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第9章 心と体を磨くバカンス、そして
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こうして、一生忘れることのできない3日間のバカンスは、あっという間に過ぎていった。
東京に帰ってから、玲伊さんは休日のツケが回ってきたのか、前にも増して忙しく、なかなかゆっくり一緒に過ごせなかった。
その合間を縫って、玲伊さんのご両親に結婚したいと思っている、と報告に行った。
「うちの両親は話がわかるほうだから、安心していいよ」と玲伊さんは言ってくれたけれど、なにしろ、はじめてお会いするのだから、とても緊張した。
右手と右足が一緒に出てるよ、と玲伊さんに指摘されるほど。
でも、彼の言うとおりだった。
お二人はとても温かくわたしを迎えてくれた。
「美容師を目指した時点で、玲伊はうちから完全に独立したと思っているから、わたしたちになんの遠慮もいりませんよ」と玲伊さんの父、香坂昭伸氏は穏やかな様子で告げた。
物腰も話しかたも、とても柔らかいけれど、さすが大企業を率いている方だけあって、黙って座っているだけでも圧倒されるほどの威厳がある。
彼の正面に座ったわたしは思わず姿勢を正してしまったほどだ。
一方のお母さんの美千絵さんはとても美しい、けれど、とても気さくな方だった。
玲伊さんはお母さん似で、彼女の美貌をそっくりそのまま受け継いだことがわかった。
「まあ、本当に可愛らしい方。わたくしは大賛成よ。玲伊にお見合いの話を持っていっても断わられてばかりだったから、心配していたの。この子、結婚する気がないんじゃないかって」
懸案のご両親挨拶の後に待っていたのは、マナー特訓。
先生はとても物腰の柔らかい方だったけれど、指導はかなりのスパルタ。
「短期間で一通りのことを覚えるのは並大抵のことではありませんよ。ちゃんとついていらしてね」
次のお稽古までにできていないと、その日のお稽古は見てもらえないので、先生に指摘されたところを必死で覚えた。
なにしろ一周年記念のディナーパーティーは、すぐそこまで迫っている。
しっかり気合を入れて取り組まないと。
こんなに勉強をしたのは高校以来だと思いながら、深夜まで自主練を続けた。
***
そんななか、パーティーの席上で結婚の報告をしたい、という玲伊さんの意向で、8月末の縁起の良い日を選んで、わたしたちは入籍した。
式や披露宴は、後日、あらためて大々的にする予定だけれど、ただ入籍届を出すだけというのも味気ないので、当日、屋上でガーデン・パーティーを開いて、ごく親しい人たちの前で届けを書こうということになった。
その日は屋上に、うちの家族全員と、国際会議に出席するために渡米している玲伊さんのご両親の代わりに、二番目のお兄さんご夫妻、笹岡さん、岩崎さんを招いた。
「こんなに嬉しいことは久しぶりだよ」と祖母は涙を流して喜んでくれた。
「本当に玲伊が俺の弟なのかよ」と兄は相変わらず、そんなことを言っていた。
「オーナー、優紀さん、本当におめでとうございます。大好きなお二人が結婚されるなんて、わたしもめっちゃハッピーです。ね、笹岡さん」
「ええ、おめでとう。おふたりとも」
「もう、もっとないんですか? 笹岡さん、オーナーと長い付き合いなんですから」
「岩崎、ちゃんと気持ちは伝わってるから」と玲伊さんは岩崎さんの肩をポンと叩いた。
それから、耳に口を寄せて、何か言った。
とたんに律さんは真っ赤になって、急に大人しくなってしまった。
後で聞いたところによると「白石、今、フリーらしい。チャンスだぞ。岩崎」と囁いたそうだ。
彼女の想いが通じたら、わたしも嬉しい。
思わず顔がほころんだ。
その夜、集った人たち全員に心から祝福されて、また忘れられない思い出がわたしの心に刻まれることとなった。
東京に帰ってから、玲伊さんは休日のツケが回ってきたのか、前にも増して忙しく、なかなかゆっくり一緒に過ごせなかった。
その合間を縫って、玲伊さんのご両親に結婚したいと思っている、と報告に行った。
「うちの両親は話がわかるほうだから、安心していいよ」と玲伊さんは言ってくれたけれど、なにしろ、はじめてお会いするのだから、とても緊張した。
右手と右足が一緒に出てるよ、と玲伊さんに指摘されるほど。
でも、彼の言うとおりだった。
お二人はとても温かくわたしを迎えてくれた。
「美容師を目指した時点で、玲伊はうちから完全に独立したと思っているから、わたしたちになんの遠慮もいりませんよ」と玲伊さんの父、香坂昭伸氏は穏やかな様子で告げた。
物腰も話しかたも、とても柔らかいけれど、さすが大企業を率いている方だけあって、黙って座っているだけでも圧倒されるほどの威厳がある。
彼の正面に座ったわたしは思わず姿勢を正してしまったほどだ。
一方のお母さんの美千絵さんはとても美しい、けれど、とても気さくな方だった。
玲伊さんはお母さん似で、彼女の美貌をそっくりそのまま受け継いだことがわかった。
「まあ、本当に可愛らしい方。わたくしは大賛成よ。玲伊にお見合いの話を持っていっても断わられてばかりだったから、心配していたの。この子、結婚する気がないんじゃないかって」
懸案のご両親挨拶の後に待っていたのは、マナー特訓。
先生はとても物腰の柔らかい方だったけれど、指導はかなりのスパルタ。
「短期間で一通りのことを覚えるのは並大抵のことではありませんよ。ちゃんとついていらしてね」
次のお稽古までにできていないと、その日のお稽古は見てもらえないので、先生に指摘されたところを必死で覚えた。
なにしろ一周年記念のディナーパーティーは、すぐそこまで迫っている。
しっかり気合を入れて取り組まないと。
こんなに勉強をしたのは高校以来だと思いながら、深夜まで自主練を続けた。
***
そんななか、パーティーの席上で結婚の報告をしたい、という玲伊さんの意向で、8月末の縁起の良い日を選んで、わたしたちは入籍した。
式や披露宴は、後日、あらためて大々的にする予定だけれど、ただ入籍届を出すだけというのも味気ないので、当日、屋上でガーデン・パーティーを開いて、ごく親しい人たちの前で届けを書こうということになった。
その日は屋上に、うちの家族全員と、国際会議に出席するために渡米している玲伊さんのご両親の代わりに、二番目のお兄さんご夫妻、笹岡さん、岩崎さんを招いた。
「こんなに嬉しいことは久しぶりだよ」と祖母は涙を流して喜んでくれた。
「本当に玲伊が俺の弟なのかよ」と兄は相変わらず、そんなことを言っていた。
「オーナー、優紀さん、本当におめでとうございます。大好きなお二人が結婚されるなんて、わたしもめっちゃハッピーです。ね、笹岡さん」
「ええ、おめでとう。おふたりとも」
「もう、もっとないんですか? 笹岡さん、オーナーと長い付き合いなんですから」
「岩崎、ちゃんと気持ちは伝わってるから」と玲伊さんは岩崎さんの肩をポンと叩いた。
それから、耳に口を寄せて、何か言った。
とたんに律さんは真っ赤になって、急に大人しくなってしまった。
後で聞いたところによると「白石、今、フリーらしい。チャンスだぞ。岩崎」と囁いたそうだ。
彼女の想いが通じたら、わたしも嬉しい。
思わず顔がほころんだ。
その夜、集った人たち全員に心から祝福されて、また忘れられない思い出がわたしの心に刻まれることとなった。
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