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本編

テオドール・ルスターシュ*テオドールside*

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小さい頃は女が嫌いだった。

僕が生まれてすぐに母様が亡くなって、4歳の時に父様が再婚した。
僕は父様が大好きだったから、父様が再婚したいなら反対なんてしない。父様の再婚相手には前の夫との間に出来た子供が居て、僕より年上の女の子だった。―――別に反対はしない。しないけど。
そうして出来た新しい家族の義母様と義姉様が、僕は嫌いだった。

『お父様に似て、テオドールは本当に綺麗な顔をしているわね。憎らしいくらい』
『お母さま、きっとテオドールは本当は男の子じゃなくて、女の子なのよ。でなきゃ、こんなに可愛い男の子なんて気持ち悪いわ』

父様の前では猫を被る義母と義姉。父様が居ない時に、僕にこうした嫌味を言ってくる。……別に嫌味なんてどうでも良かったし、父様が居てくれれば辛くなんてなかったけど、再婚して暫くしてから、父様は事故で死んでしまった。
父様が死んで、とても悲しくて寂しいのに、義母様と義姉様の父様の遺したお金を使いたい放題で、僕への扱いは更に悪くなって。僕は男なのに、奴等は僕に、女の子の服ばかり買ってくるようになった。

『このドレス、高かったのよ?今度のパーティーにはこれを着ていきなさいな。きっと見初められるわ。男の子からね』
『良かったね、テオドール。お家の事は心配しなくていいのよ?私がお婿さんを取ればいいんだから。安心して嫁いでね』

死んでもドレスなんて着るもんか。
見かねた執事が、きちんとした男の子用の盛装を用意してくれた。手配ミスという体を装って用意してくれたもので、後から執事が義母様に叱られているのを見た僕は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
使用人達は、主人である義母様に逆らえないけれど、皆僕の事を心配してくれていて、優しくしてくれたから、僕は一人ではなかった。
ポケットには、使用人のくれた飴玉が入ってる。義母様は僕にお菓子なんてくれないから、僕にとっては大事なお菓子。

そんな状態で、僕は7歳の時、招待されていたバルトフェルト家のパーティーへと赴いた。

大きなお邸に、広い庭。
僕の家より全然大きい。僕は義母様と義姉様から離れて、立食形式で用意されていたご馳走をもりもり食べていた。育ち盛りなのに、普段は義母様達からの嫌がらせで少ししか食べられないから。
そうしてたらふくご馳走を食べていたら、あの子に出会った。口いっぱいに頬張って食べる僕を見て、可愛らしく笑っていた。

『ふふ、お口がリスみたい。そんなにいっぱい食べれるなんて、お兄様と一緒ね。男の子はどうしてそんなにお腹が空くの?』

久しぶりに男の子扱いされた事が嬉しかった。でもそれ以上に、その子があんまりにも可愛くて、僕の顔は真っ赤になってしまっていた。
口の中の食べ物を慌てて飲み込むと、傍に居たその子がお水を持ってきてくれた。お水の入ったグラスを受け取って、ゴクゴク飲み干してから、その子と向き合う。

『お水、ありがとう。僕はテオドール・ルスターシュ。君の名前は?』
『私は今日のパーティーの主役だよ?さっきの挨拶、見てなかったの?』
『え、そうだったの?ごめんね、見てなかったよ』
『もー!食べ物に気を取られてたんでしょう?私、緊張したけど、頑張って挨拶したのよ?』
『ご、ごめんね。そうだ、お詫びに良いものあげるよ。甘いの、好き?』
『大好き!』
『……っ。じゃ、じゃあ、手を出して?』
『?』

小さくてふわふわ柔らかいその子の手を取って、僕はびっくりした。女の子って、こんなにふわふわなんだ。初めて知った感触にドキドキしながらも、僕はポケットから大事な飴玉を出した。

