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失踪(三)

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 まだ小さな子どものころ、紫乃はよくこの芝居小屋に忍び込んで遊んだ。

 好奇心いっぱいの子どもらにとって、芝居小屋は格好の遊び場だった。
 もちろん、大人には入ってはならぬ、と禁じられていたが、おとなしく言うことを聞くような紫乃ではなかった。
 近所の子どもを引きつれて、舞台に上がってみたり、暗い奈落で肝試しをしたり、かくれんぼをしたり……。

 そのため、隠れ場所を熟知していた。

「くそ、裾が絡まってなかなか進めない。袴なら動きやすいのだが」

 紫乃は裾を端折【はしょ】り、舞台下に降り、目的の場所を探した。
 
上演中なので舞台下には当然、役者たちもいる。
 けれど、みな持ち場の仕事で手一杯で、紫乃を見とがめる者はいなかった。

 ここだ。

 奈落の片隅にある、道具用の物置に紫乃は潜んだ。
 中は真っ暗でかび臭い匂いがこもっていたが、あの、大好きな木の洞のようで、紫乃はまったく気にならなかった。

 家から逃げ出したい一心でここまで来たが、さてこれからどうすればよいのだろう。
 深い算段があるわけではなかった。

 とにかく、芝居が引けるのを待とう。

 紫乃は振袖で胡座をかき、じっと日暮を待った。


 暮六つの鐘の音が、劇場のなかまで響いた。

 ――まず、今日はこれぎりー。
 座頭の終演の口上を合図に幕が引かれた。

 名残惜しげにぐずぐず居残っていた客もいなくなり、小屋は先ほどまでの喧騒がまるで嘘のように静まり返っていた。

 役者たちも手早く後片付けをして、三々五々、宿へと引き上げていった。
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