狐松明妖夜 ~きつねのたいまつあやかしのよる~

泉南佳那

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妖かしの夜(九)

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 そのとき、大樹の背後から人影が現れた。

「紫乃様」
「……楓」

 紫乃は身構えた。
 だが、決めていた。
 もう絶対に家には戻らない。
 たとえ姉と慕った楓に引き留められても。

「おれはもう、死んでも屋敷には戻らぬ。たとえ、楓に何を言われても」
 紫乃はそう断言した。

 だが、紫乃と楓の間に、源之丞がすっと割り入った。

「待っていたぞ」源之丞はそう言うと、楓に手を差し伸べた。
「えっ?」

「此度の狂言、一番の功労者だぜ。楓殿は」源之丞は振りかえり、紫乃に言った。

「紫乃様、相済みませんでした。知らなかったのです。太十のところに嫁に行くことになっていたなんて」
 紫乃の縁談を知った楓は、その足で源之丞の元に行き、紫乃を救い出すことに協力したいと、頭を下げた。
 
 源之丞が高木家に忍び込む手筈を整えたのも楓だった。

「もう止め立てはいたしません。お別れを告げに参りました」
 紫乃の目を見つめて、楓は言った。それから源之丞のほうに向きなおった。

「源之丞殿。紫乃様をどうぞよろしくお願いいたします」

「いや、楓殿。おめえも一緒に来ねぇか。わっちらの仲間にも、いろんな理由で生まれ育った里にいられなくなったやつらが大勢いる。かつかつのその日暮らしだが、仕える者のいない身は気楽なものよ。紫乃も心強いだろうし」源之丞が言う。
「そうだ、楓も一緒にー」

「いいえ、わたくしは参りません」
 紫乃の言葉を楓はさえぎった。

「わたくしはこの村が好きでございますゆえ。でも紫乃様はこの村に閉じ込めておくにはもったいない。思いのまま、生きてゆかれるがよい」
「楓」
「さあ、お行きなさい」

 楓は深々と礼をすると、踵を返して坂を下っていった。
 名残惜しげに見つめる紫乃の肩を、源之丞は優しく抱いた。
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