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本編

『特別』仲良しな兄妹の『普通』*オリバーside*

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別にテオドールが嫌いな訳じゃない。
確かに以前は女性に対し、軽薄なところがあったけれど、今ではだいぶ落ち着いているし、仕事の方も優秀だ。実力もある。弓の腕ならば、私よりも上だろう。

ちゃんと認めている。
ノアに次いで、良き友人だ。
だが―――

あの瞳が気に入らない。

「オリバーの妹が拐われたと聞いて、とても心配していたんだ。……怪我は無い?」
「はい。心配して下さってありがとうございます、テオ様」
「様なんてつけなくていいよ。……あー、思った通りだ」
「え?」
「可愛い」

テオドールの、ロゼを見る時の瞳が気に入らない。熱を帯びた、蕩けるような瞳を、私のロゼに向けるな。まるで愛おしむように、甘い言葉を囁くな。
……だから嫌だったんだ。テオドールをロゼに会わせるのは。

学生時代に、何度か頼まれた。妹に会わせて欲しいと。その時のテオドールの瞳が、今と同じように熱を帯びていて。私はすぐにテオドールが、私のロゼに対して恋情を抱いているのだと分かった。

一体いつから?
しかし、今そんな事は問題じゃない。

私はテオドールをジロリと睨みつけながら、熱々の紅茶を淹れて、テオドールの前に置いた。

「私のロゼに気安く話し掛けるな。もし妊娠したらどうしてくれるんだ」
「お兄様?ご友人にそんな……」
「オリバー。可愛いと褒めたくらいで妊娠なんかする訳ないでしょ?でも、もしも妊娠したらきっちり責任取るよ。むしろ大歓迎さ!!」

―――バキィッ!!

……テオドールの発言に思わずスプーンを折ってしまった。今すぐコイツの減らず口を糸で縫い付けてしまいたいっ!!!

そう思っていたら、ロゼが慌てて私の手に触れてきた。

「お兄様、大丈夫ですか?!凄い音がしましたけど……スプーンが折れてしまうなんて、お怪我はありませんか?」
「ああ、ロゼ。私の可愛いロゼ。私は全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

私がいつも通りの流れでロゼをぎゅっと抱き締めると、ノアもテオドールもポカンとした顔をする。

「……オリバーって、そんな甘い言葉が言えたんだね。俺、初めて聞いたよ」
「というか、なんでそこで抱き締めるの?オリバーってロゼに対して、いつもこーゆう感じなの??」

ノアとテオドールの言葉に、私とロゼは顔を見合わせた。

「これが私とロゼには、普つ」
「やっぱり、普通の兄妹はこーゆう事しないのですか?」
「?!」

普通だと言い切る前に、ロゼが驚いた顔で確認してきた。

しまった!なんて事だ!!
普通の兄妹はこんなに抱き締め合ったり一緒に眠ったりしないのだとロゼにバレてしまう!!
私は内心かなり焦りながらも、ゴホンと咳払いをしてからロゼを見つめ、努めて冷静に応えた。

「ロゼ、よく聞いて?」
「お兄様!私に普通の兄妹の接し方を教えて下さいませ!」
「……ロゼ。確かに、普通の兄妹は抱き締め合ったりしない、かもしれない」
「?!では、やはり……っ」
「でも、私とロゼは『特別』仲の良い兄妹だろう?」
「『特別』?……確かに、私とお兄様は特別仲良しです」
「特別仲良しの兄妹にとっては、これが普通なんだよ。……そうだろう?ノア、テオドール」
「はぁ?何言っ……あっつ?!!ちょ、ノア……?!!」
「はいはい!!テオはお茶でも飲んで!!そうだよ、ロゼ。特別仲良しな兄妹にとっては普通だよ!!」

ノア、よくやった。
流石は私の認める親友だ!!

「そ、そうなのですか。私とお兄様のスキンシップは普通なのですね」
「そうだよ。だから安心して私に甘えておいで?」
「はい、お兄様!」
「さて、俺達はそろそろ失礼するね!ロゼ、ゆっくり休んでね!」
「ん~~~~っ?!」

口を押さえているテオドールを引き摺るように、ノアが部屋の扉の方へと向かっていく。ロゼは慌てて立ち上がって、二人にペコリと頭を下げた。

「お二人とも、私なんかを心配して様子を見に来て下さってありがとうございました!これからもお兄様を宜しくお願いします!」
「俺達の方こそ、まだ万全じゃないと思うのにごめんね。……テオの事は気にしないでいいから」
「は、はい」
「ん~~~?!」
「それじゃ、オリバー。また休暇明けにね!」
「ああ、ロゼの心配をしてくれて礼を言う。またな、ノア。テオドール」

こうして二人はバタバタと去っていった。主にバタバタしていたのはテオドールの方だが。
静かになった室内で、ロゼが私にきゅっと抱きついてくる。

ロゼ??

「……ノアに、私がセルジュだとバレてしまうのではないかと思って、冷や冷やしました」
「そうか。すまない、ロゼ。不安にさせたね」

私もロゼを抱き締め返す。
柔らかな感触と、ロゼの良い匂いに、テオドールのせいで荒れていた私の心が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「いえ、大丈夫です。ノアはセルジュの話題すら出してきませんでしたし」
「…………そうだな」

いや、恐らくノアは気付いただろう。けれど、あえて言わなかったんだ。ノアはとても聡いから。

私はロゼを抱き締めながら、ロゼの瞼や柔らかな頬、可愛らしい形の耳へとキスを落として、ロゼの頭の中を全部私で塗り替えていく。

「ひゃっ……!待って、お兄様……っ」
「私達は『特別』仲良しな兄妹だからね。……ロゼ、私のロゼ。可愛い、私だけのロゼリア」

テオドールの言った『可愛い』なんて言葉を忘れてしまうくらい、テオドールの熱を帯びた瞳なんて忘れてしまうくらい。

私はロゼの耳に何度も『可愛い』という言葉を流し込んで、ロゼの顔が真っ赤になり、その大きな瞳が恥ずかしさで涙を滲ませてしまうくらい、愛しさを込めてロゼを見つめた。

これが『特別』仲良しな兄妹の『普通』なのだと、言い聞かせて。


* * *
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