上 下
163 / 245
《分岐》オリバー・バルトフェルト

『覚醒』と『限界』

しおりを挟む


それは突然だった。

上空に現れた赤く光る巨大な魔法陣。それは治癒師達を狙ったもので、瞬く間に恐ろしい炎の塊を無数に産み落としていく。そして炎がまるで矢のように降り注ぐ中、少し遅れて、後方部隊の中心から巨大な結界のようなものが展開されたのだ。

オリバーの脳裏に幼い頃の記憶が過ぎった。
そして、ロゼリアが隠していた事を打ち明けてくれた日の事を思い出す。あれは、ロゼリアがマスターしたと言っていた【絶対防御パーフェクトシールド】。

(本当に……ずっとずっと、大事なものを守る為に、努力を重ねてきたのだな)

ああ、どこまでもひたむきなロゼリア。
ロゼリアが愛しくて愛しくて堪らない。

オリバーは身体中に魔力が漲ってくるのを感じた。今なら、【魔核】だってきっと壊せる。
無数の魔物達がオリバーを殺そうと押し寄せてきたが、それらは膨らみ過ぎてしまった凍えるような魔力を浴びて霧散していく。こんなにも高揚したのは初めてで、まるで生まれ変わったのかと思える程に、力が溢れて止まらない。

(引き金はロゼだ)

オリバーは僅かに口角を上げて、今来た道を振り返った。この場はすぐに片付ける。
だから。

「あと少しだけ耐えてくれ、ロゼ」


次の瞬間。
オリバーから放たれた魔法により、【魔核】は一瞬で凍結し、粉々に砕け散った。そうして、すぐに辺り一体が真っ白な花弁で埋めつくされていく。

超広範囲魔法だった。
通常より強力であった無数の魔物達が、一瞬にして呑み込まれてしまった。今のオリバーの力は、間違いなくガーディアンナイトのトップクラスに匹敵するものだった。
ダイア公国は自らが行った非人道的な禁術によって、リアムやグリードに匹敵する化け物を目覚めさせてしまったのだ。
オリバーは一通り魔物達を片付けてから、ロゼリアの元とは違う所へ直行した。術者達の所だ。

(あの目障りな魔法陣を早く片付けなければ……!)

オリバーは溢れる魔力を属性特有身体強化に注いで、全速力で駆け出した。今ならば、従者の居所も分かる。一種の覚醒状態となっているオリバーには、自身の魔力によって虹色に変化している瞳を通し、魔法陣へと注ぐ術者達の魔力が視えていたのだ。
まもなく術者達はオリバーによって拘束され、捕縛される事となる。

………………
……

(やっちゃったな……っ)

ロゼリアは治癒師達がいる後方部隊で、【絶対防御パーフェクトシールド】を展開していた。
天へ掲げる様にした左腕には、魔力タンクがセットされた魔導具が装着されていて、右手でその左腕を支えている。ロゼリアはすぐに防御魔法を展開したが、僅かに魔法陣から放たれた炎をその身に浴びてしまっていたのだ。身体の至る所に火傷を負い、左足には痛々しい裂傷がある。

(めちゃくちゃ痛い……!でも、今は……!)

裂傷からはこぷりこぷりと血が噴き出していた。かなり深い怪我だ。
火傷も酷い。けれど、集中力を欠く訳にはいかない。今防御魔法が崩れてしまえば、この辺りに居る者達は全滅だ。

(絶対にこの場は死守するっ)

ゲームで優秀な治癒師達が皆殺されてしまったのは、この魔法陣のせいだったのか。または、この魔法陣に匹敵するような他の方法で全滅させられたのか。
考えたい事は色々あるが、ロゼリアはひたすら心を無にして防御魔法に徹した。ロゼリアがこれだけの怪我を負ったという事は、後方部隊にいた他の者達にも当然負傷者が出ていた。治癒師達は数人のグループに別れ、各々が各々の仕事をした。そうして、その中の一人がロゼリアの足元に出来た血溜まりに気付き、急いでロゼリアの元へ走った。

