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第7章 〈レッスン4〉 溢れる愛に溺れて
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翌日、わたしたちは高木書店に行き、祖母にふたりで暮らしたいと思っている、と告げた。
「藍子さんに寂しい思いをさせてしまうのではないかと、それが心配なんですが」
という玲伊さんを祖母は「何、言ってんだい」と笑いとばした。
「ばあさんに遠慮して、好き合ってる男女が一緒にならないってほうがよっぽどおかしいだろう。最近、優紀は前にも増して、ぼんやりしてることが多くってね。どうせ玲伊ちゃんのことばっかり考えてるんだろうよ、うっとうしいから早く一緒になってくれって思ってたとこだよ」
「わたし、そんなにぼんやりしてた?」
「ああ、気づいてなかったのかい? しょっちゅう赤い顔して、ぼーっと外眺めてんだから。まあ、お相手があの玲伊ちゃんなら致し方ないことだな、とも思ってたけどね」
わたしは顔を真っ赤にしてうつむいた。
返す言葉がない。
「いや、俺もまったく同じなんで。最近、仕事が手につかなくて困ってたんです」と玲伊さん。
祖母はそんな玲伊さんを横目でちらっと見ると、
「ごちそうさま。あーあ、今日は暑くてたまんないね」と手でパタパタあおぐ真似をする。
「もう、おばあちゃん」
祖母は満面に笑みを浮かべて、わたしと玲伊さんの手を取った。
「あたしは心底、嬉しいんだよ。子供のころから可愛がってた二人が好き合ってくれるなんて」
そう言ってわたしを見つめる祖母の目が、少し潤んでいる。
でも、そこには嬉しさだけでない何かが隠れている気がして、少し違和感を覚えた。
その理由はすぐに知れた。
その日は祖母の作った夕飯を玲伊さんも一緒に食べた。
メニューは冷しゃぶときんぴらと味噌汁。
「今日、誕生日なんだろう? こんなもんしかなくて、すまないね」
「いや、家庭料理に飢えてるので、とってもうまいです」
その言葉どおり、玲伊さんは三杯おかわりした。
食事が終わるころ、祖母はわたしたちの方を見て、話し始めた。
「ずっと、優紀に言わなきゃならないと思っていたことがあってね」
「どうしたの、急に改まって」
「この店をたたむことになるかも知れなくてさ。だからさ、優紀が玲伊ちゃんと付き合うことになったときは、正直、ほっとしたんだよ」
寝耳に水の話だった。
「たたむって……なんで?」
「この辺りに再開発の話が出ていてね」
「ああ、空きが目立つようになった都営団地をどうするかって話ですよね。この商店街も対象になっているんですか」
同じ地区で事業を展開している玲伊さんも、そのことは当然知っていた。
「そうなんだよ。はじめは団地だけって話だったんだが、どうせなら、この商店街も含めて、住居と店舗、それに病院や学校も含めた複合施設を作ろうっていうことに、だいたい方向が固まってきたらしくてね。ほら、なにしろ一等地だろう、ここらは。街の美化につながるし、集客も税収も見込めるって行政も乗り気みたいでね」
「でも店舗は新しい施設に引き継げるんじゃないの?」とわたしが尋ねると、祖母は首を振った。
「それがそうもいかなくてね。町会長さんから内々で言われたんだが、その計画では、大手の書店が店を出すそうでね。はっきりは言われなかったけど、うちの店の居場所はないらしい」
その話に、玲伊さんが顎に手を当てて、眉を顰めた。
「いや、そんな理不尽な要求をうのみにする必要はないでしょう。なんなら知り合いの弁護士を紹介しましょうか」
祖母はいやいや、と首を振った。
「まだまだ先の話で、今すぐどうこうって話じゃないから」
その話に、わたしは大きなショックを受けていた。
二人の話し声が意味をなさずに、ただ耳を通りすぎてゆく気がした。
「だめだよ。そんなの。わたし、嫌だよ。この書店が無くなるのは」
「優紀……」
下を向くわたしの背中を、玲伊さんが優しく撫でた。
「藍子さんも言うとおり、まだ時間はある。みんなでゆっくり考えればいい」
