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《分岐》リアム
リアムの私情②※やや残酷な描写有り(※修正済02/02/19)
しおりを挟むダイア公国のコールリッジ公爵家当主、イーロス・ダルトン・コールリッジ。
第三王子に『ダルトン卿』と呼ばれていた男は、今正に、絶望を目の当たりにしていた。
数刻前、突然別邸のあちらこちらから悲鳴が上がり始めた。訳が分からないまま、我先にと本邸へ通じる転移魔法陣の所へ向かったダルトン卿だったが、辿り着く前に何故だか建物が半壊。運良く命は助かったけれど、落下してきた瓦礫によって足を負傷し、ズルズルと足を引き摺りながら逃げ惑う事になってしまった。
こんな時に限って、いつも側に置いていた護衛達が居ない。せっかく魔法師を雇っていたのに、一体何処へ行ったのか。
ダルトン卿が地下室にある隠し通路を通り、天井の高い開けた場所へ出ると、何故だか自分よりも先に人が居た。隠し通路の扉を開けた時、鍵はしっかり掛かっていた。だから、他に誰かが居るのは、明らかにおかしい。しかも、その者の出で立ちは魔法師そのもので、黒いローブを身に纏っている。
この隠し通路の先には、もう一つの転移魔法陣があるのだが、その転移先はダイア公国の王宮だ。故に、転移してここへ来たと言うのなら、まず間違いなく王宮の者だろう。第三王子の使者だろうか?
「貴様は誰だ?殿下の使者か?」
「……確かに私は使者かもしれないね」
「おい!殿下の使者ならば、殿下は今何処にいるのだ?!私の別邸に賊が入り込んだのだ!!すぐにスート騎士団へ応援を要請したい!!」
「残念だけど、私は殿下の使者じゃない。……君を地獄へ突き落とす使者だよ」
「……なん、だと?」
魔法師がフードを外してダルトン卿の前に、その素顔を晒した。
その魔法師は、長く艶やかな漆黒の髪に、黒曜石のような瞳をした、とても美しい男だった。フードを外した際にサラリと零れた漆黒の髪や、男の動作、人間離れした美し過ぎるその顔立ちに、男だと分かっていてもダルトン卿は見惚れてしまう。
しかし、すぐに酷い悪寒を感じて、みるみる顔色が絶望に染まった。
(何なのだ?これは……)
ダルトン卿には、武術や魔法の心得なんて無い。なのに、その男から発せられる禍々しい程の殺気を肌で感じ取り、気付くと全身が震えていた。魔法師の浮かべる笑みは、とても歪んでいて、更にダルトン卿の恐怖を煽る。
「君にも分かるかな?私はね、怒っているんだよ。とてもとても、君に怒っている」
「……わ、私は貴様なんぞ知らんぞ!何故私に対してそんな……?!ま、まさか、貴様の身内が私の競売で売られたのか?な、ならば、特別にその身内を買い戻してやる!!私に何かすれば、永遠に取り戻せないぞ!!」
ダルトン卿は一筋の光明を見出だしたと思った。これで自分は、この男に殺される事は無いと。しかし―――
「身内?私に身内なんていないよ」
「何……?なら、貴様は私の何に対して怒っているのだ?まさか、穏健派の奴等に雇われたのか?それとも、スペード王国騎士団の者か?」
「……ねぇ……」
刹那。
魔法師の姿が消えた。
ダルトン卿には、何が起こったのかまるで分からなかった。けれど、まもなくやってきた突き上げるような痛みと、近距離で聞こえてきた魔法師の声に、激痛と恐怖の伴った悲鳴を上げる。
「ぎゃあああああ!!!」
「何を勝手に喋ってるの?煩いから黙ってよ。……その悲鳴も、耳障りだなぁ」
「うぐっ?!がっ、あああああっ!!!」
「…………耳障りだって言ってるだろ?」
魔法師の口から笑みが消えた。
氷のように冷たい瞳で、ダルトン卿を見下ろす。まるで汚物でも見ているかのように、眉を顰め、土属性魔法で床から細く長い杭を次々とダルトン卿の真下から発現させて、その痩躯を貫いていく。
下から身体を杭に貫かれる度に、ダルトン卿の身体が跳ね、血飛沫が舞い、悲鳴が辺りに響き渡った。
けれど魔法師は、まだ何も満足していない。それどころか、悲鳴を聞く度に不愉快だと苛立ちを募らせていく。
「……なんて酷い声なんだろう。君みたいに静寂を尊べない奴は、心底嫌いだよ。だけど、私は優しいからさ。君の願いを一つだけ聞いてあげる」
