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本編

いざ、バルトロの部屋へ②

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ナンバーズ専用の寮。
ずっと寮の名前を忘れていたけど、『星月寮』だと、バルトロが教えてくれた。別に私は訊いていないのだが、さっきから色々な事を話してくれている。なんで??
そして耳飾りの話はいつするの?さっきから、いつその話になるのかとビクビクしているのに、関係の無い世間話ばかり。わざとですか?わざと関係の無い話ばかり振って、毎回ビクビクしている私を面白がっているんですか??

「セルジュ君は、花言葉には詳しいのですか?」
「花言葉ですか?いえ、詳しくないです」

そんな話はいいから、早く印を押して下さいよ。どれだけのんびりトントン押すの?その調子だと今夜は徹夜ですよ??

「知っていると思いますが、騎士団では階級によって制服が違います。刺繍の花も違っていて、見習いの制服の刺繍はカスミソウで、花言葉は『清い心』なんですよ。中位騎士がキキョウで『誠実』、上位騎士がキクで『高潔』、隊長格がトリカブトで『騎士道』」
「そうなんですか」

なんかそれ、チラッと攻略サイトで見たかも。という事は、この世界にも前世と同じ花と花言葉がある訳だ。今度、花を見に行きたいかも。

私がそう考えていると、バルトロは更に話を進める。

「我々ナンバーズはリンドウです。リンドウの花言葉を知っていますか?」
「いえ。何なのですか?」
「【正義】です」
「?!」

バルトロの纏う、空気が変わった。
書類をまとめていた私の手足に、昇格試験の時にも使われた、【闇の鎖】が巻き付いてくる。手にしていた書類の束が床に落ち、私は【闇の鎖】の力で近くの壁に張り付けられてしまった。

「バルトロ……?」
「仕事中でしたが、そろそろお訊き致しましょう」

バルトロはにこりと穏やかに微笑みながら、ゆっくりと私に近付いて、私の耳飾りを外した。
その瞬間に、私のアクアブルーの瞳が、灰色の瞳へと戻ってしまい、一気に血の気が引いていく。

「申し訳ありません。外すのをゴネられたりしたら面倒でしたので。それと、もう一つ」
「……っ!」

バルトロは「失礼。身体強化は使用しないで下さいね?」と言いながら、私の制服のボタンを外し、シャツを捲って、確かめるように私の腹部へと触れた。

「ああ、やはり。おかしいなと思ったんですよね。……セルジュ君は、セルジュちゃん、だったのですね」
「ど、どうして……?!」
「簡単ですよ。貴女を殴った時に、おかしいと感じました。だんだん硬くなっていったので途中から分からなくなりましたが、最初の内は柔らかかった・・・・・・ので。鍛練を積んでいる男の腹筋は、もっと硬いですから。殴った時の感触で分かるんですよ」
「……っ」
「ふふ。こんなに柔らかくては、あれだけ硬い身体強化を使用しても、僕の攻撃はかなり痛かったでしょう?馬鹿ですね。……貴女は間者ですか?」

バルトロが、僅かに殺気を纏い始めると、それだけで私の身体は震えてしまう。恐い。バルトロの強さを知っているからこそ、恐くて、身を竦ませてしまう。身体強化を発動させたい。けれど、バルトロが私のお腹を弄りながら、低い声音で、私の耳元に囁く。

「身体強化したら殺します。少しでも抵抗したら、貴女を間者とみなします。いいですね?」
「……僕は、間者ではありません」
「僕はいいか悪いか訊いたのに、その答えはおかしいですね?」
「ひっ……ぁ!……」
「…………まぁでも、貴女からは間者の臭いがしないんですよね。どちらかと言うと、良い匂いがします」
「?!」

スンスンと首筋近くの匂いを嗅がれて、私はビクリと身体を大きく震わせた。そんな私の反応に、バルトロがクスクスと笑う。

「それとも、ナンバーズ 僕達 の誰かを誑かす為に来たのですか?それならば少しは可能性があったかもしれませんね」
「ちがっ……違います……!」
「それは残念です。まぁ間者にしてはおかしいですよね?オリバー達の後輩で、リアム様やグリード君にも気に入られていますし。貴女が本当に間者ならば大成功でしょうが、貴女は実力試験に参加して、棄権だって出来たのに、昇格試験で僕と戦った」
「……や……手を……」
「しかも、降参しなかった。間者ならば、そこまで頑張る必要はありませんよね?貴女はどうして騎士団に入り、必死に『ナンバーズ』になろうとしたのですか?」
「手を、離して下さ……」

バルトロの手が、私のお腹から、するすると背中や脇へと滑っていく度に、恐くて震えてしまう。バルトロが少し力を籠めれば、私なんて簡単にぐしゃりと潰されてしまうだろう。本気で恐い。

「すみません。あまりにも手触りが良いもので、ついつい。……僕を誑かすつもりなら、今が好機だと思いますけど?」
「そ、そんなつもりはありません!僕……いえ、私は!信じてもらえないかもしれませんが」
「なんでしょう?」
「守りたいものがあって、騎士団に入りました。女人禁制なのは分かってますけど、どうしても入らなければ守れないものがあるんです!!」

バルトロの手が止まった。
瞳を大きく見開いて、私を凝視する。恐いからあんまり見ないで欲しい。しかも顔近っ!!

「……女騎士になりたかった、という事ですか?」
「女騎士と言うか、騎士団で『ナンバーズ』になる事に意味があるんです」
「要するに、守りたいものがあって、騎士になりたかった訳でしょう?」

え?そうなの?
ちょっと違う気もするんだけど、今はお兄様や家族だけじゃなく、アレクやロイ、リオ、私の友人達や、騎士団の人達を守りたいって思うから、いいのかな?

「……そうですね。騎士になりたくて来ました。女だと駄目だから、男装しました。瞳の色も、その為に変えていたんです」
「………………成程」

バルトロの手が、完全に私から離れた。私の理由を聞いて、何やら考え込んでいる。真実かどうか、まだ疑っているに違いない。私は更に言葉を重ねた。

「お願いします。私が妙な真似をしたと思ったら、すぐに拘束していただいて構いません。……信じて下さい」

しかし、バルトロはあっさりと否定する。

「そう簡単に信じる事は出来ません。ですが、他国には普通に女騎士が存在していますからね。スペード王国でも、騎士になりたい女性が居たって不思議ではない。なので、暫く様子を見ます」

そう言って、バルトロは【闇の鎖】を解除した。私の身体がドサリと床に崩れ落ちる。

「……貴女が命を賭して、『ナンバーズ』で功績を上げたら信じてあげましょう。それまで、貴女は小姓として僕の傍で、僕の仕事を手伝って下さい。いいですね?」
「は、はい!宜しくお願いします!!」
「精々励んで下さいね。僕がいつでも貴女を殺せるという事を、しっかり覚えておいて下さい」

そう言って、バルトロは自身の耳についている耳飾りを外した。
それまで美しかった若葉色の瞳が、片方だけ白くなる。そうだ。確か公式設定に書いてあった。バルトロは片方の目が、殆ど見えていないって……

「セルジュ君にも、僕の秘密を教えておいてあげましょう。僕の左目は殆ど見えていません。だから耳飾りをつけて、見えない目を隠しているのです」
「……敵に侮られない為ですか?」
「いいえ。僕が愉しむ為ですよ」
「え?」

バルトロの答えに、私は首を傾げた。おかしいな。聞き間違いだろうか?

「騎士団に入る前は隠していませんでした。そうすると戦闘の時、相手は面白いくらいに見えない方の左目の死角ばかり狙ってくる。それはそれで愉しかったのですが、流石に途中で飽きましてね。なので、騎士団へ入団する際、この耳飾りをつけたのです」

いかにもバルトロらしい理由だ。
けれど解せない。確かにバルトロは、左目が見えなくても十分に戦えるだろう。死角を狙ったところで、意味なんて無いのかもしれない。
だけど。

「どうして、そんな大事な秘密を私に教えたんですか?必要なかったでしょう?もしも私が本当に間者だったら……」
「必要ですよ」

私の背筋にゾクリとした悪寒が走った。
バルトロの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。

「もしもセルジュ君が間者だったなら、また僕と戦う事になるでしょう?その時、すぐに死なれては面白くありませんからね。左目が見えないのだと知っていれば、多少は戦えるかもしれないでしょう?沢山足掻いて、僕を愉しませて下さいね。……ね、セルジュ君?」

早く、間者ではないのだと証明しなければ。
今夜は恐くて、一人でお手洗いに行けないかもしれない。バルトロを乙女ゲームの攻略対象者にした制作スタッフは、明らかに頭がおかしいと、心底そう思った。


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