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《分岐》オリバー・バルトフェルト
白く冷たい無慈悲な花
しおりを挟む「……私のロゼリアに何をしている?この毒虫がっ……!!」
お兄様の周囲に氷の刃が形成され、無数の【氷の槍】が一斉に公国の第三王子ブラッド目掛けて飛んでいく。私の前にはいつの間にか【防御魔法】が張られていたので、私は無傷だったけれど……
ブラッドは氷の槍の威力によって後方の壁に叩きつけられていた。しかし、怪我を負いながらも、その身に真っ赤な炎を纏わせてお兄様の氷を溶かしていく。ブラッドが複数の属性持ちかは分からないが、火の属性を持っていたようだ。ニヤリと口角を上げて、お兄様を見て嘲笑うかのように口火を切る。
「貴方は氷魔法が得意なようですね。けれど、残念ですが私は火魔法が得意なのです。炎は氷を簡単に溶かしてしまう。……貴方にとっては相性最悪ですよね?」
私の心臓がドクドクと嫌な音を立てた。確かに氷と炎なら、氷の方が分が悪いように思える。けれど、お兄様の属性は氷だけじゃない。
それに、私も居る。少しでもお兄様を手助け出来たらと思い、起き上がろうとするけれど、身体が痺れて動けない。さっき無理矢理飲まされたものは痺れ薬だったようだ。私が逃げ出さないようにと飲ませたのだろう。
(……これじゃ、今の私はただの足手まといだ。悔しいけど、せめてお兄様の邪魔にならないようにしなくちゃ……っ)
「ロゼ!!」
「おにい……さま……」
お兄様が私を抱き起こし、私の首についていた首輪を外してくれた。その後、直ぐ様自身の上着を脱いで、私の胸元を隠してくれる。
そうして、お兄様は私を一度だけぎゅっと力強く抱き締めてから、再び私の周囲に防御魔法を展開させて、ブラッドと向き合った。
「そうだ。貴方の顔、見覚えがあります。二年前、私を蹴り飛ばした騎士だ。……あの時、結構痛かったんですよ?」
「私は、あの時に貴様を殺せていなかった事を悔いているよ。猛省している」
「そうですか。なら、その後悔と共に死んで下さい。……貴方はロゼリアの何なのですか?恋人?貴方の存在が気に食わない。ロゼリアは私の花嫁ですから!【炎の矢】!!」
「【氷の矢】」
勢いよく放たれた【炎の矢】を、お兄様が【氷の矢】で相殺していく。どちらの魔法もかなりの高威力なので、室内での戦闘は危険過ぎる。建物が倒壊する恐れがあるからだ。けれど、特にブラッドの方は何も気にしていないようで、攻撃を止める気配はない。お兄様が無詠唱でブラッドの魔法を相殺しながら、私の名前を呼んだ。
「……ロゼ。少しの間、目を瞑っていて欲しい」
「目を……?」
「すぐに終わらせるから」
そう言ってお兄様は、私に防御魔法を重ね掛けしてから、一気に加速してブラッドの懐へと飛び込んだ。
ブラッドはお兄様が飛び込んで来ると予想していたのか、カウンター魔法を発動させた。
「やはり、魔法の相性が悪ければ、接近戦で来ると思っていましたよ!!死ね!!【地獄の炎】!!」
炎が渦巻いて、激しい火柱が上がる。
天井を突き破り、部屋中の物に引火して、肌が、空気が熱い。懐に入り込んだお兄様の姿が炎に包まれてしまい、私の身体は恐怖によって硬直してしまった。恐怖とは、ブラッドに向けたものではなく、お兄様を失ってしまうかもしれないという恐怖。
私は動けぬ身体に必死に力を入れて、魔法を発動させようと試みるけれど、痺れと動揺で上手く発動させる事が出来ない。高笑いをするブラッドを見て、無力な我が身を震わせながら、睨む事しか出来ないでいると、炎の中からお兄様の声が聞こえてきた。
「……何を笑っている?まさか、私に勝ったつもりなのか?」
ブラッドの瞳が、驚きで見開かれたと共に、炎の渦を割るお兄様の手が見えた。片手をブラッドに向けて翳し、お兄様の低い声音が響き渡る。
「【白き神の吐息】」
それはまるで―――……
無数の白い花弁のようだった。
水属性から派生する氷魔法の最上位攻撃魔法。
渦巻く炎も、天井を突き破っていた火柱も、瞬く間に白く美しい波に呑み込まれ、音も無く消えていく。魔法を使ったブラッドは、みるみる内に肌の色を無くし、その場にドサリと崩れ落ちた。
私はその光景を、ただ呆然と眺めていた。いつまでも舞い落ちてくる白く冷たい無慈悲な花を、美しいとさえ思った。けれど……
「うっ……」
胃液が逆流しそうになって、何とかそれを必死に我慢する。赤髪の第三王子―――ブラッドは、恐らくもう目を覚まさないだろう。だからお兄様は、事前に『目を瞑っていて欲しい』と、私に言ったんだ。
振り返ったお兄様は、そんな私の様子に気付いて、直ぐに駆け寄って来てくれた。
「ロゼ!大丈夫かい?今すぐここから……」
そう言って、私を抱き上げようとしたお兄様の手が、一瞬止まった。私に触れる事を躊躇ったように見えて、私はついさっきブラッドにされた事を思い出してしまった。途端、私はどうしようもない不安に襲われる。
「……すまない。とにかく、今はここを出よう」
お兄様が私を横抱きにして、倒壊しそうな公爵家別邸から脱出した。
私はお兄様の温もりを感じながらも、胸の内がとても寒く、冷たくて、お兄様が掛けてくれた上着を強く強く握り締めていた。
* * *
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