上 下
52 / 113
旧ver(※書籍化本編の続きではありません)

飢餓状態のヴィクトリア*小休止*

しおりを挟む


気持ち良すぎて、頭が全く働かない。

『……ヴィクトリア。すまない、無茶をさせ過ぎたな』

優しい労りの言葉を聞いた。
レオンハルトの声音は、エリックより低くて、だけど、とても甘くて。

しっとりと汗に濡れた褐色の肌も、熱を帯びた宵闇の瞳も、彼の呼吸ひとつひとつ、ヴィクトリアにしっかりと刻み込まれた。

『身体は大丈夫だろうか?どうか、ゆっくり休んでくれ。……貴方が誰のものであったとしても、愛している』

微睡みの中で聞いた声。
額に感じた甘く柔らかな熱。

彼は優しい人だ。

(だからこそ、私は……)

いくら精気が必要だからって、こんなの間違ってる。
そう思うのに、空腹が勝り、理性を失くした自分は、彼を欲しがってしまう。
与えられる精気を、全て喰らい尽くしてしまう。

人間の部分が残っている魂と、魔物となってしまった身体が鬩ぎ合う。
まるで、悪役令嬢ヴィクトリアの魂と融合する前のように。

レオンハルトがサロンから出ていくと、フィルとナハト、シュティがやって来て、アベルの時と同様に彼等が身体を清めてくれた。

「……んっ……」

声を出そうとしたけれど、掠れてしまって上手く出せない。
喘ぎ過ぎて喉を痛めたようだ。
気付いたフィルが、喉にそっとキスを落として癒してくれる。

「おいたわしい、ヴィクトリア様……人間の精気など要らないくらい、私とナハトの精気が豊富だったなら良かったのに……」
「フィル、ないものねだりしても仕方がないだろう?」
「なら、ナハトは平気なのですか?私達の大切なヴィクトリア様が、このような目に遭っても」
「平気なわけないだろ。だけど、ヴィクトリア様の命には代えられない。ヴィクトリア様がいなくなってしまったら、そんな世界、俺には耐えられない」

(…………そんなの、私も同じだ。ヴィクトリア様がいない世界なんて、生きていく価値が無い。ああ、私は本当に……)

フィルが、どこか自嘲じみた笑みを口元に浮かべ、そっと長い睫毛を伏せた。
会話の間も、彼等はヴィクトリアの身体を癒し、清めていく。
すぐにまた、ドロドロになると分かっているのに。

「最悪の状態は何とか免れたね。だが、それだけだ。まだまだ危険な状態なのに変わりはない」
「……分かっています」
「いちいち言わなくていい」

シュティの言葉に、フィルとナハトが眉根を寄せてそう答える。
すると、シュティは二人をフンと鼻で嗤い、二人を一瞥した。

「お前達は本当に自分勝手な双子だ。選択したのはヴィクトリアだけど、そうなるよう導いたのはお前達だ。全てはお前達の業とも言える。ヴィクトリアと永く共に在りたいのならば、耐え忍ぶ事を覚えろ」

あの日、あの時。
夢世界で、主である彼女の純潔を奪わなければ。
王太子を筆頭とした人間の男達に嫉妬し、ナハトが暴走しなければ。

二人は口を噤み、悔しげに俯いた。

自分達のちっぽけな独占欲と、短慮による愚かな行いのせいで、彼女を人間から魔物へと変えてしまった。
彼女がサキュバスへ転化した時には、後悔よりも、むしろ歓喜した。

これで彼女は自分達から離れられない。
ずっとずっと傍に居る事が出来ると。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。
サキュバスと化した彼女の身体は未だ不安定で、自分達の精気だけでは全く足りなかったからだ。
そのせいで、足りない精気を補うべく、彼女は人間の男達と幾度も身体を重ねる事になってしまった。

彼女が身も心もサキュバスとなり、人間の男を狩るのが愉しいと嗤って精気を喰らい尽くし、相手の男の魂すら刈り取ってしまうような魔物に堕ちていれば、もっと割り切れたかもしれない。
しかし、彼女は魔物に堕ちても、彼女らしさを失くさなかった。本能が優れば、サキュバスらしい蠱惑的で妖艶な姿を覗かせる事もあるけれど、殆どが人間の時と変わらない。

