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《分岐》リアム
変わってよ、ロゼリア
しおりを挟むダイア公国国王カエサルが王子の手によって崩御した。
一人、また一人と毎日のように暗殺されていく臣下達。カエサル国王は、次は自分が殺されるかもしれないと暗殺者を恐れ、乱心し、たまたまその場に居合わせた末の第五王子を殺してしまったのだ。
それを目にした第三王子は、その場で剣を取り、乱心したカエサル国王を殺した。そして、王位継承権は第一王子へと渡ったのであった。
……………………
…………
ダイア公国の内情はスペード王国にも伝わり、年内に始まるとされていた戦争の先行きは分からなくなった。成長してからは直接会う事など殆んど無かったが、ダイア公国の第一王子レイナルドとスペード王国王太子アルフレッドは幼い頃から友人関係にあった。カエサル国王が亡くなった今、当面はダイア公国の立て直しに全力を注ぐ事となるが、王位を継ぐのが第一王子のままならば、和平を結ぶ可能性も充分有り得る話となったのだった。
スペード王国騎士団内部では、今回の事で意見が割れていた。それだけ禍根が残っているのだが、そういった微妙な空気の中で、いつも通りの人物がいた。
ガーディアンナイトの【ジョーカー】である、リアムだ。
リアムはガーディアンナイト専用区域の回廊から、庭園へと足を進めた。そこにロゼリアが居たからだ。
「どうかしたのかい?」
「……リアム……。今日は、昼でも騎士団に居るんですね」
「もう出掛ける必要が無くなったからね」
「え?」
「ふふ、何でもないよ」
リアムはダイア公国に様々な置き土産をしていた。
それ故、今更ダイア公国が何かを仕出かすとは考えていない。
(何かしてくるとすれば……)
リアムが唯一の気掛かりの事を考えていると、ロゼリアが「ね、リアム」と話し掛けた。
「ん?」
「このまま、戦争する可能性自体無くなって、平和になるのかな?」
「さぁね。……セルジュは、そうなったら嬉しいんでしょ?」
「…………」
「セルジュ?」
暖かな日差しの中、二人は庭園に設置されているベンチに座っていた。そよそよと頬を撫でていく風が心地良い。
リアムが隣に座っているロゼリアへ顔を向けると、ロゼリアはとても嬉しそうに微笑んでいた。リアムはドキリとして、息を呑む。
(なんだ……?)
胸が苦しい。
リアムは思わず制服越しに、自分の左胸をぎゅっと掴んだ。
「…………セ」
「僕、凄く嬉しい。このままいけば、戦争の話自体が無くなるかもしれないなんて。勝手な言い分だって分かってますけど、家族も、友人達も、僕の大事な人達は、みんな無事だから」
「……そうだね。その中には、私も勿論入ってるんだよね?」
リアムは、冗談のつもりで軽くそう言った。ロゼリアは、きっと否定しないだろう。顔を逸らして、自分の事を恐ろしいと思いながら、“入ってます”と、答えてくれる筈。
リアムはそんなロゼリアが気に入っていた。だから、本当にただなんとなく訊いてみただけだった。答えなんて分かっていると。
しかし、リアムのその予想は、ある意味で外れた。ロゼリアの中では、確かにリアムを恐れてはいたけれど、最初から大事な人の中に入っていたからだ。
「勿論、リアムもですよ。リアムだって、開戦していたら無事で済まなかったかもしれないし。怪我とか負わずに済んで良かったです」
「え」
「本当に、このままいくといいなぁ……」
さも当然とばかりに、ロゼリアはそう答えた。嘘偽りの無い色で、笑みを浮かべながら。
ロゼリアは、リアムが“化け物”だと知っている。底知れぬ実力の持ち主だと、分かっている。
(……何それ。どうして、当たり前みたいに言うのかな、君は。私が化け物だって、本当にちゃんと分かってるの?)
リアムが俯いて、先程よりも強く痛む左胸を押さえていると、ロゼリアがそれに気付いて目を見開いた。
リアムの傍に身を寄せて、そっと顔を覗き込む。サラサラとしたリアムの艶やかな漆黒の髪が、風に揺れた。
「リアム?どうかしたんですか?どこか、痛い?」
「…………」
「リアム?」
「…………胸が苦しくて痛い」
「え?!だ、大丈夫?!急いで治癒師を呼んで…………わぁっ?!」
ロゼリアが酷く焦った顔をして立ち上がろうとすると、リアムが素早くロゼリアの腕をガシッと掴んだ。そして、体勢を崩したロゼリアをそのままぎゅうっと抱き締める。
リアムの膝に乗ってしまったような形になって、ロゼリアは一気に顔を赤くした。
「ちょっ……り、リアム?!」
「治癒師なんていらないし」
「で、でも、あの……」
「成程。これがあの時話した、不治の病……」
「へ?」
「あー痛い。すっごく痛いよ。何これ?痛い痛い痛い」
「えええ?!離して、リアム!そんなに痛いなら、我慢せずに、ちゃんと治癒師に診てもらわないと駄目だよ!私が呼んでくるから……」
「離れたら死ぬ」
「はぁ?!リアム、どうしちゃったの??」
リアムはロゼリアの胸に頭をぐりぐりと押し付けながら、全くロゼリアを離そうとしない。
ロゼリアは甘えるようにぐりぐりされて、一瞬ピキーンと硬直してしまったが、狼狽えつつも、リアムの頭に優しく触れた。サラサラの髪が気持ち良くて、梳くように撫でると、リアムがぐりぐりするのを止めた。
「リアム……?」
「……ロゼリアはふわふわしてる。女の子って、みんなこんなに柔らかいの?」
「……太ってると言いたいんですか?」
「太ってるの?」
「太ってません。普通です」
「ね、ロゼリア」
「というか、名前!いくら周りに人が居ないからって……」
「結婚しよ」
ロゼリアは、今度こそビシッと固まって、目を丸くした。
「今、なんて……?」
「ロゼリア、私のものになってよ。ロゼリアが欲しいんだ。全部欲しいから、結婚するのが一番良いと思う」
リアムが、蕩けるような瞳でロゼリアを見上げた。人間離れした、超絶美形なリアムの顔が間近に迫ってきて、ロゼリアの体温がびっくりする程に上昇してしまう。逃げようと力を入れるけれど、リアムの腕はびくともせず、逃れる事が出来ない。
「こ、この前も言いましたけど、結婚っていうのは、好き合ってる者同士でするもので……」
「なら、問題ないよね?」
「問題ない?」
「ついさっき、私の事も大事な人だって言ってた」
「それはそうですけど、意味が……」
「じゃあ、どうしてそんなに顔を赤くしてドキドキしているの?」
「なっ……?!」
「ほら、ドキドキしてる。耳まで赤くして、瞳も潤んでるし。私の事を、男だって意識してる」
「ち、違っ……これは……」
「違わない」
ロゼリアは確かにドキドキしていた。ここ最近、リアムと一緒に居るとドキドキして、嬉しくなって、安心していた。逆にリアムが居ないと、不安になって、寂しくなっていた。
いつの間にか、大好きで堪らなかったオリバーの事を、前程考えなくなってしまっていた。
しかし、それはロゼリアにとって考えられない事で。
まさかと思いながらも、肯定出来ずにいた。肯定してしまったら、認めてしまったら、自分が変わってしまう気がして、恐ろしかったからだ。
「ずっと変わらない君が好きだった」
「…………」
「けど、今は君に変わって欲しいと思ってる。変わってよ、ロゼリア」
「り、あむ……私……」
「……私の事が、好きだろう?」
* * *
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