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《分岐》グリード・ルフス

知っている匂いと、心地良い声音

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地下牢の中で、グレンが私の魔法封じの腕輪を外し、偽物の腕輪を嵌め直してくれた。私が首を傾げつつ、何故偽物の腕輪を嵌めたのか問い掛けると、セルジュを救出する為の時間稼ぎが必要だからだと答えてくれた。

(時間稼ぎか。確かに必要だよね)

しかし、少しの不安を感じた私はグレンにお願いした。隠密用騎士服のズボンのポケットの中にある石を取って欲しいと。

「これは………魔通石ってやつ?」
「うん。グレンは魔通石を持ってないの?」
「帝国には無かったからね。スペード王国の騎士団は、強ければ誰でも入団出来るの?」
「入団試験に受かれば入団出来るよ。グレンも、騎士団に来る?」
「は?」

ロゼリアからの勧誘に、グレンは目を丸くした。今まで帝国で畏怖され続けてきたグレンは、気軽に誘われる事に慣れていなかったのだ。
ロゼリアは、それこそ『ご飯でも食べに行く?』みたいなノリで、グレンを騎士団へと誘った。

「グレンの、今の仕事先の都合がついたら、セルジュを無事に救い出した後に、スペード王国の騎士団へおいでよ」
「………………何で俺を誘うの?何か得する事でもあるわけ?」
「得する事?うーん……一緒に鍛練出来る、とか?」
「鍛練?」
「一緒に鍛練した方が強くなれるからね!私はよく、アレクとロイと三人で鍛練してるの。アレクもロイも私より強いから、グレンとも楽しく鍛練出来ると思う!」

そう言い切るロゼリアに、グレンは口元を押さえながら視線を逸らした。完全に調子を狂わされている。グレンはロゼリアの手に魔通石を握らせて、小さな声でボソリと呟いた。

「…………考えておく」

そう言って、ロゼリアの頬を冷やす為の水とタオルを取りに行くグレンの頬は、少しだけ赤く色付いていた。

……………………
…………

暫くして、私は地下牢から客間へと移動させられた。私は客間にあるベッドに寝かされて、手足を拘束していた鎖が端々にある支柱に繋がれた。鎖に余裕は無く、手足はずっと伸びた状態だ。

(早く拘束を解きたいけど、セルジュの為にも時間を稼がなくちゃ)

グレンが声には出さず、口を動かした。それを見て私がコクリと頷くと、グレンは部屋から静かに退室していく。グレンは今からセルジュを助けに行くのだ。私が二人の無事を祈っていると、部屋の扉が開いた。中へ入ってきたのはダルトン卿と、いつか見た、赤髪の青年。二年経って、赤髪の青年は成長していた。以前見た時よりも逞しく、美しく成長していて、何より身に纏う魔力から恐ろしいまでのプレッシャーを感じる。

(どういう事……?)

こんなプレッシャー、二年前は感じなかった。赤髪の青年は私を見て、嬉しそうに顔を綻ばせると、ダルトン卿に下がるよう命じた。

「ダルトン卿。私と花嫁を二人きりにして欲しい」
「仰せのままに、殿下」

ダルトン卿が退室すると、赤髪の青年は私の傍へ歩み寄り、私の寝ているベッドへ腰を下ろした。
私を見る赤髪の青年の瞳が、甘く細められて、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

「ロゼリア。貴女にお会いするのは、二年ぶりですね」
「…………そうですね」

話したくもなかったが、少しでも時間稼ぎをする為に、私は顔を背けながら答えた。すると、赤髪の青年がくすりと笑って私の髪を撫でる。

「照れているのですか?可愛いですね。……それに、貴女は二年経って、更に美しくなった。この服は気に入りませんけどね」
「お褒めに預かり光栄です」
「ふっ……本当にダルトン卿の言っていた通りだ。女の子は淑やかな方が好まれると言うのに……」
「それはダイア公国でのお話でしょう?私には関係ありません」
「関係ない?気になる男に嫌われてもいいの?」
「は?」
「スペード王国に、好きな男は居ないのですか?」

そう問われて、私の脳裏に浮かんだのはお兄様と、もう一人―――

(また……!な、なんで思い浮かぶのがお兄様だけじゃないの?こんなのおかしい。私、どうして……)

