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第七章 桜降る春に
二
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桜子は天音に抱かれたまま、彼を見上げた。
「本当に、本当に天音なの?」
「そうだよ。もしかして、幽霊かなにかだと思っている?」
天音は両手で桜子の頬を優しく包んだ。
「温かい……温かいわ。天音」
涙がこぼれた。
次から次へと。
天音は桜子の肩についた花びらをそっと払うと、もう一度彼女を強く抱きしめた。
春子を抱いた梅子が、笑みを浮かべながら桜子のそばに歩み寄った。
「さあ、そろそろ参りましょう。積もるお話はそれからね」
そう言って、優しく二人を促した。
***
「美津、ただいま帰りました。ねえ、ちょっとこっちに来てちょうだい」
桜子は玄関先から大きな声で美津を呼んだ。
割烹着姿の美津がぱたぱたと足音を立てて、こちらにやってきた。
「お帰りなさいませ。皆様、お疲れでしょう。どうぞこちらに」
「久しぶりだな、美津」
「はい。えっ? 天音さん……?」
天音の突然の来訪に、美津もしばし言葉を失った。
それから、履き物もはかずに玄関のたたきに降り、天音の手を取って「良かった……よくご無事で」と涙混じりに喜びを表した。
「美津もとても心を痛めていたのよ。自分のせいで天音をひどい目に合わせてしまったと」
「謝るのはこっちのほうだ。もう少し早く無事を知らせられれば良かったんだか」
「いいえ、こうしてお会いできたのですから。さあ皆様、どうぞ中にお入りください」
美津は、まだ目は潤ませていたけれど、にこやかな笑みを浮かべて、皆を中へと誘った。
***
美津が入れてくれた煎茶を飲みながら、桜子はまず、天音がどうして忠明夫妻と一緒に来たのか、その理由を尋ねた。
「ミスター・セシル、いや天音君とはロンドンで知り合ったんだよ。かの地の日本人の間で、彼は有名人だったからね」
「有名人ではないですよ。皆、物珍しくて興味を抱いていたというだけで」
天音は謙遜した。
「いやいや、どいつもこいつも優秀な君を自社に引き抜きたいと虎視眈々と狙っていたんだよ」
昨年の冬、中島商会の倫敦支店を開設した忠明は、現地の日本人たちと交流するうちに、天音の噂を耳にしたそうだ。
英国の取引先の専属通訳で、日本語にとても堪能な英日混血の青年がいる。その彼は長い間、日本の伯爵家で家丁を勤めていたのだ、と。
「以前、桜子さんや梅子から天音君のことは聞いていただろう。日本で家丁をやっていたと言う話を聞き、ピンと来てね」
忠明は知人を介して、天音とコンタクトを取った。
彼らはすぐに打ち解け、共に食事をするような仲になったそうだ。
「で、最近になって、中島氏から桜子が娘を産んで京都で暮らしていると聞いてね」と、天音が話しはじめた。
「それを知って、いてもたってもいられなくなった。手紙を書こうかと思ったが、自分が日本に行ったほうが早い、と勤めていた会社に辞表を出して、一時帰国する中島氏とともに日本にやってきた、というわけなんだ」
まだまだ聞きたい話は山のようにあった。
けれど親たちが話してばかりいるので、子供たちがぐずりだした。
そのため、それから夕食までの間は、大人は全員、忠嗣と春子のご機嫌とりに終始した。
「本当に、本当に天音なの?」
「そうだよ。もしかして、幽霊かなにかだと思っている?」
天音は両手で桜子の頬を優しく包んだ。
「温かい……温かいわ。天音」
涙がこぼれた。
次から次へと。
天音は桜子の肩についた花びらをそっと払うと、もう一度彼女を強く抱きしめた。
春子を抱いた梅子が、笑みを浮かべながら桜子のそばに歩み寄った。
「さあ、そろそろ参りましょう。積もるお話はそれからね」
そう言って、優しく二人を促した。
***
「美津、ただいま帰りました。ねえ、ちょっとこっちに来てちょうだい」
桜子は玄関先から大きな声で美津を呼んだ。
割烹着姿の美津がぱたぱたと足音を立てて、こちらにやってきた。
「お帰りなさいませ。皆様、お疲れでしょう。どうぞこちらに」
「久しぶりだな、美津」
「はい。えっ? 天音さん……?」
天音の突然の来訪に、美津もしばし言葉を失った。
それから、履き物もはかずに玄関のたたきに降り、天音の手を取って「良かった……よくご無事で」と涙混じりに喜びを表した。
「美津もとても心を痛めていたのよ。自分のせいで天音をひどい目に合わせてしまったと」
「謝るのはこっちのほうだ。もう少し早く無事を知らせられれば良かったんだか」
「いいえ、こうしてお会いできたのですから。さあ皆様、どうぞ中にお入りください」
美津は、まだ目は潤ませていたけれど、にこやかな笑みを浮かべて、皆を中へと誘った。
***
美津が入れてくれた煎茶を飲みながら、桜子はまず、天音がどうして忠明夫妻と一緒に来たのか、その理由を尋ねた。
「ミスター・セシル、いや天音君とはロンドンで知り合ったんだよ。かの地の日本人の間で、彼は有名人だったからね」
「有名人ではないですよ。皆、物珍しくて興味を抱いていたというだけで」
天音は謙遜した。
「いやいや、どいつもこいつも優秀な君を自社に引き抜きたいと虎視眈々と狙っていたんだよ」
昨年の冬、中島商会の倫敦支店を開設した忠明は、現地の日本人たちと交流するうちに、天音の噂を耳にしたそうだ。
英国の取引先の専属通訳で、日本語にとても堪能な英日混血の青年がいる。その彼は長い間、日本の伯爵家で家丁を勤めていたのだ、と。
「以前、桜子さんや梅子から天音君のことは聞いていただろう。日本で家丁をやっていたと言う話を聞き、ピンと来てね」
忠明は知人を介して、天音とコンタクトを取った。
彼らはすぐに打ち解け、共に食事をするような仲になったそうだ。
「で、最近になって、中島氏から桜子が娘を産んで京都で暮らしていると聞いてね」と、天音が話しはじめた。
「それを知って、いてもたってもいられなくなった。手紙を書こうかと思ったが、自分が日本に行ったほうが早い、と勤めていた会社に辞表を出して、一時帰国する中島氏とともに日本にやってきた、というわけなんだ」
まだまだ聞きたい話は山のようにあった。
けれど親たちが話してばかりいるので、子供たちがぐずりだした。
そのため、それから夕食までの間は、大人は全員、忠嗣と春子のご機嫌とりに終始した。
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