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《分岐》アレク・ユードリヒ
この日の為に③
しおりを挟む贄となったダイア公国の間者達から生まれた魔物達は、通常の魔物よりも強力だった。
しかし、『スペード王国騎士団』はこの大陸にある四ヵ国の中で最強と詠われている騎士団だ。最初こそ上空に現れた魔法陣の事もあり、間者が自らを贄として喚び出した魔物達にも動揺したが、すぐに気持ちを持ち直して本来の実力を発揮し、臆せず魔物達と対峙出来るようになっていた。
グリードやバルトロも無事に魔力タンクをロゼリアに届け、その後は――――
『俺とバルトロはあの魔法陣を何とかしてくる。すまないが、暫く頑張ってくれ、セルジュ』
そう言って、グリードは防御魔法を展開しているロゼリアの事をその場にいたアレクやロイ、ジェラルド達に任せて、バルトロと共にその場を後にした。
…………
……
アレクはロイと共にロゼリアを守りながら二刀の剣を振るっていた。
召喚された魔物達は皆一様に悪魔と呼ばれる魔物で、角の生えた牛のような頭に、二足歩行で2メートルを軽く超える巨躯を持っている。
上位騎士達は1体の悪魔に対して数人がかりで対処しているが、アレクやロイは各々1対1で対峙していた。
「魔物の数は多くないけど、なかなかに強いし攻撃がうぜぇ…!」
アレクが戦いながら文句を言うと、ロイは口角を上げて、こんな時なのに何故だか勝ち誇ったような顔をした。
「なんだ、アレク。もう音を上げるのか?なら、セルジュにいい所を見せる勝負は俺の勝ちだな」
「……は?最初から勝負なんてしてねーし。それに俺はまだまだ余裕だから。お前こそ、そろそろ限界なんじゃないの?」
「はっ。セルジュを守る事に限界なんてない。時として、精神が肉体を凌駕するってやつだ。セルジュの為なら何でも超えてみせる…!」
「……ロイ、お前……」
そうして、アレクはある事に気付いた。剣の柄を握る拳に力が入る。
「成程な。ロイ、しっかり踏ん張れよ」
「言われなくともそうするさ」
二人の会話を聞きながら、傍で防御魔法結界を展開していたロゼリアは、魔導具に新たな魔力タンクを付け替えつつ、額に汗を滲ませて笑みを浮かべた。
「……どんな時でも、アレクとロイはいつも通りで嬉しいよ」
自分の魔力はまだあまり使用していない。けれど、膨大な魔力を放出し、上空にある魔法陣からの攻撃を防ぐ事は、ロゼリアの体力を物凄い早さで消耗させていた。
身体強化を発動させているが、攻撃を受ける度に凄まじい衝撃が身体を襲い、手足が震えてしまう。だが、まだ力尽きる訳にはいかない。
「僕も踏ん張らないとね……!」
三人から少し離れた位置では、ジェラルドが魔法で上位騎士達をサポートしつつ、一度に三体の悪魔と戦っている。悪魔は手にしている槍での物理攻撃だけでなく、魔法も使用してくる。なかなかに頭が賢く、そのせいで倒すのに時間が掛かってしまう。しかもこの悪魔達には魔法耐性があるようで、あまり通常の魔法は効かないようだった。
「どうやら私とは相性が悪いようですね」
魔法が得意であるジェラルドが、周囲の戦況を確認しつつ、悪魔達の攻撃をひらりと躱し、槍での技を華麗に繰り出していく。
ガーディアンナイトの【クィーン】であるジェラルドさえも、この悪魔達には手こずるのかと、誰もがそう思っていた時。
突然、その場にいた全ての悪魔達の動きが止まった。
「「え……?」」
戦っていた上位騎士達、アレクやロイも突然の事に驚きの声を上げる。
悪魔達の足元には青く光る魔法陣。ソレをやらかしたであろう人物は、「遅くなってすみません」とその場の者達に詫びた。
「それなりに強い悪魔達だったので、少し手間取ってしまいました。皆さん、悪魔から離れて下さいね」
悪魔達は青い魔法陣から出ているキラキラとした冷気を浴びて、身体がビキビキと凍り付いていく。
アレクとロイはすぐに何かに気付いて悪魔から離れ、セルジュを庇うように一般的な防御魔法を展開する。それに一拍遅れて、あまり状況を理解出来ていないが、上位騎士達も悪魔達から離れ、距離を取った。
それらを確認して、ジェラルドが鳥肌の立つような美しい笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。さて、それでは悪魔の皆さん。そろそろ死んで下さいね?」
「「?!」」
「【死の炎】」
次の瞬間、悪魔達は黒い炎に包まれていた。酷い断末魔が周囲に木霊する。黒い炎は悪魔達の身体を焼いて、その巨躯をパラパラと灰にしていく。数は多くなかったが、それでも魔法耐性のある強力な悪魔だった。それを、同時に一瞬で灰にしてしまった。普通ではない強大過ぎる魔力と魔法を使用して。
その場にいた者達は、皆瞠目し、ジェラルドに畏れを抱いた。
これだけの事が出来てしまう。それが『ガーディアンナイト』になれる者の実力なのだと。
「お疲れ様でした。ですが、まだ気は抜かないようにお願いします」
「あ…」
「皆さん、お返事は?」
「「「はっ!!」」」
皆がビシッとジェラルドに敬礼し、応える中、アレクは悪魔の消滅を確認してからロイの方へ向き直る。
「大丈夫か?」
「それは誰に言っているんだ?」
ロイは肩で息をしていた。
アレクはそれを見て顔を険しくする。
「怪我人は治癒師の元へ行って下さい!」というジェラルドの声が響くと、アレクがその場から動こうとしないロイの肩を掴んだ。その瞳は真剣で、ロイはそんなアレクを見て顔を逸らす。
「お前も行け、ロイ」
「行かない。俺はここを動かない」
「我儘を言うな。お前は俺より頭が良い。だから、ちゃんと分かってるだろう?」
「さぁな。俺は絶対に、ここから動かん」
「ロイ!」
アレクとロイの話を聞いて、ロゼリアにも事情が分かった。ロイが、怪我を負ったのだと。
ロゼリアは集中力を切らさないようにしながら、ロイへ話し掛ける。治癒師の元へ行くように。
「ロイ」
「……セルジュ?」
「怪我は、治さないと駄目だよ。行っておいで」
流石にセルジュに言われれば、ロイも言う事を聞くだろう。アレクはそう思って肩を掴んでいた手を離した。けれどーーーー
「セルジュの頼みであっても、それは聞けない。片時でも離れたくない。……セルジュが頑張ってるのに」
「ロイ……?」
ロイの瞳が切なげに揺れる。
真っ直ぐに見つめられて、ロゼリアの心臓が大きく跳ねた。
会議室でも感じた事。ロイは友人なのに、強く“男の人”だと意識してしまう。
あまりにストレートな親友の想いに、アレクはひやりとした。こんな時なのに、焦燥が募る。
そうして、ロイはロゼリアの耳元に顔を近付けて、何かを囁いた。ロゼリアの瞳がみるみる驚きの色に染まる。
「どうして……」
アレクには聞こえなかった。
ロイが囁いた言葉は、ロゼリアを動揺させた。
『好きな女の子が無理して頑張ってるのに、男の俺が怪我くらいで引き下がれる訳ない』
* * *
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