彼女たちがあまりにも滑稽で、興味がなくて放置していたが……

「ああ、そうだ。それともう一つ報告があるのですが」

 まだ何かあるのか?
 再び口を開いたジルベールからの、もう一つの報告に、またしても僕は驚いて言葉を詰まらせた。

「数日前に、体調を崩して倒れてしまったそうです。しかもそれ以来、すっかり人が変わってしまったのだとか」
「体調を崩して倒れ、そのあとから人が変わった? 頭でも打ったのか?」
「それは分かりません。ですが三日三晩高熱が下がらず、意識もなく、少々危険な状態だったそうですね」
「……」

 危険な状態だった? ヴィクトリア嬢のことを思い出そうとしても、あまりに興味がなかったせいか、彼女が他の女性たちを牽制するヒステリックな声しか思い出せない。

(……いや、藤色の瞳は覚えている)

 いつも僕を熱っぽく見つめていた、あの藤色の瞳。彼女の瞳だけは、純粋に綺麗だと思った。
 しばし考え込んだあと、僕はジルベールにこう返した。
 彼女には見舞いの花束とカードを送るように。そうして、婚約者候補から外す話は一旦保留にしておいてほしいと。僕の返答に、ジルベールはポカンとした顔をしていた。
 僕は少しだけ、心を浮き立たせる。

(彼女との再会が楽しみだ)

 この日から数日後、僕はリリーナ魔法学園に入学し、彼女と再会した。あまりに予想外な出来事とともに。



   第二章


「うう……これは参ったわ…」

 入学式のために、リリーナ魔法学園へ登校した私は、まだ到着したばかりだというのに、既に心身ともに疲れ切ってしまっていた。原因は分かっている。フィルとナハトの朝食のせいだ。
 前世を思い出したショックで倒れた私は、高熱な上に三日間も飲まず食わずで危険な状態に陥ってしまっていた。そんな私を助けてくれたのが、他でもない前世の最推しであるフィルとナハトの二人だった。二人はインキュバスの能力を使い、私の夢空間へ渡ってきたあと、私の体力を回復させるべく、精気を与えてくれた。けれど、彼らが私に精気を与える方法は一つしかなくて……私は夢空間の中で彼らに散々気持ち良くさせられてしまったのだった。


 前世の記憶を思い出して倒れた私は、気付くと何もない不思議な空間にいた。そうして、超絶美少年であるフィルとナハトに、代わる代わるキスされていたのだ。まるで人工呼吸のように。

『ふぃ、る……? なは…っ……んんっ』

 二人にキスされるたびに、お腹の奥がキュンとうずく。同時に、鉛のように重かった身体が軽くなり、息苦しさや頭痛が少しずつ緩和されていく。重なった唇から流れ込んでくる、温かな何か。まだ出会ったばかりの二人が、私を救おうとしてくれているのだと気付いた。

『どう、して……?』

 まだ出会ったばかりなのに。彼らと話したことと言えば、魔物市場での、たった一言、二言のみ。二人にとって私は、まだまだ得体の知れない人間だ。主である私が死ねば、二人の隷属印は消えてなくなり自由になれる。絶好のチャンスだったのに。私の疑問を察したのか、二人は熱っぽい瞳で私を見つめながら、その答えを口にした。

『勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。……ですが、お嬢様はもう丸三日も眠り続けていて、何も口にしておりません。このままでは危険と判断いたしました』
『……私が死んでしまった方が、貴方たちにとって都合がいいのでは?』

 そう尋ねると、今度はナハトが私の問いに答えた。

『お嬢様は俺たちの、ただ一人の主。勝手に死なれたら困ります』
『困るの……?』

 驚いた私は、目をぱちくりして、思わず二人を凝視してしまった。出会ったばかりの人間の女が死んだら困るだなんて、尚更意味が分からない。けれど、次いで放たれた言葉に私は息を呑んだ。

『お嬢様が言ったんじゃないか。……俺たちに、ずっと側にいてほしいって』
『お嬢様、確かに私たちは貴女に買われました。ですが、私たちは自分たちの意志で決めたのです。誰でもいいわけじゃない。私たちも、ずっと貴女の側にいたいのです』

 二人の深紅の瞳が、真っ直ぐに私を射貫く。二人のこんな真剣な瞳を、私は知らない。ゲームの中で一度も見たことがない。何故だか、視界がじわりと滲む。私は二人に手を伸ばし、確かに感じる温もりに、ぎゅうっと抱き着いた。

『うん。ずっと側にいて。約束ね……?』
『はい、約束です』
『ずっと、俺たちは永遠にお嬢様の側にいる』

 ゲームの中の二人は常に無表情で、冷たくて。それは二人が魔物だからなのか、ゲームの中のヴィクトリアがあまりにも二人を冷遇していたからなのかは分からない。だけど、例え魔物であっても、二人はこんなにも純粋で優しくて――

『ですから、私たちがお嬢様の身体を回復させて差し上げます』
『……へ?』
『大丈夫。お嬢様は、ただただ気持ち良くなるだけだから』


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