41 / 51
妖かしの夜(一)
しおりを挟む
山の稜線が朱に染まり、黄金色に輝く満月が輝きはじめる夕暮れどき。
千穐楽は大盛況のうちに幕を閉じた。芝居一行は一刻ほどで手早く片付けを終え、早々に次の興行地へと旅立っていった。
もうそろそろ九つ(夜中の十二時頃)か……
人の気配は消え、辺りはしんと静まり返っている。
紫乃は床に大の字になって、ぼんやりと天井を眺めていた。
疲れ果て、うとうとと少し眠っても、すぐに目覚めてしまう。
行燈の灯が揺らめいて、ほのかに蔵のなかを照らしていた。
庭を歩く、これまで聞いたことがない、引きずるような鈍い足音がかすかに聞こえてきた。
だんだんと蔵に近づいてくる。
嫌な予感に襲われる。
やはり鍵を開ける音がした。
「よいしょ」と声とともに重い扉が開いた。
「紫乃や」
思った通り、太十だ。
「く、くるな!」
紫乃は、声を限りに叫んだ。
「ずいぶんな言い様ですね。将来の夫にむかって」
文句をいいながらも、その顔はにやけていた。
「誰がお前などと、夫婦になどなるか!」
「その気の強いところが、なんとも好みだねえー」
暗闇でにやにや笑う太十は不気味そのもので、紫乃は座ったまま、ずるずると後ずさった。
千穐楽は大盛況のうちに幕を閉じた。芝居一行は一刻ほどで手早く片付けを終え、早々に次の興行地へと旅立っていった。
もうそろそろ九つ(夜中の十二時頃)か……
人の気配は消え、辺りはしんと静まり返っている。
紫乃は床に大の字になって、ぼんやりと天井を眺めていた。
疲れ果て、うとうとと少し眠っても、すぐに目覚めてしまう。
行燈の灯が揺らめいて、ほのかに蔵のなかを照らしていた。
庭を歩く、これまで聞いたことがない、引きずるような鈍い足音がかすかに聞こえてきた。
だんだんと蔵に近づいてくる。
嫌な予感に襲われる。
やはり鍵を開ける音がした。
「よいしょ」と声とともに重い扉が開いた。
「紫乃や」
思った通り、太十だ。
「く、くるな!」
紫乃は、声を限りに叫んだ。
「ずいぶんな言い様ですね。将来の夫にむかって」
文句をいいながらも、その顔はにやけていた。
「誰がお前などと、夫婦になどなるか!」
「その気の強いところが、なんとも好みだねえー」
暗闇でにやにや笑う太十は不気味そのもので、紫乃は座ったまま、ずるずると後ずさった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

【完結】ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる