上 下
96 / 100
第六章 過去に触れる

第95話 魔法剣とリリアナの魔法

しおりを挟む
「もしかしてこれ、チャンスじゃねえの?」
「危険だ、アル! 逃げろ!」

 ヒューの作る足場は、立ち止まることができない。アルを落とさないために、下から様子を見ながら次々に氷の板を生み出していた。かなりの魔力を使っているはずだが、リリアナの魔石のブレスレットがそれを補っている。

 アルは動きをとめたドラゴンにここぞとばかりに近寄って、次々と楔《くさび》を打ち込んでいる。ドラゴンの炎が来たらどうする気だ。
 仕方がない。

「ヒュー、奴の頭に向かって道を作れ!」
「若造め、人使い荒れぇんだよ。まったく。グラセバーセ、グラセバーセ……」

 ぶつぶつ言いながらも、ヒューは足場を俺の前に増産してくれる。
 足に魔力を集中して、俺も空へと跳んだ。

 アルは胴体と羽に次々と楔を打ち込んでいってる。石のドラゴン戦でも使った、魔石付きの楔だ。発動させるには魔法使いたちの力が必要になるので、今は当たっていても大したダメージは与えられない。俺がどうにかして、口から吐かれる炎をとめなくては。

 空に向かって駆け上がりながら、手に持った大剣を一瞥する。
 耐えてくれよ。

 俺たち森の民は、体内に持っている大量の魔力を外に出すのが苦手だ。他の種族たちが楽々使う生活魔法ですら難しく、かなりの集中力を使ってようやく種火程度の火を熾《おこ》せる程度。
 それを補ってくれるのが、遺跡で手に入れたアイテムだ。クリスタは魔力を放出して通信に使う。アルは放出をあきらめて逆に身体能力を超強化することを選んだ。
 そして俺が手に入れた指輪は、それが接する武器へと魔力を流し込む効果がある。
 剣を握る手に、力を入れた。

「万象よ凍れ! グエロウェントゥスっ」

 キーン。
 空気を震わせて剣が鳴く。
 鋭く高い音で。

 剣の周りに渦巻く魔力が、大気を凍らせる。白い軌跡を描きながら駆け上がった先にあるのは、大きく開いたドラゴンの下顎だった。
 口の中に溜まっているのはまだ魔力のままで、炎にはなっていない。魔法が発動する前ならば、止められるはず。

 一時たりとも立ち止まることのできない不安定な足場を次々に踏み割りながら、剣を振りかぶって力任せに切りつける。ドラゴンの下顎の皮膚は黒くて細かい鱗に覆われているが、剣は易々とそれを切り裂く。その切り口を剣に纏った魔力が瞬時に凍らせた。

 二太刀めを浴びせようと、足場を飛び移りながらもう一度体勢を整えようとしたが、その前にドラゴンは口を閉じた。

「リク、アル! やべえ、いったん下がれ」

 下からヒューの声が飛んでくる。
 炎を諦めたドラゴンが、憎々しげにこちらを睨み、今まさに爪をかけようと大きく羽ばたいた。

 ◆◆◆

 ドラゴンの標的は、闘技場の中にいる魔獣や街の人々から、完全に俺たちに移った。下あごの痛みからか、憎しみのこもった目が俺たちの姿を追う。
 空中で振るわれた爪はかろうじて避けて、俺もアルもそのまま落ちるように闘技場の庇《ひさし》の上に降りた。
 そこからは追いかけっこの始まりだ。奴の下顎に浴びせた一撃は切り口から周囲を凍らせて、首の周辺まで色が変わっている。口を開く様子がないので、少なくともしばらくの間、炎は封じたと思ってもいいだろう。

 遠距離攻撃の手段を失った奴は、上空から舞い降りては足の爪で俺たちを狙う。ドラゴンの視線から逃れるように柱や壁の影に隠れながら、機を見て楔や矢を打ち込んでいった。
 
 ドラゴンの飛ぶ速度自体はそんなに早くはないが、奴は上空から落下するように襲い掛かってくる。その速度は結構なものだ。レンカとヒューは俺やアルほど足が速くはないので、直に狙われると危険が大きい。だから俺とアルのどちらかが常に見えるところにいて、おとりになるのがいい。
 とにかく速さだけに魔力を回し、攻撃を当てるよりも逃げることに集中した。