お兄様と、もう一人。彼を思い浮かべてしまった私は、思わず顔を赤くしてしまった。それを見た赤髪の青年が、驚く程に優しく甘い声で、私の耳元へ囁いた。

「本当に悪い子ですね。貴女の将来の夫は私なのですよ?」
「わ、私は貴方の花嫁になるつもりはないわ!」
「へぇ。私に、そんな事を言っていいのですか?」
「どうして私が貴方のご機嫌なんて窺わないといけな……っ?!」

赤髪の青年が懐から小さなナイフを取り出した。装飾の美しいナイフで、宝石が沢山ついており、明らかに戦闘用ではなさそうだ。しかし、そんなナイフでも、今の私を傷付ける事は簡単だろう。私が唇を噛み締めながらも赤髪の青年を睨み付けると、彼はそんな私を見て、ますます嬉しそうに口元を綻ばせた。

「ああ、そそるなぁ。……大丈夫、痛い事はしませんから。でも、こんな物が見えていたら不安ですよね?目隠しをしてあげましょう」
「やっ……何を……?!」

しゅるりと柔らかな布で目隠しをさせられて、何も見えなくなってしまった。これはマズイ。私が拘束を解こうかと考え、魔力を高め始めた時、急に足元が涼しくなった。

「な、に……?」
「まずはこの汚ならしい服を脱ぎましょう。ナイフで切れば早いですからね。……私が貴女を綺麗にして差し上げます」
「?!」

私は瞬時に理解した。
隠密用騎士服のズボンがさっきのナイフで切られ、足が露になってしまったのだと。二年前、赤髪の青年に太腿を舐められた事を思い出して、私は身体強化を発動した。
両手両足の鎖が一瞬にして千切れ、私は見えない状態のまま風魔法の呪文を唱えようとした。けれど―――

「ひゃっ?!」
「いけませんね。いつ腕輪を偽物とすり替えたのですか?これは沢山お仕置きが必要なようだ」

私が魔法を唱える前に、赤髪の青年が馬乗りになって、私の両手両足を自らの身体で拘束した。私が身体強化の重ね掛けを施しても、全く動けない。やがて、私の首に何かがカチリと嵌められた。

「う、あ……!」
「魔法封じの首輪を持っていて良かった。……さぁ、覚悟して下さいね?ああ、そうだ。止めて欲しいと懇願する時は、私の名を呼んで下さい。ブラッドと。」
「誰が、懇願なんて……」
「それならば、止めないで欲しいと?なんてはしたない、私好みの花嫁なのでしょう。例え貴女が気を失っても、ずっと消毒を続けてあげますからね。恥ずかしくて、羞恥で絶望するくらい、沢山沢山いじめて、可愛がって差し上げます」
「ひっ……」

もっと早く拘束を解いて戦闘に持っていけば良かったと思った。けれど、そんな後悔さえ、ブラッドの次の言葉を聞いて霧散する。

「貴女が大人しく待っていてくれて良かった。もし拘束を解いて待っていたなら、ダルトン卿にも貴女の可愛らしい姿を見せてしまうところでしたからね。貴女の可愛らしい姿は、誰にも見せたくありませんから」
「…………っ」

私の瞳にじわりと涙が滲んだ。決して泣くまいと拳を強く握り締める。そうして、手に握らせて貰った魔通石の事を思い出した。魔法封じの首輪をされてしまっては、魔通石に魔力を流せない。私が己の愚かさを呪っていると、ブラッドは大人しくなった私に気付き、片手で私の太腿を弄り始める。

「白くて、手に吸い付くように滑らかだ。ああ!何度この日を夢に見た事か!私の花嫁!!」
「いやぁ!!私に触らないでっ!!」

私がそう叫んだ、その瞬間。
客間の扉がドン!!と凄い音と共に吹き飛ばされ、私に馬乗りになっていたブラッドが突然居なくなった。正確には攻撃を避ける為に、後方へと跳んだのだ。

目隠しをされていた私には訳が分からず、すぐに動けないでいると、誰かに抱き起こされた。知っている匂いに、私はまさかと思いながら、自由になった両手で目隠しを取る。
すると、私の頭上から耳に心地良い低い声音が降ってきた。

「遅くなってすまない、ロゼリア」

黒に近い艶やかなディープグリーンの髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。整った精悍な顔立ちと、逞しくも靭やかな体躯の美丈夫。
ガーディアンナイトのエース、グリード・ルフスがそこに居た。


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