上 下
201 / 245
《分岐》リアム

リアムの私情②※やや残酷な描写有り(※修正済02/02/19)

しおりを挟む


ダイア公国のコールリッジ公爵家当主、イーロス・ダルトン・コールリッジ。
第三王子に『ダルトン卿』と呼ばれていた男は、今正に、絶望を目の当たりにしていた。

数刻前、突然別邸のあちらこちらから悲鳴が上がり始めた。訳が分からないまま、我先にと本邸へ通じる転移魔法陣の所へ向かったダルトン卿だったが、辿り着く前に何故だか建物が半壊。運良く命は助かったけれど、落下してきた瓦礫によって足を負傷し、ズルズルと足を引き摺りながら逃げ惑う事になってしまった。
こんな時に限って、いつも側に置いていた護衛達が居ない。せっかく魔法師を雇っていたのに、一体何処へ行ったのか。
ダルトン卿が地下室にある隠し通路を通り、天井の高い開けた場所へ出ると、何故だか自分よりも先に人が居た。隠し通路の扉を開けた時、鍵はしっかり掛かっていた。だから、他に誰かが居るのは、明らかにおかしい。しかも、その者の出で立ちは魔法師そのもので、黒いローブを身に纏っている。
この隠し通路の先には、もう一つの転移魔法陣があるのだが、その転移先はダイア公国の王宮だ。故に、転移してここへ来たと言うのなら、まず間違いなく王宮の者だろう。第三王子の使者だろうか?

「貴様は誰だ?殿下の使者か?」
「……確かに私は使者かもしれないね」
「おい!殿下の使者ならば、殿下は今何処にいるのだ?!私の別邸に賊が入り込んだのだ!!すぐにスート騎士団へ応援を要請したい!!」
「残念だけど、私は殿下の使者じゃない。……君を地獄へ突き落とす使者だよ」
「……なん、だと?」

魔法師がフードを外してダルトン卿の前に、その素顔を晒した。
その魔法師は、長く艶やかな漆黒の髪に、黒曜石のような瞳をした、とても美しい男だった。フードを外した際にサラリと零れた漆黒の髪や、男の動作、人間離れした美し過ぎるその顔立ちに、男だと分かっていてもダルトン卿は見惚れてしまう。
しかし、すぐに酷い悪寒を感じて、みるみる顔色が絶望に染まった。

(何なのだ?これは……)

ダルトン卿には、武術や魔法の心得なんて無い。なのに、その男から発せられる禍々しい程の殺気を肌で感じ取り、気付くと全身が震えていた。魔法師の浮かべる笑みは、とても歪んでいて、更にダルトン卿の恐怖を煽る。

「君にも分かるかな?私はね、怒っているんだよ。とてもとても、君に怒っている」
「……わ、私は貴様なんぞ知らんぞ!何故私に対してそんな……?!ま、まさか、貴様の身内が私の競売で売られたのか?な、ならば、特別にその身内を買い戻してやる!!私に何かすれば、永遠に取り戻せないぞ!!」

ダルトン卿は一筋の光明を見出だしたと思った。これで自分は、この男に殺される事は無いと。しかし―――

「身内?私に身内なんていないよ」
「何……?なら、貴様は私の何に対して怒っているのだ?まさか、穏健派の奴等に雇われたのか?それとも、スペード王国騎士団の者か?」
「……ねぇ……」

刹那。
魔法師の姿が消えた。
ダルトン卿には、何が起こったのかまるで分からなかった。けれど、まもなくやってきた突き上げるような痛みと、近距離で聞こえてきた魔法師の声に、激痛と恐怖の伴った悲鳴を上げる。

「ぎゃあああああ!!!」
「何を勝手に喋ってるの?煩いから黙ってよ。……その悲鳴も、耳障りだなぁ」
「うぐっ?!がっ、あああああっ!!!」
「…………耳障りだって言ってるだろ?」

魔法師の口から笑みが消えた。
氷のように冷たい瞳で、ダルトン卿を見下ろす。まるで汚物でも見ているかのように、眉を顰め、土属性魔法で床から細く長い杭を次々とダルトン卿の真下から発現させて、その痩躯を貫いていく。
下から身体を杭に貫かれる度に、ダルトン卿の身体が跳ね、血飛沫が舞い、悲鳴が辺りに響き渡った。
けれど魔法師は、まだ何も満足していない。それどころか、悲鳴を聞く度に不愉快だと苛立ちを募らせていく。

「……なんて酷い声なんだろう。君みたいに静寂を尊べない奴は、心底嫌いだよ。だけど、私は優しいからさ。君の願いを一つだけ聞いてあげる」
「…………て……」
「死にたい?もう楽になりたい?それとも、生きたい?」
「たす………………れ……」
「……助けてくれ?」