 俺たちを捕まえられないドラゴンはそのうち、腹立ちまぎれに尾を壁に叩きつけて闘技場を壊そうとしてきた。その攻撃に巻き込まれて、逃げ遅れた魔獣が吹き飛ばされ、あるいは壁と尾に挟まれて押し潰される。
 数度の攻撃で闘技場の中で動くのは俺たちの他にもう数頭の魔物しかいなくなった。

 動くものの数が減れば、当然残っているものが目立つのは仕方がない。ドラゴンは矢や楔の攻撃を避けるため上空高くに舞い上がり、そこから一気に急降下して動くものを狙う。そんな動きを繰り返した。ただただ逃げるだけの俺たちは、足元をあちこち破壊されて、ますます動くことが困難になる。

 そしてついに、物陰から矢を射ていたレンカが狙われた。

「きゃああああ」
「レンカ!」

 勢いよく振られた尾が、レンカの隠れていた柱を破壊した。とっさにしゃがんで避けたが、柱が壊れた衝撃でそのまま足元の床が崩れ落ちる。バランスを崩したレンカがそのまま壊れた床と一緒に落ちかけて、必死に残った床の端にしがみついた。近くにいたヒューが駆け寄ってレンカの腕を掴み、引き上げようとする。
 ドラゴンはもう一度上空から、今度こそ確実にレンカに狙いをつけた。
 ちょうどそんなタイミングだった。

 痛いほどの冷気が足元から忍び寄る。上空にはどこからともなく鉛色の雲が湧き、闘技場の上をすっぽりと覆った。
 落ちかけているレンカとヒューを今度こそ叩き潰そうと迫っていたドラゴンだったが、急に動きをとめて上を向く。

『リリアナさんの魔法が発動しました』

 クリスタの声がした。
 鉛色の雲からチラチラと雪が舞い降りる。この雲の下だけ、秋から一気に真冬になったようだ。ドラゴンは追いかけていた俺たちのことも忘れて、この場から逃げ出そうと羽を羽ばたかせる。しかしその動きはこれまでと異なり緩慢で、やがてゆっくりと、高度を下げていった。
 そんなドラゴンの体に、雪がまるで生きた虫のようにまとわりついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

巫女と連続殺人と幽霊と魔法@群像のパラグラフ

木木 上入
ファンタジー
超霊媒体質の高校生 自殺したら女の子に転生して異世界を旅した女子高生 オカルト何でも屋の女子高生巫女……。 日常を脅かす連続殺人事件をきっかけに、様々な人物の運命が交錯する! ミステリーのような、ホラーのような。それでいて現代ファンタジーのような、能力者モノのような……そんな作品です。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

魔王から領主にジョブチェンジ!? ~ダンジョンから始める領地経営~

一条おかゆ
ファンタジー
ラストダンジョン100階層に鎮座し、魔を統べていた魔王・キマドリウス。彼は悔しくも勇者との戦いに敗れ、第二の人生を歩まざるを得なくなった。 だがそんな彼は偶然にもとある老人に助けられ、あまつさえ領主という地位まで譲ってもらった!? そして老人に譲られた領地を発展させるために、彼がとった行動はなんと「ダンジョンを作る」という馬鹿げたものだった―― これは元魔王の領主のほのぼの領地経営(多分)である。 感想や評価、待ってます! 作者が喜びます!