「…………て……」
「死にたい?もう楽になりたい?それとも、生きたい?」
「たす………………れ……」
「……助けてくれ?」
ダルトン卿は、助けを求めた。
生きたいと願った。
それまで不愉快そうな顔をしていた魔法師が、お腹を押さえ、僅かに肩を揺らしている。そうして、堪えきれなくなったとばかりに、笑い声を上げた。
「あははははっ!!いいよぉ?!生かしてあげるよ!!ほら、【ヒール】!!!」
「うぎゃあああああ!!!」
杭に貫かれたままのダルトン卿の身体を、回復魔法でわざと回復させ、再び土属性魔法を使用し、先程よりも細い杭で貫いていく。それを数度繰り返し、ダルトン卿が『死なせて欲しい』と懇願してきた頃、魔法師は回復魔法も土属性魔法も止めて、また笑みを消した。
「私は一つだけって言ったよね?聞いてあげる願いは一つだけって。……でも、そうだなぁ。叶えてあげてもいいよ」
魔法師はダルトン卿を指差して、何かの魔法を口にした。すると、ダルトン卿の身体が少しずつ、僅かに膨らんでいく。
「君はね、私の大事なものを汚そうとしたんだ。だから、その血肉と命で贖ってよ。…………精々、長く長く苦しんで死ぬといい」
それだけ言い残して、魔法師は消えた。ダルトン卿は、それから数時間後に膨れ上がった身体が爆ぜて、人としての形を跡形も遺さずにこの世を去った。ギリギリまで意識が途絶えず、魔法師の言った通りに苦しみ抜いて死んだ。
意識が途絶えなかったのも、恐らくは魔法師のかけた何らかの魔法のせいだったのだろう。
……………………
…………
ダルトン卿の返り血を全身に浴びていた魔法師―――リアムは、騎士団本部へと戻ってきた。
血でベタベタなローブと制服を気にもせず、廊下をコツコツと歩いていく。リアムは己が歪んでいる事を知っていた。残忍である事も分かっていた。故に、それをロゼリアには見せたくなかったのだ。
例えリアムがどういう人間なのか知っているのだとしても、それを目の当たりにしてしまったら、変わってしまうと思った。
(先に帰らせておいて正解だった)
先程の光景を見たら、流石にロゼリアだって自分を嫌うだろうと思った。
(……ロゼリアには、嫌われたくない)
リアムは廊下の途中で、前からやって来るレオンに気付いた。返り血まみれのリアムを見て、レオンは顔をしかめる。
「……酷い姿だな」
「そう?」
「お前を知っている騎士達は、敵よりもお前を恐れる。……それでいいのか?変わろうとは思わないのか?」
「昔から言ってると思うけど、お節介は止めてくれる?私は誰にどう思われようと気にしないし、そもそもレオンには関係ないだろう?」
「関係ならある。それに、今はセルジュだって居るだろう」
話ながら歩いていたリアムが、レオンの言葉を聞いて足を止めた。苛立ちを隠そうともせずに、振り向いて自分よりも長身のレオンを睨め付ける。
「煩いなぁ。早々に団長を代替りさせるよ?」
「……やれるものならやってみろ」
リアムとレオンは、騎士団での付き合いが一番長い。リアムはずっと他人を拒絶してきたが、前団長にだけは興味を示し、魔法以外の武術は全て前団長から教わった。そして、前団長とはレオンの実父だったのだ。
そうしてレオンは、昔から、なかなかにお節介な性格をしていた。
「いつでも相手をしてやる」
「…………………………」
リアムは何も言わずに、レオンに背を向けてその場を後にした。
少しの苛立ちと共に、奇妙な感覚に襲われながら、足早に自室へと向かう。
(……なんでかな。今すぐ、ロゼリアに会いたい)
途中、【浄化】の魔法をかけた。
けれど、血の臭いが消えた気がしない。結局、浄化なんかしたって意味がないような気がした。
服や身体の汚れを落としても、胸の奥深くまでは浄化出来ないからだ。
リアムは自室にて手早くローブと制服を脱ぎ、シャワーを浴びてから新しい制服に着替えた。上着は羽織らずに、髪は半乾きのまま、その足でロゼリアの部屋へと向かおうと自室を出る。
ダルトン卿を始末した後に回収した、魔導具の魔力タンクをその手に持って。
瞬く星達はもうあまり見えず、空はもう白み始めていた。
* * *
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