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旧ver(※書籍化本編の続きではありません)

確かな温もり

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「……それで?私の印が原因で、ついさっきまで抱かれていたと?」

夜になり、ヴィクトリアは覚束無い足取りのまま、必死にアスモデウスの元を訪れていた。
アスモデウスは、アルディエンヌ公爵邸・西館の一番奥にある部屋を使用している。元は使われていない部屋だった筈だが、いつの間にか様々な品の良い調度品が並べられた、黒を基調とする部屋へと模様替えされていたのだ。

ヴィクトリアは優雅にベッドで寛いでいるアスモデウスに、コクリと一つ頷いて、眠たそうな瞳を向ける。

すると、アスモデウスは指でちょいちょいとヴィクトリアに傍へ来るよう促す。

「あの……っ?!」

そうして傍までやって来ると、アスモデウスに腕を引っ張られ、そのままベッドへと雪崩込んでしまう。
気が付けば、ヴィクトリアはアスモデウスの腕の中に居た。

「仕方ないから、今夜はもう休め。その代わり、“貸し”もう一つ追加だぞ?」

見上げてみれば、アスモデウスは優しく顔を綻ばせていた。
ついさっきまで、エリックと散々抱き合って愛を囁き合っていたと言うのに、ヴィクトリアの胸はアスモデウスが見せた意外な優しさにキュンとしてしまう。

「……どうかしたのか?」
「ちょっと……自己嫌悪というか……」
「自己嫌悪?」

自身の両手で顔を覆うヴィクトリアは、耳から首まで真っ赤だ。

「私は、一体どこまで節操なしなのかしらって。……どうかしてるんです、私。優しくされたら、すぐに嬉しくなってしまうの。すぐに、その温もりに甘えてしまう。こんなの、駄目なのに。私はもう、人間として最低な……」

自分自身を卑下するのが止まらない。
疲れ切っているせいか、ポロポロと言葉を吐き出すヴィクトリアに、アスモデウスは不思議な顔をして、その言葉を遮った。

「優しくされたら嬉しいのは当たり前だろう?それに、お前はもう人間ではない。自分で人間に戻らない事を選択した・・・・ではないか」

「――――っ」

ヴィクトリアはハッと息を呑む。

何故だか心臓が嫌な音を奏で、血の気が引き、身体に悪寒が走る。

ずっと分かっていたつもりだった。
後悔さえしていなかった。
けれど、改めて気付かされた気がした。
もう自分は、人間ではないのだと。

「今度は不安そうな顔をして、お前は忙しいな。……ほら」
「!……あ、アスモデウス……?」

鼻を擽るアスモデウスの香りにクラクラしてしまう。
嫌な香りじゃない。
まるでヴィクトリアを安心させようとするかのように強く抱き締めてくる、その力強い腕が心地良い。

「お前はサキュバスだ。それも、今は多少安定しているが、不完全なサキュバスだ。……ならば、気にせず糧共から精気を喰らえばいい。お前は精気が無ければ生きていけない。そして、そんなお前の事情を受け入れ、糧共は自らの意思でお前を欲している」
「でも……」
「お前は人間だった時に、様々なものを食べていた筈だ。好ましい料理にデザート、沢山あっただろう?糧共は、それと一緒だ。難しく考えるな」
「そんな!彼等は自分の意志がある一人の人間で……」

言い掛けて、アスモデウスがヴィクトリアへ顔を近付け、金の混じった深紅の瞳を細めながら、そっと囁く。

「ならば、一妻多夫制の国のように、全ての糧共を皆平等に愛せばよい。お前が愛せば、奴等は喜ぶ。……それが無理なら、お前が残したままにしている“願い”を使って、いっその事、人間の糧共を淫魔に変えてしまえばいい・・・・・・・・・・・・。……そうなれば、奴等はお前と同じく、精気が無ければ生きられなくなる。ただ、その場合、お前の身体への負担は増えるがな」


――――淫魔に変える。

(誰を?)

アスモデウスの指す人間の糧共とは、エリック達の事。

アスモデウスは、悪魔らしい笑みを浮かべ、口端を上げた。

「無意識かもしれないが、お前はしっかり魔物と人間を区別しているよ。魔物であり、淫魔である連中には精気が必要だから、人間の糧共に比べて罪悪感が少ないのだろう。……それなら、罪悪感なんぞ抱くな。お前には、既にその資格が無い。……認めろ、ヴィクトリア。お前は立派なサキュバスだよ。例え身体が不完全であっても、お前の行動全てが男を惑わせ、“魅了”を使わずに虜にしている」
「わ、私……」
「お前の不完全さが愛おしいよ、ヴィクトリア。……お前は奴等からの想いを受け入れれば良い。そして、愛して可愛がれば良い。……だから」




――――俺にも“愛”ソレを寄越せ。




ヴィクトリアが驚き、目を見開く。

「さっき言ったように、今夜は休ませてやる。添い寝だけで構わない」と、そう口にするアスモデウスの表情は、先程までとは打って変わり、とても穏やかで。

ヴィクトリアがおずおずと躊躇いがちに、片手をアスモデウスの背に回す。
すると、それだけで彼は嬉しそうに目元を蕩けさせた。

アスモデウスの言う“愛”とは、勿論身体だけのことではないのだと理解した。
悪魔である筈なのに、アスモデウスは愛を欲している。

「……あったかい……」

ヴィクトリアが小さくそう零すと、アスモデウスも嬉しそうに言葉を返した。

「ああ。……温かいな」

ヴィクトリアは、ウトウトと瞼を閉じて、心地良い眠りへと誘われる。
温かくて、気持ち良い。

その夜、ヴィクトリアは夢は見なかった。
けれど、とても幸福な気持ちで眠れた。
目が覚めた時も、アスモデウスはヴィクトリアの隣で眠っていて、何故だかそれが無性に嬉しかった。


* * *
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