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旧ver(※書籍化本編の続きではありません)
幸せの形⑧
しおりを挟む「……母上に抱きつくと、いつも堪らなく良い匂いがするんだ。どうしてかな?フィルなら知ってる?……それとも、ナハトに訊いてみた方がいいかな?ナハトの方が、母上をよく知ってるかもしれないし」
ヴィクトリア様の子である、ノア様の言葉を聞いて、私は苛立ちを覚えた。
ナハトの方が、私よりもヴィクトリア様をよく知っている?
見え透いた挑発。
分かっていても、この方の口から聞かされるとなると腹立たしい。
彼の性格はエリックに似たのだろうか?
それともジルベール?
黒髪に深紅の瞳の彼は、妖しい色香を纏い、私やナハトのような生粋の魔物よりも禍々しく歪んで見える。
(世間では、まるで天使だと持て囃されているけれど)
母親であるヴィクトリア様も、未だに気付いていない。
ノア様の禍々しさや、大量の精気を喰らっている事に気付かず、天使のようだと思っている。
それは、ノア様自身がヴィクトリア様の前で、良い子に見せているからだが。
「私ではなく、ナハトに訊いたところで、答えは変わりませんよ。ヴィクトリア様は貴方の母君で、それ以上でもそれ以下でもない」
無表情で淡々と答える私に、ノア様が小さく嘆息する。
「またそれかぁ。もういいから、そういうの。……本当の事を言ってよ」
ノア様が俯き、悲しげな顔をする。
「たまに、実の母親を本気で押し倒したくなるんだよ?こんなのおかしいよ。僕自身がおかしいんじゃないかって、これでも凄く悩んでいるんだ」
――――嘘をつけ。
ヴィクトリア様なら騙されてしまうだろうが、私は騙されない。
ノア様は、正しく淫魔らしい淫魔だ。
人間や聖獣も混じっているというのに、淫魔と悪魔の影響が色濃く出ている。
彼は自分の理性を壊したいだけ。
その為の理由が欲しいのだ。
理由を欲するあたり、それが彼に残る良心であり、人間らしい部分の表れだと思う。
だからこそ、絶対に教えられない。
ヴィクトリア様がサキュバスなのだと分かれば、彼はヴィクトリア様を“母親”ではなく、“同族”なのだと認知し、ヴィクトリア様を襲う事を躊躇わないだろう。
そうなれば、ヴィクトリア様が悲しむ。
(いつかは知られてしまうだろう。ノア様の力が覚醒してしまえば。……けれど、今は……)
今はまだ駄目だ。
「ねぇ、フィル。お願いだよ」
「無理ですね」
ノア様のお願いであっても、それは聞けない。
それに……
腹が立つけれど、彼には間違いなく私の精気も混じっている。つまりは、私の子でもあるわけだ。
淫魔達は子を成したところで、特に家族だなんだと、人間のような情を持つ事は殆どない。だからこそ、私やナハトが幼い頃、人間に捕まってしまっても、仲間の淫魔は助けになんて来なかった。
片割れであるナハトに対してならば、共に助け合って生きてきた為に、私にも情がある。
そして。
「……ノア様は、精力が他人より豊富なだけです」
「いやいや、無理があるよね。どれだけ精力豊富であっても、母親にまで欲情するとか異常だから」
ノア様にも、少なからず情がある。
ヴィクトリア様と、私の子。
私だけの子ならば、尚良かったのに。
「強いて言うならば、貴方の母君であるヴィクトリア様には、全ての男を魅了してしまう程の魅力が御座います。私は従者ですので直接見たわけではありませんが、旦那様の弟君である現国王陛下でさえも、ヴィクトリア様に会えば見惚れてしまわれるとお聞き致しております」
「……それは誰に聞いたの?」
「父君である旦那様からで御座います」
「………そうか。父上から……」
色ボケエリックの弟は、エリックの5歳下。
既に侯爵家から娶った王妃もいるけれど、歳を重ねる毎に磨きがかかっていくヴィクトリア様の美しさには敵わない。
シミや皺が一つも無く、スタイルは抜群で、肌はまるで陶器のように滑らかでキメ細かく、雪のように白い。
誰もが味わいたくなるだろう。
その白い肌に赤を散らし、柔らかで豊満な双丘に顔を埋め、秘められた花園を暴き、その美しい藤色の瞳を快楽で濡らしたい。
普通の人間ならば、尚更魅了されてしまう筈だ。
ヴィクトリア様は相変わらずサキュバスの力を他者へ使ったりはしていないが、どうしても滲み出てしまうのだ。
つまり、夜会などに出れば、ヴィクトリア様の周囲に居る人間の男達は殆どケダモノだということだ。
故に、エリックはヴィクトリア様をそういった夜会には連れて行かない。
王家が主催するものには渋々参加するが、必要最低限に絞っている。
それについては、私も賛同する。
ヴィクトリア様を連れて行くべきではない。
今の彼女は、サキュバスとしての力をそれなりに使えるようになっている。だが、人間だった時の名残りなのか、人間に対して傷付けてはいけないという意識が無意識に働いてしまうらしい。
何度も襲われそうになって、その度にエリックなど同行者が助けに走る結果となっている。
「義理の弟であり、しかも一番己を律しないといけない立場の国王陛下が欲情してしまうのなら、僕はおかしくなくて、正常だってこと?」
「そういう事ですね」
幸か不幸か、我々淫魔と悪魔の力を継いでいるお陰ですかね。
淫魔と悪魔の力があるから、ヴィクトリア様の魅力に耐性があるわけで。
しかし、この力を持っているからこそ、ヴィクトリア様の極上の精気を感じ取ってしまい、押し倒したくなるのだが。
「……はぁ。とりあえず、今はもう訊かないでおくよ。意地の悪い訊き方して悪かった」
* * *
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