ダルトン卿は、助けを求めた。
生きたいと願った。
それまで不愉快そうな顔をしていた魔法師が、お腹を押さえ、僅かに肩を揺らしている。そうして、堪えきれなくなったとばかりに、笑い声を上げた。

「あははははっ!!いいよぉ?!生かしてあげるよ!!ほら、【ヒール】!!!」
「うぎゃあああああ!!!」

杭に貫かれたままのダルトン卿の身体を、回復魔法でわざと回復させ、再び土属性魔法を使用し、先程よりも細い杭で貫いていく。それを数度繰り返し、ダルトン卿が『死なせて欲しい』と懇願してきた頃、魔法師は回復魔法も土属性魔法も止めて、また笑みを消した。

「私は一つだけって言ったよね?聞いてあげる願いは一つだけって。……でも、そうだなぁ。叶えてあげてもいいよ」

魔法師はダルトン卿を指差して、何かの魔法を口にした。すると、ダルトン卿の身体が少しずつ、僅かに膨らんでいく。

「君はね、私の大事なものを汚そうとしたんだ。だから、その血肉と命で贖ってよ。…………精々、長く長く苦しんで死ぬといい」

それだけ言い残して、魔法師は消えた。ダルトン卿は、それから数時間後に膨れ上がった身体が爆ぜて、人としての形を跡形も遺さずにこの世を去った。ギリギリまで意識が途絶えず、魔法師の言った通りに苦しみ抜いて死んだ。

意識が途絶えなかったのも、恐らくは魔法師のかけた何らかの魔法のせいだったのだろう。

……………………
…………


ダルトン卿の返り血を全身に浴びていた魔法師―――リアムは、騎士団本部へと戻ってきた。

血でベタベタなローブと制服を気にもせず、廊下をコツコツと歩いていく。リアムは己が歪んでいる事を知っていた。残忍である事も分かっていた。故に、それをロゼリアには見せたくなかったのだ。
例えリアムがどういう人間なのか知っているのだとしても、それを目の当たりにしてしまったら、変わってしまうと思った。

(先に帰らせておいて正解だった)

先程の光景を見たら、流石にロゼリアだって自分を嫌うだろうと思った。

(……ロゼリアには、嫌われたくない)

リアムは廊下の途中で、前からやって来るレオンに気付いた。返り血まみれのリアムを見て、レオンは顔をしかめる。

「……酷い姿だな」
「そう?」
「お前を知っている騎士達は、敵よりもお前を恐れる。……それでいいのか?変わろうとは思わないのか?」
「昔から言ってると思うけど、お節介は止めてくれる?私は誰にどう思われようと気にしないし、そもそもレオンには関係ないだろう?」
「関係ならある。それに、今はセルジュだって居るだろう」

話ながら歩いていたリアムが、レオンの言葉を聞いて足を止めた。苛立ちを隠そうともせずに、振り向いて自分よりも長身のレオンを睨め付ける。

「煩いなぁ。早々に団長を代替りさせるよ?」
「……やれるものならやってみろ」

リアムとレオンは、騎士団での付き合いが一番長い。リアムはずっと他人を拒絶してきたが、前団長にだけは興味を示し、魔法以外の武術は全て前団長から教わった。そして、前団長とはレオンの実父だったのだ。
そうしてレオンは、昔から、なかなかにお節介な性格をしていた。

「いつでも相手をしてやる」
「…………………………」

リアムは何も言わずに、レオンに背を向けてその場を後にした。
少しの苛立ちと共に、奇妙な感覚に襲われながら、足早に自室へと向かう。

(……なんでかな。今すぐ、ロゼリアに会いたい)

途中、【浄化】の魔法をかけた。
けれど、血の臭いが消えた気がしない。結局、浄化なんかしたって意味がないような気がした。
服や身体の汚れを落としても、胸の奥深くまでは浄化出来ないからだ。
リアムは自室にて手早くローブと制服を脱ぎ、シャワーを浴びてから新しい制服に着替えた。上着は羽織らずに、髪は半乾きのまま、その足でロゼリアの部屋へと向かおうと自室を出る。
ダルトン卿を始末した後に回収した、魔導具の魔力タンクをその手に持って。

瞬く星達はもうあまり見えず、空はもう白み始めていた。


* * *
しおりを挟む
感想 170

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

逆ハーレムの構成員になった後最終的に選ばれなかった男と結婚したら、人生薔薇色になりました。

下菊みこと
恋愛
逆ハーレム構成員のその後に寄り添う女性のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...