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失踪(四)
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人けがなくなった舞台に手燭がひとつ置かれている。
「色にー、耽ったばっかりにぃー」
いや、どこか違う。音羽屋は、もっと、こう……
「い……ろに」
源之丞は小屋に残り、今日の舞台でしっくりと来なかった動きやセリフ回しをひとりで稽古していた。
江戸では、下衆な見世物まがいの出し物しかできない。
とくにここ最近、源之丞の人気がうなぎ上りで、大歌舞伎のお役者衆に目をつけられていたので、本格的な芝居の上演は禁物だった。
だが、ここでは、誰はばかることなく、まっとうな芝居を御見物にお見せすることができる。
そして自分の芝居に客が酔いしれる。
そのことが、源之丞には殊の外うれしかった。
子どものころから、自分は芝居が好きだった。
初めて観たのは、おそらく五つか六つのころ。
捨て子だった自分を拾ってくれた座頭が、大枚叩いて中村座の顔見世に連れて行ってくれたときだ。
一目で虜になった。
もっともっと見たかった。
あくる日も、その次の日も、大人の陰に隠れて劇場に忍び込み、同じ狂言を飽かずに繰りかえし観た。
見つかって痛い目に合わされることもあったが、それでも通いつづけ、役者のしぐさ、せりふ、すべて丸ごと覚え、座頭の前で披露した。
「おめえは、筋がいい」と座頭が頭をなでてくれるのがうれしかった。
長じてからは両国の興行が打てなくなる期間、下っ端の役者として大舞台を踏み、大名題の芝居をそばで観て学んだ。
大根役者を見ては、自分のほうがよっぽどうまいのにと、口惜しさが沸き上がる。
だから、何の気兼ねもなく演じられる旅興行の最中は、こうして、いつも納得がいくまで稽古に励んだ。
「色にー、耽ったばっかりにぃー」
いや、どこか違う。音羽屋は、もっと、こう……
「い……ろに」
源之丞は小屋に残り、今日の舞台でしっくりと来なかった動きやセリフ回しをひとりで稽古していた。
江戸では、下衆な見世物まがいの出し物しかできない。
とくにここ最近、源之丞の人気がうなぎ上りで、大歌舞伎のお役者衆に目をつけられていたので、本格的な芝居の上演は禁物だった。
だが、ここでは、誰はばかることなく、まっとうな芝居を御見物にお見せすることができる。
そして自分の芝居に客が酔いしれる。
そのことが、源之丞には殊の外うれしかった。
子どものころから、自分は芝居が好きだった。
初めて観たのは、おそらく五つか六つのころ。
捨て子だった自分を拾ってくれた座頭が、大枚叩いて中村座の顔見世に連れて行ってくれたときだ。
一目で虜になった。
もっともっと見たかった。
あくる日も、その次の日も、大人の陰に隠れて劇場に忍び込み、同じ狂言を飽かずに繰りかえし観た。
見つかって痛い目に合わされることもあったが、それでも通いつづけ、役者のしぐさ、せりふ、すべて丸ごと覚え、座頭の前で披露した。
「おめえは、筋がいい」と座頭が頭をなでてくれるのがうれしかった。
長じてからは両国の興行が打てなくなる期間、下っ端の役者として大舞台を踏み、大名題の芝居をそばで観て学んだ。
大根役者を見ては、自分のほうがよっぽどうまいのにと、口惜しさが沸き上がる。
だから、何の気兼ねもなく演じられる旅興行の最中は、こうして、いつも納得がいくまで稽古に励んだ。
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