26 / 30
7・決心
2
しおりを挟む
グランプリが発表されると、割れんばかりの歓声が沸きあがった。
都築の講評を、真剣な眼差しで聴き入る学生たち。
そういえば、あのときわたしも、先輩デザイナーたちがとても眩しかった。
今、自分が審査員側に立っていることが不思議だった。
7年も前のことだなんて、信じられない。
他の審査員や学校のスタッフへの挨拶を済ませ、事務室を後にして表に出ると、日はすっかり落ち、正門前のツリーのイルミネーションが点灯されていた。
「装飾の仕方まで、あのころと変わんねーんだな」
都築はツリーの前で立ち止まり、しばらくその点滅する金色の光に見入っていた。
冷たい風が吹きつけ、わたしはコートの襟を立てた。
都築はわたしを見て、言った。
「これからなんか予定あんの?」
「うん、ある。8時に表参道で待ち合わせ」
都築は時計に目をやった。
「じゃあまだ時間あるな。ちょっとだけ付き合えや」
そう言って、門とは逆の方にすたすたと歩いていってしまう。
「ちょっと待ってよ」
もう、相変わらず勝手なんだから。
都築の背中を追いながら着いた先は裏庭。
古びたベンチはまだそこにそのまま置かれていた。
「ここって……」
思わず立ち止まった。
あのときの場所。
なんといってもクリスマス・イブの夕方だ。
みんな予定があるのだろう。
そこに人の姿はなかった。
都築はわたしより先にベンチに坐り、少し横にずれて場所を開けた。
都築が何を考えているのかが掴めず、頼りない気持ちのまま、とりあえず腰をかけた。
あの日は真夜中で、上空を見上げると都会とは思えないほど星が輝いていた。
今は夕闇。西の空には、ほんの少しだけ昼間の名残も見られる。
その違いはあっても、気持ちは瞬時にあの日に引き戻されていた。
――なあ、キスしていい?
都築の声が頭のなかで響きだす。
「ほら、これ」
渡されたのは使い捨てカイロ。
ずいぶん用意周到だ。
じゃあ、思いつきじゃなくて決めてたってこと?
ここに来ることを。
「朱利、覚えてる? この場所」
「えっ?」
返事に困り、わたしはあいまいな表情でごまかした。
覚えているも何も、鮮明すぎる記憶に、今まさに悩まされている最中だったけれど。
「めちゃくちゃ飲んで、ふたりで忍び込んだんだよな。コンペの日の夜中にさ」
胸がドキンと高鳴ったが、とっさによくわかっていないフリをした。
「そう……だったね、確か……」
その返事を聞いて、都築はわたしの顔を眺めた。
「お前、あの日、相当飲んでたからなあ。もしかして覚えてないとか?」
それには答えず、わたしは反対に聞きかえした。
「都築のほうこそ覚えてないんじゃない?」
「いや」
即座に否定すると、都築は確信に満ちた声で答えた。
「覚えてるよ。ちゃんと」
ちゃんと、って?
つまり……
ちゃんと覚えているってこと?
キスしようとしたことを。
でも今さら、なんで、そんなこと言い出すんだろう。
わたしはようやく熱を持ちはじめたカイロを、思わず握りしめていた。
「寒かったな、あの日。凍え死ぬかと思った」
でも、ふたりで分け合ったショールのなかは天国みたいに温かかった。
都築との距離が近づいた。
わたしはそう思った。
都築の講評を、真剣な眼差しで聴き入る学生たち。
そういえば、あのときわたしも、先輩デザイナーたちがとても眩しかった。
今、自分が審査員側に立っていることが不思議だった。
7年も前のことだなんて、信じられない。
他の審査員や学校のスタッフへの挨拶を済ませ、事務室を後にして表に出ると、日はすっかり落ち、正門前のツリーのイルミネーションが点灯されていた。
「装飾の仕方まで、あのころと変わんねーんだな」
都築はツリーの前で立ち止まり、しばらくその点滅する金色の光に見入っていた。
冷たい風が吹きつけ、わたしはコートの襟を立てた。
都築はわたしを見て、言った。
「これからなんか予定あんの?」
「うん、ある。8時に表参道で待ち合わせ」
都築は時計に目をやった。
「じゃあまだ時間あるな。ちょっとだけ付き合えや」
そう言って、門とは逆の方にすたすたと歩いていってしまう。
「ちょっと待ってよ」
もう、相変わらず勝手なんだから。
都築の背中を追いながら着いた先は裏庭。
古びたベンチはまだそこにそのまま置かれていた。
「ここって……」
思わず立ち止まった。
あのときの場所。
なんといってもクリスマス・イブの夕方だ。
みんな予定があるのだろう。
そこに人の姿はなかった。
都築はわたしより先にベンチに坐り、少し横にずれて場所を開けた。
都築が何を考えているのかが掴めず、頼りない気持ちのまま、とりあえず腰をかけた。
あの日は真夜中で、上空を見上げると都会とは思えないほど星が輝いていた。
今は夕闇。西の空には、ほんの少しだけ昼間の名残も見られる。
その違いはあっても、気持ちは瞬時にあの日に引き戻されていた。
――なあ、キスしていい?
都築の声が頭のなかで響きだす。
「ほら、これ」
渡されたのは使い捨てカイロ。
ずいぶん用意周到だ。
じゃあ、思いつきじゃなくて決めてたってこと?
ここに来ることを。
「朱利、覚えてる? この場所」
「えっ?」
返事に困り、わたしはあいまいな表情でごまかした。
覚えているも何も、鮮明すぎる記憶に、今まさに悩まされている最中だったけれど。
「めちゃくちゃ飲んで、ふたりで忍び込んだんだよな。コンペの日の夜中にさ」
胸がドキンと高鳴ったが、とっさによくわかっていないフリをした。
「そう……だったね、確か……」
その返事を聞いて、都築はわたしの顔を眺めた。
「お前、あの日、相当飲んでたからなあ。もしかして覚えてないとか?」
それには答えず、わたしは反対に聞きかえした。
「都築のほうこそ覚えてないんじゃない?」
「いや」
即座に否定すると、都築は確信に満ちた声で答えた。
「覚えてるよ。ちゃんと」
ちゃんと、って?
つまり……
ちゃんと覚えているってこと?
キスしようとしたことを。
でも今さら、なんで、そんなこと言い出すんだろう。
わたしはようやく熱を持ちはじめたカイロを、思わず握りしめていた。
「寒かったな、あの日。凍え死ぬかと思った」
でも、ふたりで分け合ったショールのなかは天国みたいに温かかった。
都築との距離が近づいた。
わたしはそう思った。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる