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第10章〈最終レッスン〉一周年記念パーティーにて
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「ね、わたし、どうだった? あそこにいる女優よりだんぜん綺麗だったでしょう。だって、あの香坂玲伊にヘアケアしてもらったんだから。それもほとんど毎日」
この声。
忘れようとしても忘れられない。
『そんなダサい恰好で、よく外、歩けるよね。わたしなら無理』
『田辺先輩に色目使って、わたしの悪口言わせたんじゃないの? でも無駄。あんたみたいなブスがわたしに勝てるわけないじゃん』
『ほんと、グズだし、なんにも取柄ないよね、加藤って』
そんな暴言を事あるごとに浴びせてきた、桜庭乃愛の声だ。
「いや、そりゃ勝ってるでしょ。なんといっても、今日の主役は乃愛ちゃんだし」
「本当に綺麗。そのドレスもとってもよく似合ってるよ」
そんな彼女を友人たちがほめそやしている。
会社でもそうだった。
周りは彼女のご機嫌取りばかり。
「それにしても、香坂さんって、ほんっとに素敵ね」
「いいなあ、乃愛。彼とお近づきになれて」
女性陣の興味はやっぱり玲伊さんにあるらしい。
わたしはさらに耳をそばだてた。
「ふふっ、いいでしょう。彼、とーっても紳士よ。顔がいいだけじゃなくて、ものすごく優しいし。今度、家に誘おうと思ってるの。おじい様も彼に会いたいんだって」
ひときわ得意気な調子だ。
「えー、何それ。もしかして、お婿さん候補?」
「うわ、羨ましすぎるんですけど」
その話を聞いていた律さんがくすっと笑った。
「何も知らないんですもんね。あの人たち」
そのとき、彼女のイヤホンに連絡が入った。
「あ、はい、了解です」
彼女は目を輝かせてわたしを見た。
「いよいよですよ。優紀さん」
わたしは彼女に頷きを返した。
それから律さんに先導されて、わたしは〈ルメイユール・プラ〉の入り口の前に立った。
彼女がドアを開けると、とたんにさざ波のような騒めきが耳に入ってきた。
人々の声に交じって、軽やかな室内楽の生演奏も聞こえてくる。
誰も、こちらを気にしている様子はない。
マイクのそばに座っていた女性司会者が立ち上がり、とても明瞭な、よく響く声で話しはじめた。
「ご歓談中に申し訳ございません。オーナーの香坂より、皆様にお伝えしたいことがありますので」
玲伊さんは席から立ちあがり、ゲストに向かって一礼すると、マイクに向かった。
それを合図に、音楽がやんだ。
「どうぞ、そのままお食事を楽しみながら、少しだけ、私にお耳をお貸しください」
彼の、張りのある声が会場に響き、会場中の視線が玲伊さんに集まった。
「ありがとうございます。お知らせというか、この場をお借りして、いつもご愛顧いただいております皆様にご報告申し上げたいことがございます」
玲伊さんはそこで一呼吸おき、微笑みを浮かべたまま右から左へとゆっくり視線を動かした。
おもむろに話し声が静まり、皆、期待を込めた眼差しで玲伊さんの次の言葉を待っている。
「実は、わたくしごとで大変恐縮なのですが、8月末に結婚いたしました」
「ええっ……」という悲鳴に近い女性の声があちこちで上がり、会場は少しざわめいた。
「えっ? どういうこと?」
その中でひときわ大きな声をあげたのは、桜庭乃愛だった。
この声。
忘れようとしても忘れられない。
『そんなダサい恰好で、よく外、歩けるよね。わたしなら無理』
『田辺先輩に色目使って、わたしの悪口言わせたんじゃないの? でも無駄。あんたみたいなブスがわたしに勝てるわけないじゃん』
『ほんと、グズだし、なんにも取柄ないよね、加藤って』
そんな暴言を事あるごとに浴びせてきた、桜庭乃愛の声だ。
「いや、そりゃ勝ってるでしょ。なんといっても、今日の主役は乃愛ちゃんだし」
「本当に綺麗。そのドレスもとってもよく似合ってるよ」
そんな彼女を友人たちがほめそやしている。
会社でもそうだった。
周りは彼女のご機嫌取りばかり。
「それにしても、香坂さんって、ほんっとに素敵ね」
「いいなあ、乃愛。彼とお近づきになれて」
女性陣の興味はやっぱり玲伊さんにあるらしい。
わたしはさらに耳をそばだてた。
「ふふっ、いいでしょう。彼、とーっても紳士よ。顔がいいだけじゃなくて、ものすごく優しいし。今度、家に誘おうと思ってるの。おじい様も彼に会いたいんだって」
ひときわ得意気な調子だ。
「えー、何それ。もしかして、お婿さん候補?」
「うわ、羨ましすぎるんですけど」
その話を聞いていた律さんがくすっと笑った。
「何も知らないんですもんね。あの人たち」
そのとき、彼女のイヤホンに連絡が入った。
「あ、はい、了解です」
彼女は目を輝かせてわたしを見た。
「いよいよですよ。優紀さん」
わたしは彼女に頷きを返した。
それから律さんに先導されて、わたしは〈ルメイユール・プラ〉の入り口の前に立った。
彼女がドアを開けると、とたんにさざ波のような騒めきが耳に入ってきた。
人々の声に交じって、軽やかな室内楽の生演奏も聞こえてくる。
誰も、こちらを気にしている様子はない。
マイクのそばに座っていた女性司会者が立ち上がり、とても明瞭な、よく響く声で話しはじめた。
「ご歓談中に申し訳ございません。オーナーの香坂より、皆様にお伝えしたいことがありますので」
玲伊さんは席から立ちあがり、ゲストに向かって一礼すると、マイクに向かった。
それを合図に、音楽がやんだ。
「どうぞ、そのままお食事を楽しみながら、少しだけ、私にお耳をお貸しください」
彼の、張りのある声が会場に響き、会場中の視線が玲伊さんに集まった。
「ありがとうございます。お知らせというか、この場をお借りして、いつもご愛顧いただいております皆様にご報告申し上げたいことがございます」
玲伊さんはそこで一呼吸おき、微笑みを浮かべたまま右から左へとゆっくり視線を動かした。
おもむろに話し声が静まり、皆、期待を込めた眼差しで玲伊さんの次の言葉を待っている。
「実は、わたくしごとで大変恐縮なのですが、8月末に結婚いたしました」
「ええっ……」という悲鳴に近い女性の声があちこちで上がり、会場は少しざわめいた。
「えっ? どういうこと?」
その中でひときわ大きな声をあげたのは、桜庭乃愛だった。
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