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第四章 冒険者生活

第57話 リリアナの話

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 転移陣は湖畔の砂浜の陣に通じていた。
 遺跡に転移したのは昼前だったのに、今ではもうあたりは真っ暗だ。

「俺の隠れ家に来るか?屋根があるだけ、ここで野宿するよりマシだろ?」
「くえっ」

 腕の中でポチがしきりにしっぽを振ってる。
 アルの提案がお気に召したらしいが、鼻がむずむずするのでやめてくれ。

 古い集落跡には石を積み上げて泥で固めた家が、何軒か残っている。どれも壁が崩れかけ、木の枝が組み合わされた屋根は骨組みしか残っていない。外から見た感じだと、家の中も野営と大した差はないな。
 しかしそのうちの一軒をアルが室内だけ改造して、雨風を防げるようにして隠れ住んでいたのだ。
 そこらへんに転がっている瓦礫を乗り越えて、集落の奥に入っていく。

「あっ」
「おっと、大丈夫か?」
「す、すみません」

 転びかけたカリンを、アルが受け止めた。
 俺もアルも、そしてリリアナも目に魔力を巡らせれば、少々の闇夜でも普通に景色が見える。そのため、ついつい歩き方も普通の速さになってしまう。
 しかし魔族のカリンはそうはいかない。気をつけて歩いても、段差や石に足を取られて何度も転びかけた。

「すまんな、カリン。もっとゆっくり歩けばよかった」
「……いえ、大丈夫……です」

 ……カリンのやつ、いつもと調子が違うな。
 ま、いいか。
 腕から飛び降りたポチが、きゅっきゅと鳴きながら前を歩く。

「きゅっきゅっ、くえー」
「狐っこ、ご機嫌だなー」
「ぐあ?」

 湖畔から少し森の中に入った所に、その家はあった。

「布団なんざ無いからな。そこらへんに適当に荷物を置いて、雑魚寝してくれ」
「火をおこしますか?」
「あ、んー。ま、いっか。昨日までは隠れ住んでたから、ここじゃ火をおこしてなかったがなあ。そこの崩れかけの暖炉は使えそうだ」

 薪になりそうな木の枝を集めるのには、苦労しなかった。ついでに部屋の中がすっかり綺麗になった。
 ボロボロの室内が、柔らかい暖炉の火に照らし出される。しばらくして着替えてきたリリアナが、俺とカリンの間にちょこんと座った。

「へえー、あんたがあの狐っこか?」
「うむ。リリアナじゃ」
「そっか。俺はアルフォンス。よろしくな」

 アルと一緒にいた経緯を簡単にリリアナに話すと、リリアナは彼の伝え聞いた伝説について興味を持ったらしく、しつこく何度も質問していた。そしてその後で、俺たちと別れた後のことを話し始めた。

 ◆◆◆

 リリアナはカドルチークに近付くにつれて、どうしてもこの森に入りたいと強く思い始めた。どうやらあの遺跡には、幻獣を惹きつける、そんな効果があるらしい。
 中に人が住んでいるのに『遺跡』というのも変な話だが、俺達にとっては遺跡としか思えない代物だ。なにしろ、住んでいるのはあの伝説の勇者の一人なのだから。

 さて、あの時、引き寄せられるようにリリアナは転移陣を見つけた。俺達が近付くのを待てばよかったんだが、ちょっと確認と思って魔力を流してみる。きっと俺達もすぐに追ってくるだろうと思ったから。だがリリアナが転移したのは俺たちと違って遺跡の上層、あの古《いにしえ》の勇者の幻が出た広間の奥の転移陣だった。
 室内の壁には所狭しと、文様のように文字が彫られていて、それにはあの遺跡ができた経緯が書かれてあった。

「あの遺跡は『賢き獣の城』という名じゃ。かつては古の勇者たちが使っていた」
「賢き獣とは……」
「うむ。それは私の種族の事じゃ」

 今からおよそ千年前、そびえたつ山脈の地中を掘ってこの遺跡が作られた。いずれ復活すると思われる巨大な魔物を見張る為の場所だ。作ったのは巨大な魔物を封印した勇者のうちの一人であるイリーナと賢き獣たち。
 その時にはすでに賢き獣の一族は険しい山の上に居を構えて、下の平地に住む人々とは交流がなかった。けれどイリーナとその友人となった獣の信頼関係によって、森の民だけは、この遺跡を通じてルーヌ山と行き来ができるようになっていた。

「だが俺たちは、全然違う所に転移したぞ」
「そうそう、罠だらけだったぜ」
「後で分かったんじゃが、それは転移陣に条件が付いていたからじゃ」
「幻獣と一緒に居たかどうかか?」
「魔法陣に流した魔力が私のものか、他の民のものかで飛ばされる場所が違っておった」

 壁の文字からこの遺跡ができた経緯を知ったリリアナは、その説明に従って遺跡をさらに上がる。俺達を待たなかったのは失敗だったのか、結果として成功だったのか……。
 やがて最上階に着くと、説明通り外へ通じる扉を見つける。それは幻獣たちがすむルーヌ山に通じていた。
 リリアナの生まれた村ではなかったが、外に出てすぐに同族たちの村を見つける。
 彼らは皆、リリアナを快く迎えてくれた。そしてそこで、リリアナは自分の事情を説明することができたのだった。
 自分が魔族の国に捕らわれていたこと。自分の前にも魔族に捕らわれていた同族、イェスタがいたこと。怪しげな魔道具がまだ残っているかもしれないこと。
 話を聞いて憤る彼らをなだめながら、リリアナは自分が魔族に対して個々人にはさほどの悪印象もないことを、言葉を尽くして伝えた。
 捕らわれの日々は終わり、今は自由を満喫しているのだ、と。

 納得した彼らは、リリアナの生まれ育った村に、ここから伝令を送ってくれると言う。伝令が故郷に彼女の無事を伝えてくれる。そして、しばらくの間、リリアナが俺と行動を共にすることも一緒に。

「だが、それならこの遺跡を通って直接リリアナが村を目指した方がいいんじゃないのか?」
「村へは当分、帰らぬことに決めたのじゃ」
「え?」
「イェスタのメッセージを伝えるという目的は、叶ったゆえ」

 そうは言っても、村には会いたい者もいるだろう。一度帰ってくればいいのに。
 口には出さない俺の思いを読み取ったように、目を覗きこんでリリアナが笑う。

「ずっと帰らぬわけではない。先にしたい事ができたのじゃ。それに私たちは、依頼を請けているからのう。このまま街に戻らぬわけにはいくまい」

 ルーヌ山の同胞たちと話すことで、リリアナはこの遺跡が巨大な魔物の封印のひとつであると知った。その奥深くには未だ、いにしえの勇者の一人であるイリーナが長い眠りについている。さらには、一族の誰かと同行しなければ通り抜けられないように、遺跡の中に罠が張り巡らされていることも。それは幻獣の村に、不用意に外から人を入れぬ為の仕掛けでもあった。

「リクもカリンも、すぐに私を追ってくると思っておったんじゃが……。罠があると聞いて、さすがに慌てての」
「そうか。なかなかいいタイミングだった」
「ふふふ。そうであろう。もっともリクが、たやすく負けるとは思っていないがの」
「いやいやいやいや。いくら勇者と言えども、あれは無理だろ」

 呆れた声をあげるアル。
 確かにあれは危なかったな。無事に外に出れたからこその笑い声が、みんなから漏れる。

 石のドラゴンを倒さずに逃げて奥の部屋に行くと、そこには一つの転移魔法陣がある。さらに奥の部屋へと繋がる扉は巧妙に隠されていて、少し調べたくらいでは見つからない。不用意に転移魔法陣に魔力を流すと、イリーナの森にはじき出される仕組みになっていた。つまり、最初からもう一度……と。

 遺跡は賢き獣の城。幻獣と共に歩けば容易く進めるが、幻獣の案内がない者は、幾重にも張り巡らされた罠を潜り抜け、石のドラゴンを倒さなければ先には進めないのだ。
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