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第三章 旅の始まり

第42話 屋根裏

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 地下室から出ると、そこは混乱を極めていた。侵入者の上に馬乗りになって抑え込んでいるレンカとそばで尋問しているヒュー。その顔を覗きこむシモン。
 階段の上から様子をうかがうエリアス。
 そして壁には大きな穴が開いている。
 ちっ。そこだけでも夢だったらよかったのに。買ったばかりの新居に大穴開けやがって!
 抑え込まれている侵入者は魔族の冒険者カリン。

「リリアナ様!」
「……何故ここに?」
「はいっ。もちろんリリアナ様の無事を祈りつつ後を追いかけてきたのです」

 喜びに声を震わせるカリンは、心底リリアナを慕っているようだが、傍《はた》から見ていて少し気持ち悪い。

「この国に来て、何やらいわくありげな家を買うというので、心配して影から見守っておりました。表通りで何度もリリアナ様にさわろうとしていた不届きな者らのアジトは、しっかりと調べてまいりました」
「そ、そうか」
「そして今、この怪しげな家から大きな音がしましたので、これはリリアナ様の一大事かと思い、この穴から飛び込んできたところ、この者らに邪魔をされてっ!」

 押さえつけているレンカをキッとにらみつけるカリン。
 めんどくせえな。今はこいつよりも地下のが大事だ。

「なあ、カリン。ちょっとお前の相手をしている余裕はないんだ。一言もしゃべらずにそこに座っててくれ。静かにできないんなら縛って転がしとくけど、どうする?」
「なっ!」
「カリン、私のことを心配しているなら、少し待っていてくれぬかの?」
「リリアナ様が言うならば……、じっと待ちましょう」

 そう言ってうなだれるカリンを見て、押さえていたレンカに手を放してもらう。

「ほんとに大丈夫なのかよ、こいつ」
「今は時間がないんだ。カリン、すまないが、ちょっと待っててくれよ。エリアスさんも降りて来てくれ」

 狭い廊下で額を突き合わせて、地下の様子をみんなに説明した。

「とにかくこれは俺達だけで収めていい話じゃない。すまないが、誰か……えっと、シモンとヒューさん、町の守備隊に通報してくれないか。家の地下で大掛かりな犯罪計画があったようだと。まだゾラさんの追っていった方にも仲間がいるだろうから、目立たないように数人派遣して欲しい」
「しかたねえな、行くか」

 シモンとヒューを見送って、次は地下だ。

「エリアスさんは俺と一緒に来てくれ。地下と、天井裏を守備隊が来るまでにもう一度調べたい」
「ああ、分かった。俺は全然活躍できてないからな。ははは」
「リリアナとカリンとレンカさんは、この家を見張りながら、今後のことでも話しててくれるか?あと、守備隊が来たりゾラさんが帰ってきたら、教えてくれ。この穴に向かって大声を出したら、多分奥にいても声は届くと思う」
「承知した」
「ではリク、気をつけての」
「おう!」

 ◆◆◆

 エリアスと一緒に地下に降りると、さっき来た時には上がらなかったが、屋根裏まで梯子がかかっている。念のため一応、屋根裏に誰もいないことを確認しにいった。
 そこは元々はただの物置きだったはずだが、今はそうとは見えない綺麗な事務室に整えられている。目立たないがいくつも付けられた明かりとりの窓からは、外の様子が見えた。ここは彼らの見張り台の意味もあったのかもな。
 天井にはライトの魔道具が設置され、その下には大きなテーブルと椅子が数個。テーブルの上には書類が散らばり、壁際には魔石で低温を維持した食料庫まで置いてある。

「こりゃあ……」

 エリアスが書類を手に取って、思わずうなる。俺も見ているんだが、所々分からない記号のようなもので書かれているのは、暗号かもしれない。読み取れる文字を拾っていくと、何となく概要が分かる。
 それはこの町にダンジョンを作るための計画書だった。

 ダンジョンの成り立ちは様々に言われている。例えばもともと魔力の多く溢れているところだとか、魔物が多く住んでいるわりに人の手が入らないところだとか。
 古い遺跡や廃墟がダンジョン化することも多いし、サイラードでのダンジョン発生は地下で知らないうちに大量の魔物が育っていたのが原因だった。
 魔物は獣と同じように生まれたら自由に動き回り、縄張りを持ったり遠くに移動したりする。しかし住んでいる場所がダンジョン化すると、狭い区域内に他よりもずっと多くの魔物が生まれ、互いに覇を争って戦い、さらに強くなる。そうなると何故かダンジョンの中心へ、中心へと魔物たちは向かうのだ。
 しかしダンジョンの中の魔物の量がピークを越えると、逆にあふれ出すように外へと向かっていく。それがスタンピード、魔物の大暴走だ。
 ダンジョンの中の魔物が増え過ぎないように間引く、というのは冒険者の重要な仕事のひとつであり、素材を手に入れられる以上に役に立つことかもしれない。

 そんなダンジョンだが、人為的に作られた例はいくつかある。
 元々魔力の多く溜まっている場所を囲って、そこに大量の魔物を放つというのがその主な方法だ。
 しかし今回は、元々魔力の多い場所ではない。この町の中心にある市場の地下は、安定した土地だった。
 計画書に見られるのは、その中央市場を囲むように十二か所の地下で同時に小さなダンジョンっぽいものを作るというものだ。
 ここを見たかぎりだと、地下室を掘り、そこに大量の魔石と魔物の死骸を放り込む。さらには鎖でつないだ魔物を飼っていたところを見ると、準備が整ったらあの魔獣たちをここで繁殖させるつもりだったのだろう。

「とりあえずこれは、守備隊に渡すとして、俺たちはもう一度地下を調べとこうか」
「そうだな」

 地下には、さっきリリアナに眠らされたやつらが、まだ転がっている。
 意識はない。
 この部屋自体には、物もあまりおいていないし、怪しい仕掛けもなさそうだ。
 横穴をくぐって奥に行くと、そこはやはり異様な雰囲気で、圧倒された。

「こりゃ、やばいな」
「さっきリリアナが何か浄化のような魔法を使っていたから、いくらかましだぞ。しかし……あ、こいつのせいか」
 部屋の中央に置かれた箱の中に、大量の魔石が詰められていた。その箱のまわりは何かの儀式の跡なのか、大量の黒い血痕のようなものが飛び散った跡がある。

 部屋の周りの壁を調べたが、今のところ、俺達の家以外には繋がっていないようだ。
 上から、守備隊の人が来たという呼びかけがあったので、転がっている男たちの意識がないのを確認してから、上がった。

 案内した守備隊のメンバーは、最初はめんどくさそうに、だが地下の奥の部屋を見て顔色を変えた。さらに屋根裏の書類も見せてみれば、中の一人がすぐに外へと駆けだしていく。
 この後、町は大騒ぎになるのだが、それはもう俺たちの手を離れた大事件になった。

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