納得はできなかったけれど、わたしは小さく頷いた。
翌日、わたしたちは高木書店に行き、祖母にふたりで暮らしたいと思っている、と告げた。
「藍子さんに寂しい思いをさせてしまうのではないかと、それが心配なんですが」
という玲伊さんを祖母は「何、言ってんだい」と笑いとばした。
「ばあさんに遠慮して、好き合ってる男女が一緒にならないってほうがよっぽどおかしいだろう。最近、優紀は前にも増して、ぼんやりしてることが多くってね。どうせ玲伊ちゃんのことばっかり考えてるんだろうよ、うっとうしいから早く一緒になってくれって思ってたとこだよ」
「わたし、そんなにぼんやりしてた?」
「ああ、気づいてなかったのかい? しょっちゅう赤い顔して、ぼーっと外眺めてんだから。まあ、お相手があの玲伊ちゃんなら致し方ないことだな、とも思ってたけどね」
わたしは顔を真っ赤にしてうつむいた。
返す言葉がない。
「いや、俺もまったく同じなんで。最近、仕事が手につかなくて困ってたんです」と玲伊さん。
祖母はそんな玲伊さんを横目でちらっと見ると、
「ごちそうさま。あーあ、今日は暑くてたまんないね」と手でパタパタあおぐ真似をする。
「もう、おばあちゃん」
祖母は満面に笑みを浮かべて、わたしと玲伊さんの手を取った。
「あたしは心底、嬉しいんだよ。子供のころから可愛がってた二人が好き合ってくれるなんて」
そう言ってわたしを見つめる祖母の目が、少し潤んでいる。
でも、そこには嬉しさだけでない何かが隠れている気がして、少し違和感を覚えた。
その理由はすぐに知れた。
その日は祖母の作った夕飯を玲伊さんも一緒に食べた。
メニューは冷しゃぶときんぴらと味噌汁。
「今日、誕生日なんだろう? こんなもんしかなくて、すまないね」
「いや、家庭料理に飢えてるので、とってもうまいです」
その言葉どおり、玲伊さんは三杯おかわりした。
食事が終わるころ、祖母はわたしたちの方を見て、話し始めた。
「ずっと、優紀に言わなきゃならないと思っていたことがあってね」
「どうしたの、急に改まって」
「この店をたたむことになるかも知れなくてさ。だからさ、優紀が玲伊ちゃんと付き合うことになったときは、正直、ほっとしたんだよ」
寝耳に水の話だった。
「たたむって……なんで?」
「この辺りに再開発の話が出ていてね」
「ああ、空きが目立つようになった都営団地をどうするかって話ですよね。この商店街も対象になっているんですか」
同じ地区で事業を展開している玲伊さんも、そのことは当然知っていた。
「そうなんだよ。はじめは団地だけって話だったんだが、どうせなら、この商店街も含めて、住居と店舗、それに病院や学校も含めた複合施設を作ろうっていうことに、だいたい方向が固まってきたらしくてね。ほら、なにしろ一等地だろう、ここらは。街の美化につながるし、集客も税収も見込めるって行政も乗り気みたいでね」
「でも店舗は新しい施設に引き継げるんじゃないの?」とわたしが尋ねると、祖母は首を振った。
「それがそうもいかなくてね。町会長さんから内々で言われたんだが、その計画では、大手の書店が店を出すそうでね。はっきりは言われなかったけど、うちの店の居場所はないらしい」
その話に、玲伊さんが顎に手を当てて、眉を顰めた。
「いや、そんな理不尽な要求をうのみにする必要はないでしょう。なんなら知り合いの弁護士を紹介しましょうか」
祖母はいやいや、と首を振った。
「まだまだ先の話で、今すぐどうこうって話じゃないから」
その話に、わたしは大きなショックを受けていた。
二人の話し声が意味をなさずに、ただ耳を通りすぎてゆく気がした。
「だめだよ。そんなの。わたし、嫌だよ。この書店が無くなるのは」
「優紀……」
下を向くわたしの背中を、玲伊さんが優しく撫でた。
「藍子さんも言うとおり、まだ時間はある。みんなでゆっくり考えればいい」
納得はできなかったけれど、わたしは小さく頷いた。
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