「大丈夫ですか?!すぐに治療します!!」
「……っ」

ロゼリアは、あまりの痛みで歯を食い縛っていた。駆け付けてくれた若い治癒師に、声を発さず、僅かに首を動かして頷いてみせる。すると、すぐ様治癒師が【ミドルヒール】を唱えてくれた。中級回復魔法だ。すぐに火傷は消え去り、元の綺麗な白い肌へと治っていく。しかし、左足の裂傷はなかなか治らない。このような深い怪我は、上級回復魔法じゃないと治らないのだ。若い治癒師が悔しそうに顔を歪める。

「すみません!僕はまだ見習いで……!せめて出血は止めますから!!その後で、先輩を連れて来ます!!」

若い治癒師の言葉に、ロゼリアは口元を僅かに綻ばせた。

「ありがとう。貴方のお陰で痛みが引いた。これなら、魔法に集中し続ける事が出来る。僕は大丈夫だから、他の人を治療してあげて。それから、出来るだけあの魔法陣から離れて」
「ですが……?!」
「僕の魔力が持たないんだ。……早く、ここから逃げて。頼んだよ」

何とか出血は止まった。
けれど、傷は塞がっておらず、失った血も元には戻らない。
若い治癒師は、自分よりも若く、しかし立派に強力な防御魔法で皆を守る小さな騎士に瞠目した。あまりに眩しくて、儚く、誇り高い。
治癒師はその場から動きたくないと思いながらも、自分もこの騎士のように在りたいと、負傷者の元へ走った。周囲に『魔法陣より外へ逃げろ』と伝えながら。

その様子をチラリと横目で見て、ロゼリアはほんの少しだけ、肩の力を抜いた。カランカランと音が鳴り、地面に空になった魔力タンクの容器が零れ落ちていく。

(もう手持ちの魔力タンクが無い)

手持ちの魔力タンクは六本しか無かった。攻撃を受ける度に魔力を消費する為、絶え間無く降り注ぐ矢のような炎の雨とは最悪の相性だった。それらを広範囲で防ぎ続けるには、かなりの魔力が必要だったのだ。

(……お兄様……)

未だ降り注ぐ攻撃から、この場にいる最後の一人まで守ってやろうと、半ば意地にもなっていたのかもしれない。
ロゼリアは自身の魔力を防御魔法へと注いだ。何の足しにもならない量だが、足掻いてみたかった。
ロゼリアの魔力は、予想通り、あっという間に減っていく。
視界がグラりと揺れた。揺れた先に、オリバーの姿が見えた気がしたが、ロゼリアにはもう分からなかったーーーー……


* * *
しおりを挟む
感想 170

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

……モブ令嬢なのでお気になさらず

monaca
恋愛
……。 ……えっ、わたくし? ただのモブ令嬢です。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処刑回避で海賊に就職したら、何故か船長に甘やかされてます。

蒼霧雪枷
恋愛
アレクシア・レーベアル侯爵令嬢はある日前世を思い出し、この世界が乙女ゲームと酷似していることに気づく。 そのゲームでアレクシアは、どのルートでも言われなき罪で一族郎党処刑されるのである。 しかも、その処刑への道の始まりが三日後に迫っていることを知る。自分だけではなく、家族までも処刑されるのは嫌だ。 考えたアレクシアは、黙って家を出ることを決心する。 そうして逃げるようにようやって来た港外れにて、アレクシアはとある海賊船を見つけ─ 「ここで働かせてください!!」 「突然やって来て何だお前」 「ここで働きたいんです!!」 「まず名乗れ???」 男装下っぱ海賊令嬢と、世界一恐ろしい海賊船長の愉快な海賊ライフ!海上で繰り広げられる攻防戦に、果たして終戦は来るのか…? ────────── 詳しいことは作者のプロフィールか活動報告をご確認ください。 中途半端な場所で止まったまま、三年も更新せずにいて申し訳ありません。覚えている方はいらっしゃるのでしょうか。 今後このアカウントでの更新はしないため、便宜上完結ということに致します。 現在活動中のアカウントにて、いつかリメイクして投稿するかもしれません。その時見かけましたら、そちらもよろしくお願いします。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...