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《分岐》オリバー・バルトフェルト

戦争の始まり

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ダイア公国は宣戦布告と共に、スート騎士団、魔法師、兵士達を出陣させた。
此方も直ぐにスペード王国騎士団を転移魔法陣にて国境にある砦へと転移させ、敵を迎え撃つ態勢を整えた。
ダイア公国側にも魔法師がいるけれど、ダイア公国出身の者は魔力保有量自体が低い。それほどの脅威にはならないだろうと思っていた。しかし、スペード王国側が偵察部隊を送ると、ダイア公国スート騎士団中央に、どう見ても騎士や兵士、魔法師達とは違う者達が居たのだ。その数は数百単位。彼等は酷く痩せ細った身体にボロ布を纏い、両手には鎖のついた腕輪を付けられていた。何より、彼等の胸辺りには何かの魔法陣が描かれていて、それらが偵察部隊の者達の背筋をゾクリと凍り付かせた。

駄目だ。
奴等はきっと、何か恐ろしい事をしようとしている。

偵察部隊を率いていたのは、風魔法に長けた実力者であるナンバーズのテオドールだ。

「ロメオ、急いで団長へ報告しに行って。ダイア公国の奴等、何かヤバイ事をしようとしてる」
「了解しました」
「頼んだよ」

ロメオは以前、実力試験でロゼリアに負けた、ツェルゴ家の長男だ。ロメオは木々の枝の上を素早く駆けて、国境で待機しているスペード王国騎士団本隊の元へと急いだ。
ロメオの後ろ姿を見送って、テオドールは再び進軍しているスート騎士団へ視線を向けた。

「……一体何を企んでいるんだ?」

嫌な予感がした。
普通に考えれば、魔力の少ないダイア公国側に勝ち目は無い。スペード王国側の圧勝だっただろう。
だが、奴等も無策で来た訳では無かったようだ。何か秘策を隠している。それも、かなりマズイものを。

(……オリバー。まさか、ロゼリアは前線に出てきたりしないよね?)

テオドールは自分の親友と、想い人の事を脳裏に思い浮かべた。ロゼリアを溺愛しているオリバーならば、きっと彼女を前線に連れてくる事は無いだろう。
――――そう信じていた。


……………………
…………

スペード王国領内。
国境にある砦前にて。

スペード王国騎士団は、団長でありガーディアンナイトの【キング】でもあるレオンを先頭に、【クイーン】であるジェラルドの指示で隊を構成していた。騎士団から離れた所には戦士団の姿もあり、戦への緊張と高揚が高まっていく。

この大陸では、スペード王国が東側、ダイア公国が西側に位置している。ちなみにクラブ帝国は寒い北、ハート王国は暖かい南だ。
クラブ帝国は鉱山が多く、ハート王国とスペード王国には豊かな森と海がある。ダイア公国にも豊かな森や湖があるが、この大陸で港があるのはハート王国とスペード王国だけだ。色々な状況を想定しつつ、各地に放っていた密偵と偵察部隊との報告を擦り合わせ、ダイア公国は今回の戦争で奇襲等はせず、正面から進軍してくるスート騎士団と魔法師、一般兵士で構成された部隊のみだとスペード王国騎士団側は判断していた。
そうして、実際にその通りだった訳だが……

「……リアムとグリードは、前線に居ないのですか?」

後方に控えている治癒師達の護衛に回されていたセルジュことロゼリアは、知らされたガーディアンナイトとナンバーズ達の配置を聞いて、耳を疑った。

今回の戦争では、偵察部隊にテオドール、補給部隊にノアとルーク、治癒師が居る治療部隊にロゼリア、砦の守護にバルトロ、前線部隊にレオンとジェラルド、オリバーが配置される事になっている。
リアムは万一の時の為に騎士団本部へ待機。グリードは王城。そして、各地に点在している騎士団詰所へいつでも転移出来るように待機しているのがリオとフェリクスだ。突然魔物が現れた場合等、リオとフェリクスが対処する手筈となっていた。

(なんでこんなに胸がざわざわするの?……お兄様……)

ロゼリアが得たいの知れない不安に駆られている時、レオンとジェラルドの元へ偵察部隊の一人、ロメオが報告に来ていた。
ロメオの報告を聞いて、レオンとジェラルドの顔色が変わる。

――――そうして、その時。
国境に、ダイア公国側から進軍してくる者達の影が、僅かにぼんやりと見えた気がした。
『まさか、こんなに早く国境まで来たのか?』『早すぎないか?』と若い騎士達が思った瞬間、こちらへと進軍してきていたソレ・・が、騎士達では無いと分かった。

「だ、団長!!ダイア公国側から、魔物の大群が押し寄せて来ます!!」

ダイア公国側を観測していた騎士が叫んだ。

「……何だと?」

地平線に、豆粒のように見えていた沢山の黒い塊は、明らかに人間では出せないような速さで、ぐんぐん此方へ向かって来ていた。
次第にそれらはすぐに視認出来る程の距離まで迫ってきて、団長であるレオンの張り上げた声が辺りに響き渡った。

「全員、構えろっ!!!」

レオンやジェラルドから少し離れた位置には、オリバーが居た。
オリバーもまた、ロゼリア同様に胸がざわついていた。だんだんと迫ってくる魔物の大群を見据えながら、属性特有身体強化を発動させ、思考を巡らせる。

(何故このタイミングで魔物の大群が押し寄せて来たんだ?まさか、これは奴等の仕業なのか?)

スペード王国騎士団達は、ダイア公国から進軍してくる人間達ではなく、魔物達と戦う羽目になった。
しかも、魔物達一体一体が通常の魔物より遥かに強い。魔物達の数は、数百単位。その数は、テオドール達偵察部隊が確認し、ロメオに報告させた、ボロ布を纏い、奇妙な魔法陣を胸に描いた連中と同じ数だった。


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