黄色い包み紙の飴玉を、その子の手にポンと置くと、その子は嬉しそうに笑って、僕にお礼を言った。

『私、飴玉大好き!ありがとう!えーと……』
『テオだよ。僕の事は、テオって呼んで』
『ありがとう、テオ!』

僕はまだ、その子と話していたかったけど、少し離れた場所から、『ロゼ!』と、その子を呼ぶ声がした。

『お兄様が呼んでる!私、もう行くね!またね、テオ!』
『あっ……君の名前は?』
『飴玉ありがとうー!』

……結局名前を教えてもらえなかった。呼ばれた愛称がロゼだという事は分かったけど。

『めちゃくちゃ可愛い子だったなあ』

また、あの子に会いたい。
バルトフェルト家は五大商家の一つだから、あの子には求婚の申し入れが沢山来るだろう。家の名が無くても、あれだけ可愛いし。だけど、あの子には家督を継ぐ兄がいるから、親が恋愛結婚派なら、あの子は比較的、自由な恋ができる筈だ。

『僕、あの子が欲しいなあ』

強くなれば、手に入るかもしれない。僕は見た目も悪くないし。
将来は騎士団に入ろう。強くなって、騎士団で地位を築くんだ。女の子に優しい、紳士的な騎士に……

……………………
…………

あの日から、僕は変わった。
使用人の中で魔法や剣が出来る者から教えを乞い、僕はめきめき強くなった。身体の成長と共に義母と義姉を籠絡し、今では僕が家の実権を握っている。

目標としていた騎士団入りも決まった。もうひとつの、女の子に優しい紳士の方は、途中から女の子好きに変わっちゃったけど。後はあの子と会って、あの子を口説き落とすだけ。幸いにも、あの子の兄であるオリバーとは友人になれたし、きっと会う事だって難しくない。
……そう思っていたのに、まさかあの子が深窓の令嬢になっているだなんて。オリバーは馬鹿みたいにシスコンだし。まさかこのまま1度も会えずに騎士団へ行く事になるのか?そう思っていた矢先の出来事。

『セルジュはオリバーの従兄弟なんだって。前に教えてもらったんだ』

少し前から、気にはなっていた。
だけど、髪の色や瞳の色が違うし、何よりセルジュは男の子だったから、似ていると思ったのは気のせいだと思った。あの子には、あのパーティー以来会っていないし、だんだんと僕の記憶も曖昧になっていく。
大事な記憶だから、忘れたくないのに。だから、ノアからセルジュがオリバーの従兄弟だと聞いて、オリバーがダメならセルジュにお願いしようと思った。どうしても、あの子に会いたかったから。そうして食堂を出て追い掛けたら、空き教室から、あの子の愛称が聞こえてきた。

『ロゼ!!』

……オリバーはいつも、セルジュの事となるとムキになる。でもそれは、会いたいと言った妹の事でも同じ態度で。空き教室から聞こえてきた、オリバーを『お兄様』と呼ぶセルジュの声が、あの日のあの子の声と重なった。

まさか、こんな近くに居たなんて。
どうして男のフリをしてこんな所にいるのか分からないけど……
僕はずっとずっと、また君に会いたいって、そればかりを思ってきたんだよ。

だから。

「今は無理でも、その内会わせてよ。僕、楽しみに待ってるから」

見開かれた君の瞳の色が、本当の色じゃないのが、酷く残念でならない。また、あの日みたいに笑ってよ。

本当の、君の姿で。

空き教室を出た後、僕は教室へは向かわずに、訓練場へと足を向けた。気持ちが高揚し過ぎてて、とても授業に集中出来そうにないから。
訓練場に着いてから、ポケットの中の飴玉を一つ取り出して、包み紙を剥がしてから口の中へと放り込む。
口内に広がる、甘いイチゴの味。

「今でも、君が甘いもの好きで良かった。……ロゼ」


ああ、早く早く、君に会いたい。


* * *
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