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本編
ロゼの帰宅
しおりを挟む―――目を覚ました私は、砦ではなく、バルトフェルト家の自室に居た。
傍にはお兄様ではなく、お父様とお母様、執事のベルンが居て、私はいつの間にか実家に、バルトフェルト家に帰ってきていた。
何故だろう。
身体が少しだけ怠い。
「お父様、お母様……ベルン……」
「ロゼ!ああ、ロゼ!!良かった!!」
「ロゼ!!」
「お嬢様……!」
お父様とお母様にぎゅうぎゅう抱き締められた。執事のベルンは懐からハンカチを取り出して、自身の涙を拭っている。
私は家族が無事だと知っていたけれど、実際にそれが本当だったと確認出来て、涙が馬鹿みたいに溢れて止まらなかった。お父様とお母様に手を伸ばし、必死に抱き締め返す。
「ロゼが拐われてしまったと分かった時は、どれほど絶望したことか!本当に無事で良かったわ……!」
「お母様……」
「まさか、ローズの部屋にある隠し通路から賊が侵入してくるとは……」
「お父様。……実は、メイドのメルが……」
私がそう言いかけて、お父様とお母様がスッと私から身体を離した。お母様が優しく私の涙をハンカチで拭いてくれる。そして、ベッドのすぐ傍に置かれている椅子へと其々腰を下ろしたので、私も上体を起こした状態でお父様達と向き合った。
「お嬢様。クッションをいくつかお持ちしますので、背凭れにお使いください」
「ありがとう、ベルン」
執事のベルンが沢山クッションを持って来てくれて、私の背凭れにと沢山敷き詰めてくれた。話を聞くのもこれでかなり楽になります。ありがとう、ベルン。イケオジ執事様。
私が楽な姿勢になったのを確認してから、お父様が今回の件について話始めた。
「メルの事はアーノルド隊長とオリバーから聞いたよ。まさか誓約しているメイドが裏切るとは思っていなかったが……」
「え?!メルは誓約していたのですか?」
「バルトフェルト家の使用人は雇う時に全員誓約をしている。犯罪を犯したり、バルトフェルト家の人間に手を出したりすれば、罰が下るようになっているんだ」
「……お父様、メルは名前を偽っていたようなので、もしやそのせいで誓約が無効に?」
「いや、誓約とはそんな単純なものではないからね。恐らく罰は下っている筈だ。誓約では、一生魔力が使えなくなり、身体の一部を失う、となっていた筈だが」
―――身体の一部を失う?
私が見た限り、メルの身体は五体満足だった。どこも失ったりしていないと思うんだけど……
本当に誓約の罰は下っているのだろうか?でも、いくら裏切り者であっても、魔力はともかく、身体の一部を失くすなんて怖すぎる。
「お父様。誓約の罰が重すぎませんか?身体の一部を失うだなんて……」
しかし、お父様は首を横に振った。
「ロゼは優しいな。だが、罰を軽くしてしまっては意味がない。特に私達の家はスペード王国で歴史も長く、知らぬ者は居ない程に名の知れた名家。五大商家のひとつ、バルトフェルト家なのだ。私達の富と権力を狙う者達は沢山いる。いくら外側を固めても、内側から破られてしまっては元も子も無いんだよ。何より、誓約は家族を守る為なんだ。分かるね?」
「…………はい、お父様」
私は少し、自分が恥ずかしくなった。前世では比較的安全な日本に居たせいか、考えが甘過ぎたのかもしれない。今回だって、それだけの誓約をしていてもメルは裏切ったのだから。重すぎる、なんて事は無かったのかもしれない。むしろ、『命を奪う』ではなく、『身体の一部を失う』としたお父様は、既に裏切り者に対して慈悲をかけているのかもしれない。
「ごめんなさい、お父様。私が浅はかでした」
「いいんだよ。……優しいロゼが、私達の娘で良かった」
そう言って、お父様は優しく私の頭を撫でてくれた。お母様も私を見て、微笑みながら頷いてくれる。本当に優しい家族。こんなお父様とお母様が居てくれて、本当に嬉しい。だけど…………
(私は、この人達の本当の子供じゃないんだなぁ)
それがとても残念で、とても悲しい。確かに本当の兄妹ではなかった事を知って、お兄様をまだ諦めなくていいと思えたのは良かったけど、それとこれとは別だよね。
だから皆、私に言わなかったんだよね?私が悲しむと思ったから。
「……私も、お父様とお母様の娘で良かった。私、とても幸せです」
「…………っ」
「ロゼ……」
ごめんなさい、お父様お母様。
二人はとても優しいから、私がこう言えば、まだ本当の事を隠しておいてくれるでしょう?
