190 / 245
《分岐》グリード・ルフス
戦争の結末①
しおりを挟む灰色の雲に覆われて、降りだした雨がグリードやブラッド、戦場にいる者達を濡らしていく。
グリードはブラッドの話を聞いて、完全に動きが停止していた。そんなグリードの様子に、ブラッドはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、話しを続けた。
「ロゼリアは我がダイア公国の貴族の娘。それなのに、たかが商人の分際で、ロゼリアの親である我が公国の貴族を唆し、先に奪っていったのはそちらだ。我が公国では、魔力持ちの貴族女性は全て王家へ召し上げよと法で決められている」
「……全て王家へ……?」
「つまり、ロゼリアは我が公国の、それも王族の花嫁という事です。どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、分かっていただけましたか?」
グリードは驚愕し、ほんの一瞬だけ呆けてしまったが、すぐに拳を握り締めてキツく眉根を寄せた。怒りを滲ませて、ギリッと歯を食い縛る。
「……ならば、ロゼリアは貴様の花嫁だとでも言うつもりか?」
「理解が早くて助かります。全くその通りです」
「貴様っ……!」
グリードにはすぐに察しがついた。
ロゼリアの母親が何故バルトフェルト家へロゼリアを預けたのか。魔力持ちの子を授かるには、両親ともに魔力持ちでなくてはならない。魔力持ちが片親だけの場合はかなり確率が低くくなってしまい、ほぼ魔力無しの子が生まれてくるのが通常だ。けれど、確率が低いだけで、ごく稀に魔力持ちの子が生まれてくる。
ロゼリアの本当の両親は、ダイア公国の貴族と、スペード王国のバルトフェルト家所縁の者。それならば、王家に気付かれる前に魔力持ちの娘を逃がそうと思った筈だ。……ロゼリアはスペード王国でさえも稀な多属性持ち。
(そんなロゼリアがダイア公国の王家へ召し上げられるなど……)
「私の花嫁を返して下さい。ロゼリアは決して部下達に下賜したりしないとお約束致しましょう。一生、私だけの花嫁に……妃にするので、どうかご安心を。毎夜毎夜、私の全てでロゼリアを愛で、愛すると誓いましょう」
「ふざけるなっ!!」
止まっていた時が再び動き始めた。
グリードは剣に風を纏わせ、地面を蹴って加速し、ブラッドへと斬りかかる。先程よりも速い動きに面食らったブラッドは、仕方なく自身の剣でグリードの剣を受けるものの、あまりの重さに目を瞠目し、腰を落として歯を食い縛った。
「ぐっ?!……な、んだ……?この重さは?!」
「ロゼリアが誰と一緒になるかは、ロゼリアが決める事だ!貴様ではないっ!!」
「詭弁だな……!どこの国でも似たようなものだと言うのに。……妻を何人も娶る王族など腐るほどいる!その妻を臣下に下賜するもおかしな事ではない!……綺麗事を並べ立て、己を正当化するのはやめろ!!この偽善者がっ!!」
「……っ!……それでも、俺は……っ!!」
ロゼリアが本当にダイア公国の貴族の娘であったとしても、ロゼリアはその事実を知っているのか?
セルジュの事を知っているなら、全く何も知らないという訳ではないのかもしれないが……
そこまで考えて、グリードの脳裏に過ったのは、いつかの泣いていたロゼリアだ。拐われて拘束され、第三王子であるブラッドに迫られて、怯えて泣いていたロゼリア。そして、救出作戦で捕まってしまった時も、ロゼリアは必死に抵抗し、涙を―――……
(そうだ。事実なんてどうでもいい)
ロゼリアが自ら進んでダイア公国へ戻りたいと願うならば、この男の花嫁になりたいと願うならば、自分にそれを止める権利など無い。
だが、ロゼリアは自ら騎士団に入り、スペード王国を守る事を選択した。第三王子を拒み、俺に“良かった”と言ったんだ。“グリードが来てくれて良かった”と。ならば、迷う必要など無い。
ロゼリアはダイア公国を、この男を選ばなかった。だから、ロゼリアを連れてなんて行かせない。例え己がロゼリアの騎士になれずとも、何も見返りなどいらない。
彼女を守れるなら、どれだけ己が間違っていようとも構わない。
「くっ!!馬鹿な……!ますます、剣が重く……っ?!」
グリードの魔力が限界まで高められ、それを超えた。
グリードの纏う魔力が虹色に輝き、刃さえも包み込んでいく。その瞬間、ズンッ!!と地面がクレーターのようにベコリと凹んだ。グリードの剣を受け止めていたブラッドの腕が悲鳴を上げ、ブシュッと腕の血管から血が噴き出す。ブラッドは歯を食い縛り、悟った。もう耐えきれないと。口端に血を滲ませながら、ブラッドは僅かに口角を上げた。
「…………化け物め……!!」
「これで終わりだ、ブラッド!!」
グリードの虹色に輝く剣からブワッと辺り一面に激しい衝撃が走り抜ける。そうして、更に大きく大地を抉り、クレーターを巨大化させながら、グリードの剣はブラッドの剣をバキッと割って、そのまま勢いを殺すことなく、ブラッドをぶった斬った。
……………………
…………
城から脱出したロゼリアは、そこから馬を駆って一番近い騎士団詰所にそのまま突っ込み、強引に国境の砦へ転移していた。
転移の間に控えていた騎士達に驚かれ、「止まれ!」と制止の声をかけられたが、ロゼリアは構わず砦の中を馬に乗ったまま突っ走った。幸いにも防御魔法を得意とするロゼリアは、馬で通る際に誰も怪我をしないよう騎士達に防御魔法を掛けながら突っ切った為、負傷者は一人もいなかった。
今回の件に偶々遭遇した騎士達は、味方か敵か分からない突然の侵入者が自分達に防御魔法を掛けていった事に戸惑い、ぽかんとした表情のまま侵入者であるロゼリアを見送ってしまっていた。通りすぎ様にロゼリアが「敵意はありません!!ここを通りたいだけなんです!!」と声高に宣言していた事と、どこか見た事のある容姿に、敵とは思えなかったのかもしれない。
しかし、流石に順調だったのは途中までだった。砦の入口付近でロゼリアはやむ無くその足を止める事となる。
* * *
0
お気に入りに追加
3,828
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為


【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる