狐松明妖夜 ~きつねのたいまつあやかしのよる~

泉南佳那

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快気祝いの夜(一)

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 その夜、源之丞の快気祝いの宴が催された。

「まあ、でも、ご本復されて、ほんにようございました」
 紫乃の伯母の八重が酌をしながら、浮かれた様子で源之丞に話しかける。

「いえ、これも皆さま方の心のこもったご看病のおかげにございます。まさに『地獄に仏』とはこのこと。いくら感謝いたしましてもしきれないほどにございます」

「いいえ、お困りの方をお助けするのは当然のこと。それよりも村の者たちも大層、今度の芝居を楽しみにしておりますのよ。勘平をお勤めになられるとか」

「はい、不調法者にはございますが、相勤めさせていただきます」

「さぞ、お綺麗でしょうねえ。源之丞様の勘平……今から胸が躍ります」
 妻の、しなだれかからんばかりの様子を見とがめるように、主人が徳利を手にふたりのほうにやってきた。

「八重、料理が足らんぞ、奥に行って申し付けてこい」

「……はい」八重は不承不承立ち上がる。

「ご主人様にも、なんとお礼を申し上げてよいものやら」

「いやいや。しかし、胸をなでおろしました。村中、皆、源之丞殿の芝居を楽しみにしておりましたのでな。江戸で評判とお聞きしましたぞ」

「いいえ、我らは三座のお役者衆のようにはいきませぬので、ほんのお目汚しにはございますが、いずれも様のお気に召していただけますよう、心して勤めさせていただきます」

 一通りのあいさつが済み、源之丞は幸右衛門に尋ねた。

「して、紫乃殿はなぜあのような姿をなさっておられるのですか」

 幸右衛門の眉間に皺が寄る。
「あれには困ったものです。親のないのを不憫に思い、甘やかして育ててしまいました。もう、十五になるというのに、とんだじゃじゃ馬で。いやあ、お恥ずかしいかぎりで」と苦々しい顔をする。

「ご両親がおられないのですか」

「母親は、まだ紫乃が幼子の頃に流行り病で死にました。父親は――」
 そのとき、男衆のひとりが幸右衛門に近づき、何やら耳打ちをした。

「わかった。源之丞殿、申し訳ないが用事ができました。どうぞごゆるりと」

 主人が離れると、待ってましたとばかりに、源之丞を一目見ようとやってきた親類縁者や近所の者に取り囲まれ、質問攻めにあった。

 さすがに疲れを感じた源之丞は「ちょいと酔い覚ましを」と言って、庭に出た。

 主役が抜けても、座敷はまだその余韻でさんざめいていた。
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