私からも、まだ訊かない。訊いてしまえば、あの『閣下』と呼ばれていた―――赤髪の男に、『ダルトン卿』と呼ばれていた壮年の男の事を、話さないといけなくなる。話したら、私はもうセルジュとして学校へ通う事は出来なくなるだろう。私を守るために、お母様は今までの事をお父様にバラして、私は本当に深窓の令嬢となってしまうに違いない。
だから、今はまだ知らないフリをするの。……問題は、捕まったあの赤髪の男が変な事を言わないか、だけど。そこは考えても仕方ない。もしもの時は、何か別の案を考えよう。
私がそう考えていると、お父様が少し視線を彷徨わせながら別の話題を振ってきた。
「そういえば、砦でグリードという騎士に魔力回復をしてもらったそうだな」
「え?」
グリードに魔力回復??
なんで?だって私、砦で魔法なんて使ってないのに。
私が不思議に思って首を傾げていると、お父様が説明してくれた。
「覚えていないのも無理はない。きっと今回の事件の事が相当ショックだったのだろう。ロゼは砦で、無意識に魔力暴走を引き起こし、そのせいで魔力涸渇に陥ったと聞いている」
「ま、魔力暴走?!」
私が?!え、嘘!本当に?!
魔力暴走なんて引き起こしてたの?!もしかして、それで多大なご迷惑をかけて予定より早く砦から追い出されたとか?!
青褪める私を見て、お母様が慌てたようにフォローをしてくれた。
「砦の方は大丈夫よ!ロゼは普通の魔力量だから被害も一部屋だけと聞いているし、怪我をしたのもロゼとグリードさんだけだったから!」
「グリードに怪我を?!」
はあぁぁぁ?!!
私、無意識に一体何してんのおぉぉぉ?!
ぐ、グリードに……もうじき『ガーディアンナイト』の【エース】になるグリードに、け、け、怪我を……っ?!
更に青褪める私を見て、お父様まで慌ててフォローに入った。
「ロゼ、大丈夫だから!!怪我と言っても掠り傷程度だったらしいし、全部自分で治したと言っていたそうだから!!」
「へ?!あ……あぁ……そうですか………………」
そういえば、グリードは光属性持ちだった。魔力量も馬鹿みたいに多いし、かなりの大怪我だろうとすぐに治せる筈だ。
あー焦った。しかも掠り傷程度ならわざわざ私に伝える必要なんて…………………………ありますよね。ハイ。
次にお会いした時、謝る必要がありますもんね。いくらグリードが規格外な天才であっても、そーゆうのはしっかりしとかないと駄目駄目。
お父様もそーゆうつもりで私に話したのかな?
それに身体が少しだけ怠いのも、回復させてもらったとはいえ、魔力涸渇に陥った影響かもしれない。
「隊長の話ではとても優秀な青年らしい。次の実力試験で認められれば、ガーディアンナイトへの昇格試験も受けられるかもしれないと聞いた。それに、10代で魔力回復出来る者は非常に稀だ」
確かに。
グリードはめちゃくちゃ優秀だよね。それは間違いない。間違いないけど……
話が全く見えない。お父様は何が言いたいの?
「私としては、ロゼにはいつまでも家にいて欲しいし、まだ早い話だと思うのだが。……婚約者候補として考えてみたらどうだろうか?」
「…………へ?」
* * *
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