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第三章 溢れる想い、深まる苦悩
二
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翌日。
待ちに待った放課後になった。
早く帰りたい気持ちでいっぱいになっていた桜子だったが、その日は、週に一度のホームルームの日であった。
級長が中心となり、二学期に行われる学院祭で上演する劇の演目を決めることになっていた。
いくつか候補は上がっていたが、クラス全員一致で『ロメオとジュリエット』を翻案した作品にしようと決まった。
配役や脚本を書く担当決めは級長に一任することとなり、その日はようやく散会となった。
「皆様、ごきげんよう」
挨拶して教室から出ようとすると鞠子が声をかけてきた。
「あら、桜子さん。今日は何かのお稽古のある日だったかしら?」
普段なら、日が暮れかかるまで、級友とのお喋りを楽しむ桜子の慌てた様子を訝しんだようだ。
「ええと、今日は母から用事を言いつけられていて…」
桜子がしどろもどろに答えると、鞠子はそれ以上訊かず、したり顔で頷いた。
何か特別なことがあるのね、と目が語っていた。
駆け出したい気持ちを抑えて、なるべく普段と変わらないようにゆっくり歩き、校門を出た。
「お迎えにあがりました。桜子お嬢様」
玄関の前で待っていたのは美津ひとりだった。
「天音さんは乗り合い馬車の停車場で待っているそうですよ」
キョロキョロと辺りを見回す桜子の様子に笑みを浮かべながら、美津は言った。
二人で表通りに出て、桜子は生まれてはじめて乗り合い馬車に乗車した。
普段は、学校からの帰りは人力車、父母と出かけるときは屋敷の馬車に乗る。
「桜子様、乗り合いははじめてですか?」
隣に座った美津が尋ねた。
「ええ、一度乗ってみたいと思っていたけれど」
初めての乗り物から眺める景色は、いつもとまったく違って見える。
これから天音に会えるという期待と相まって、桜子の気持ちはいやでも高揚する。
服部時計店の近くで馬車を降りると、丸善の包みを抱えた天音が待っていた。
「天音」
ああ、天音だ。
ようやく、こうして二人で会うことができた。
桜子はそれだけで、ふわふわと宙に浮いてしまいそうな心地だった。
待ちに待った放課後になった。
早く帰りたい気持ちでいっぱいになっていた桜子だったが、その日は、週に一度のホームルームの日であった。
級長が中心となり、二学期に行われる学院祭で上演する劇の演目を決めることになっていた。
いくつか候補は上がっていたが、クラス全員一致で『ロメオとジュリエット』を翻案した作品にしようと決まった。
配役や脚本を書く担当決めは級長に一任することとなり、その日はようやく散会となった。
「皆様、ごきげんよう」
挨拶して教室から出ようとすると鞠子が声をかけてきた。
「あら、桜子さん。今日は何かのお稽古のある日だったかしら?」
普段なら、日が暮れかかるまで、級友とのお喋りを楽しむ桜子の慌てた様子を訝しんだようだ。
「ええと、今日は母から用事を言いつけられていて…」
桜子がしどろもどろに答えると、鞠子はそれ以上訊かず、したり顔で頷いた。
何か特別なことがあるのね、と目が語っていた。
駆け出したい気持ちを抑えて、なるべく普段と変わらないようにゆっくり歩き、校門を出た。
「お迎えにあがりました。桜子お嬢様」
玄関の前で待っていたのは美津ひとりだった。
「天音さんは乗り合い馬車の停車場で待っているそうですよ」
キョロキョロと辺りを見回す桜子の様子に笑みを浮かべながら、美津は言った。
二人で表通りに出て、桜子は生まれてはじめて乗り合い馬車に乗車した。
普段は、学校からの帰りは人力車、父母と出かけるときは屋敷の馬車に乗る。
「桜子様、乗り合いははじめてですか?」
隣に座った美津が尋ねた。
「ええ、一度乗ってみたいと思っていたけれど」
初めての乗り物から眺める景色は、いつもとまったく違って見える。
これから天音に会えるという期待と相まって、桜子の気持ちはいやでも高揚する。
服部時計店の近くで馬車を降りると、丸善の包みを抱えた天音が待っていた。
「天音」
ああ、天音だ。
ようやく、こうして二人で会うことができた。
桜子はそれだけで、ふわふわと宙に浮いてしまいそうな心地だった。
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