嬉しい反面、彼女が他の男の精気を喰らうべく、彼等と身体を重ねる度に激しい嫉妬と独占欲に駆られてしまう。
本当に自分勝手だ。
彼女をそうさせてしまったのは、他ならぬ自分達のせいなのに。

「フィル……ナハト……?」

思考に浸っていた二人は、ヴィクトリアに名を呼ばれて、ハッと我に返り顔を上げた。

「ヴィクトリア様」
「身体は大丈夫か?どこか痛いところは……」

酷く心配そうに自分を見つめてくるフィルとナハト。
そんな二人を見て、ヴィクトリアは嬉しそうに瞳を細める。

「私は大丈夫よ。ありがとう、フィル、ナハト。」

声を詰まらせる二人の後ろから、シュティが顔を覗かせる。

「ヴィクトリア。我に対する労いは?」
「……シュティも、身体を浄化してくれてありがとう」
「ふふ。いいよ、大好きなヴィクトリアの為なら何でもしてあげる。全部終わって元気になったら、また蜜をお腹いっぱい飲ませてね」
「それは………えっと……」
「おい」
「この獣が。ヴィクトリア様を困らせるな!」

フィルとナハトがいつものようにシュティの言葉に噛みつくと、その様子を見ていたヴィクトリアがくすくす笑う。

それだけで、フィルとナハトも毒気を抜かれ、室内は久しぶりに和やかな空気に包まれた。

沢山の後悔があるけれど、大事なものは変わらない。

「さて、次は眼鏡の………ジルベールといったか。我が連れて来よう」
「……っ」
「“大丈夫”だなんて健気だな。本当はまだまだお腹が空いているくせに」
「それは……」

ヴィクトリアが眉根を寄せて口を噤むと、シュティはヴィクトリアの頭をポンポンと優しく撫でてから、真っ白い煙のようなものに包まれて消えてしまった。
最年長であっても、普段はどこか子供っぽいところがあるシュティだが、頭を撫でられた瞬間だけは、年相応に感じられた。

「ヴィクトリア様。シュティがジルベールを連れてくるまで、暫しお身体をお休め下さい」
「ヴィクトリア様の好きな紅茶を淹れてくるから」
「……フィル、ナハト。ありがとう」


……………………
…………

そうして、良い香りのする温かい紅茶を飲み終えた頃、シュティがジルベールを連れて戻ってきた。

沢山の玩具と共に。


* * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
旧題:泣き寝入りして目覚めたらマッパでした~溺愛三公爵と氷の騎士~ 恋愛下手な「私」がやっと好きになった人に誤解され、手酷く抱かれて、泣きながら眠り、起きたら知らない部屋の寝台の上。知らない男、知らない世界。確かに私、リセットしたいと思いながら寝たんだっけ。この夢、いつ覚めるんだろう?と思いつつ、結局また元いた世界と同じ職業=軍人になって、イケメンだけれどちょっとへんな三人の公爵様と、氷の美貌の騎士様とで恋したり愛したり戦ったり、というお話。プロローグはシリアスですが、ご都合主義満載、コメディシリアス行ったり来り。R18は予告なく。(初っ端からヤってますので)

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希
恋愛
『貴女には、これから我々四人の賢者とセックスしていただきます』――。  三十路のフリーター・篠永雛莉(しのながひなり)は自宅で酒を呷って倒れた直後、真っ裸の美女の姿でイケメン四人に囲まれていた。  雛莉を聖女と呼ぶ男たちいわく、世界を救うためには聖女の体に魔力を注がなければならないらしい。その方法が【儀式】と名を冠せられたセックスなのだという。  今まさに魔獸の被害に苦しむ人々を救うため――。人命が懸かっているなら四の五の言っていられない。雛莉が四人の賢者との【儀式】を了承する一方で、賢者の一部は聖女を抱くことに抵抗を抱いている様子で――?  ◇◇◆◇◇ イケメン四人に溺愛される異世界逆ハーレムです。 タイプの違う四人に愛される様を、どうぞお楽しみください。(毎日更新) ※性描写がある話にはサブタイトルに【☆】を、残酷な表現がある話には【■】を付けてあります。 それぞれの該当話の冒頭にも注意書きをさせて頂いております。 ※ムーンライトノベルズ、Nolaノベルにも投稿しています。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました

空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」 ――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。 今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって…… 気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。