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

天界に帰れなくなった創造神様は、田舎町で静かに暮らしたい

白波ハクア
ファンタジー
 その世界はたった一柱の創造神『ララティエル』によって創られた。 【錬金術を語り継げなさい。さすればこの世界は、永久に発展し続けるでしょう】  原初の民にそう言い残し、創造神ララティエルは世界を創った疲れを癒すため、深い眠りについた。  それから数千年後──まだ眠いと寝返りを打ったララティエルは、うっかり体を滑らせて下界へと落ちてしまう。  何度帰ろうとしても、天界に回路が繋がらない。  部下と連絡を取ろうとしても、誰とも連絡がつかない。  というか最高神である創造神ララティエルが落ちたのに、誰も迎えに来ない。  帰りたいのに帰れない?  よろしい、ならばスローライフだ。  潔く諦めたララティエルは、創造神という地位を隠し、ただの村娘『ティア』として下界で静かに暮らすことを決意する。  しかし、ティアが創った世界では、彼女も予想していなかった問題が生じていた。 「魔物って何! なんで魔族敵対しているの! どうして錬金術師滅んでるのぉおおおおおおおお!?」  世界を放って寝ていたら、知らない生物が誕生していた。世界が栄えるために必要な種族が、全種族から敵視されていた。あれほど広めろと言った錬金の技術が、完全に廃れていた。 「いいよもう! だったら私自ら錬金術を広めてやる!」  冒険者ギルド専属の錬金術師として働くララティエルの元には、召使いとして召喚した悪魔公、町で仲良くなったハーフエルフ、王国の姫、勇者パーティーの元メンバー、様々な仲間が集うようになっていた。更には魔王まで訪ねて来て!? 「え、待って。私のスローライフは何処……?」  ──これはうっかり者の創造神が、田舎でスローライフを堪能しながら、人類が必要ないと切り捨てた錬金術の素晴らしさを世界に広めていく物語である。

【ありがとうございます!!底辺の壁突破!!】拉致放置?から始まる異世界?生活?【進めー!!モフ☆モフ!!】

uni
ファンタジー
** この物語は他の世界で生きています。この文字を打っている者は、ただの打ち込み者です。禿げ老人が手を、指をぷるぷるさせながら、この物語電波を受信してそのまま打ち込んでいるだけです。なので誤字、誤変換、脱字は禿老人のミスであります。ご了承ください。 ** ** ある日、いきなりどっかに放り出されていた少しオマヌケ資質な少年。折角受かった家から最も近い高校に一度も通った記憶はない。が、自転車で3時間ほど走った覚えはある。多分入学式には行ったのだろう。そこらも曖昧である。  そこからギリギリなんとか死なずに済んで、辺鄙な村に住み着くことになる。チートゼロ。水くみ面倒くさいので水を引く。ぽっとん便所、手が出てきそうで怖いので水洗を。あれやこれやでいつの間にか村の近代化?  村の連中ものんびりしていてオマヌケ資質があったのだろう、どんどん主人公の間抜けに感染していく。  幼女の体に転生した江戸期の武士といつの間にかコンビになり・・戦いや間抜けに明け暮れる。モフ多し。精霊多し。 ** 【多くの方に愛読され、おかげさまでなろうでは13万PV達成しました。どうもありがとうございます!!同じ面白さを堪能してくれる方々がいるということがモチベーションになります。本当にどうもありがとうございます!!!】2021.10.15

Cheeze Scramble

神山 備
ファンタジー
 あたし神部千鶴は、大阪の電機メーカーに勤める22歳。ヘタの横好きで小説を書いてせっせと賞に応募してたけど、一次にも引っかからへん。で、『残念会』と称して一人カラオケボックスで歌いまくっていたら、床が抜けて……落ちたところは下の階やのうてなんと異世界。帰る方法がわからへんあたしは、そこにいた魔法使いフレン・ギィ・ラ・ロッシュの弟子になるんやけど、いきなりアクシデント発生。魔法が使われへん。それも、魔力はめっちゃあんのに、滑舌が悪いから魔法が使えんて、そんなんアリ!? たまたま持ってた電子メモにしゃべらすことができて、魔法を使えるようになったけど、あれもってへんかったらあたしどうなってたやろ。そんなあたしとフレンの師弟(その内夫婦になるけど)異世界ボケツッコミ漫才譚。

処理中です...