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第四章 避暑地の別荘
二
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高志がここに来るのは、自分との縁談が持ち上がっているからだろう。
父は、姉が侯爵家に嫁いだことをとても自慢にしていた。
桜子にも、口癖のように「梅子のようにいい相手を見つけてやるから」と繰り返していた。
中島家と同じ、いやそれ以上の家格である細谷家からの話であれば、父は一も二もなく快諾するに決まっている。
そして、父が決めた結婚を桜子が拒む権利はない。
彼女は、途端に目の前が真っ暗になり、あやうく、その場に倒れてしまいそうになった。
高志は昼前に別荘にやってきた。
馬の嘶きが、彼の到着を告げるかのように桜子の部屋まで聞こえてきた。
「さあ、お嬢様。お見えになりましたよ。お出迎えなさいませ」
敏子に促され、桜子はしぶしぶ玄関に向かった。
玄関では、すでに父母が高志の到着を待っていた。
父はすこぶる機嫌が良さそうだ。
母も笑みを絶やさず、いつも以上に朗らかだ。
高志は帽子を目深にかぶり、微塵も暑くないといった様子で、表情を変えずに厩舎からこちらに歩いてくる。
中島家の舞踏会のときと同じ軍服姿である。
「よく来てくださいましたな」
父が愛想よく言い、母もにこやかに出迎えた。
「ほら、桜子。ご挨拶なさい」
母に促され、桜子は呟くように「いらっしゃいませ」と言い、頭をさげた。
「ご夫妻にまでお出迎えいただき、恐縮の至りです」
彼は帽子を取り、父の横にいた家丁のひとりに乗馬用の鞭とともに預け、一礼した。
「まあ、とにかく中へ」
父の言葉を受け、全員、廷内に向かった。
***
昼食はフランス料理のフルコース。
近隣のホテルのシェフを呼んで作らせたものだ。
オードブルにはじまり、スープ、魚料理、肉料理……
この特別な料理も、今日がただの会食ではないことを如実に物語っている。
「上野の精養軒にも負けないお味ですこと」
両親の、上機嫌で晴れやかな表情とは対照的に、桜子の心は沈んでゆく一方だった。
父は、姉が侯爵家に嫁いだことをとても自慢にしていた。
桜子にも、口癖のように「梅子のようにいい相手を見つけてやるから」と繰り返していた。
中島家と同じ、いやそれ以上の家格である細谷家からの話であれば、父は一も二もなく快諾するに決まっている。
そして、父が決めた結婚を桜子が拒む権利はない。
彼女は、途端に目の前が真っ暗になり、あやうく、その場に倒れてしまいそうになった。
高志は昼前に別荘にやってきた。
馬の嘶きが、彼の到着を告げるかのように桜子の部屋まで聞こえてきた。
「さあ、お嬢様。お見えになりましたよ。お出迎えなさいませ」
敏子に促され、桜子はしぶしぶ玄関に向かった。
玄関では、すでに父母が高志の到着を待っていた。
父はすこぶる機嫌が良さそうだ。
母も笑みを絶やさず、いつも以上に朗らかだ。
高志は帽子を目深にかぶり、微塵も暑くないといった様子で、表情を変えずに厩舎からこちらに歩いてくる。
中島家の舞踏会のときと同じ軍服姿である。
「よく来てくださいましたな」
父が愛想よく言い、母もにこやかに出迎えた。
「ほら、桜子。ご挨拶なさい」
母に促され、桜子は呟くように「いらっしゃいませ」と言い、頭をさげた。
「ご夫妻にまでお出迎えいただき、恐縮の至りです」
彼は帽子を取り、父の横にいた家丁のひとりに乗馬用の鞭とともに預け、一礼した。
「まあ、とにかく中へ」
父の言葉を受け、全員、廷内に向かった。
***
昼食はフランス料理のフルコース。
近隣のホテルのシェフを呼んで作らせたものだ。
オードブルにはじまり、スープ、魚料理、肉料理……
この特別な料理も、今日がただの会食ではないことを如実に物語っている。
「上野の精養軒にも負けないお味ですこと」
両親の、上機嫌で晴れやかな表情とは対照的に、桜子の心は沈んでゆく一方だった。
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