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旧ver(※書籍化本編の続きではありません)

悪魔の甘い囁き

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(ここは……?)


深い深い夢の中。
目を覚ました私は、覚醒しきっていない頭のまま、周囲を見渡した。

まるで荘厳な城のような所で、私は長い長い廊下の上で寝そべっていた。

見覚えがある。
恐らく、この長い廊下の突き当たりには、彼の部屋がある筈だ。

(私、どうしてここへ……?)

そう思いながらも、私の身体はフラリと立ち上がり、自然と奥へ奥へと進んでいく。

――――駄目よ。
この奥へ行っては駄目。

しかし、私の思いとは裏腹に、身体は勝手に動いて、突き当たりにある部屋の前へと辿り着いてしまっていた。

『入れ』

中から聞こえてきたのは、紛れも無い彼の声。
私はまるで引き寄せられるかのように、金で彩られた取手に手を掛け、扉を開けた。


『………貴方が、私をここへ喚んだの?』


そこに居たのは、あまりにも美しい悪魔。
浅黒い肌に、まるで黄金を思わせる艷やかなブロンドの長い髪。頭に生えている山羊のような角。
開けた服の隙間から覗く胸板や腹筋が逞しく、芸術的な程に美しい。


――――色欲の悪魔、アスモデウス。


『久しいな、ヴィクトリア』

耳に聞こえる声音は、ゾクゾクする程の艶を含んでおり、無意識に身体がピクリと揺れてしまう。

『どうして、私を喚んだのですか?』

震える声でそう訊けば、彼はゆっくりと私に近付き、ぎゅっと腰を抱いて自身の腕の中へと引き寄せた。
驚いた私は、一瞬だけピキリと固まる。

そうして、彼が甘く優しく、私の耳元に唇を寄せて囁いた。

『ヴィクトリア。お前の願いをひとつだけ叶えてやろう』

その囁きの内容に、私の身体から一気に血の気が引いていく。
悪魔が無償で願いを叶える事など有り得ないからだ。

(一体何を企んでいるの?)

私か青褪めた顔でアスモデウスを見上げると、彼は形の良い唇で弧を描きながら、蠱惑的な瞳を細める。

『そう警戒するな。私の部下が迷惑を掛けたから、これはその詫びだ。願いの代償には、死んだアイツの魂を使う。だから気にせず何でも願えば良い』
『詫び?……部下って、もしかして……』
『ディペの事だ』

――――“ディペ”。

そう言われて、あの日の記憶が私の脳裏に蘇った。
辱められた記憶。
思わず眉を寄せて俯くと、彼は私を抱く腕に力を込め、頭上から艶を含んだ甘く低い声を降らせてきた。

『お前を傷付けた事は、すまないと思っている。部下は皆、私に従順なのだが、悪魔であるが故に貪欲だ。恐らくは、私の寵を得ようとしたのだろう』

アスモデウスの寵愛……
ディペという悪魔は、確かに彼を愛している様子だった。

(同じ悪魔同士であっても、彼の魅力は通用するのね)

不意にそんな事を考えつつ、彼の言う“詫び”の理由に納得した私は、ふるふると首を左右に振った。

『お詫びなんていいです。彼女の魂も、そのまま逝かせてあげて下さい』

それは紛れもなく本心だった。
別に彼女を憐れんだ訳ではない。
言われるがままに何か願ったとして、代償が足りない、などと言われたら困るからだ。
それに、今は思い付く願いが無い。

しかし、彼は私の頭上でクスリと笑い、全ての者を魅了してしまうような瞳で見つめてくると、手の甲でスルリと私の頬を撫でた。

『魔物は己の欲に忠実だ。そして人間はそれ以上に欲深い生き物だが、お前は魔物であり、人間でもある筈なのに、どちらとも異なるのだな。まぁ、単に警戒心が強いだけなのかもしれないが、お前のそんなところも好ましい。……安心しろ。代償が足りないなどとは決して口にしない』

熱を孕んだ瞳を向けられて、私は必死に自我を保つ。
彼の凄まじい色香や美貌に魅了されてしまいそうに思えたからだ。
事実、彼は悪魔さえ虜にしてしまう程の大悪魔。人間など一瞬で落ちてしまうだろう。

――――このままではいけない。

彼の腕の中で、離れようと身動ぎしたけれど、私の力では全く歯が立たない。

『あの、離し――――……』
『どんな願いであっても構わないぞ。そうだな、例えば……』

悪魔なだけあって、彼は好き勝手に会話を進めていく。
どんな甘い言葉にも決して惑わされない。惑わされてはいけない。
そう思っていたのに。


彼から放たれた次の言葉は、私の心を大きく揺さぶった。
これ以上無いと思う程に。



『例えば、人間に戻りたい・・・・・・・と願う事も可能だ。私ならば、お前を人間に戻してやれるぞ。ヴィクトリア』



***

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