もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那

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第6章 〈レッスン3〉 ハグ+キスの真の効用

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***

 その日の午後9時過ぎ、わたしは玲伊さんの待つカフェに出向いた。

 ガラスの向こうに彼の姿を認め、わたしはドアを開けて、その席に向かった。

 そして、観葉植物で隠れて見えなかった、もうひとりの存在に気づいた。

「優ちゃん」

 玲伊さんと一緒に、笹岡さんが立ち上がった。
「加藤さん、今朝はどうも」
「こんばんは」

 とっさに笑顔を作ろうとしたけれど、できなかった。
 玲伊さんに促され、わたしはふたりの向かいに座った。

 彼は店員さんに手で合図した。

「何がいい?」
「あ、じゃあアイスティーで」
 なかば上の空で、わたしはそう答えた。

 そのとき、頭のなかでは、これから玲伊さんに言われるであろうセリフが駆け巡っていた。
 
 『昨日ははずみであんなことをしてすまなかった。優ちゃんが言っていたとおり、俺たちは付き合っているんだ』と。

 覚悟して待っていると、予想とは違い、玲伊さんではなく、話しはじめたのは笹岡さんだった。

「オーナーから加藤さんがわたしたちのことを誤解していると聞いて、わたしが直接お話ししたほうがいいと思って」
 

 グラスの水を一口飲んでから、彼女が語りだした話は、わたしがまったく思いもよらないものだった。


「あなたがわたしたちを見かけた日はね。亡くなったわたしの婚約者の命日で墓参りに行ったのよ。オーナーも彼の友人だったから」
「えっ?」

 彼女は静かな表情のまま、話を続けた。

 大学を卒業した笹岡さんはニューヨークの日系企業に就職した。
 同じころ、玲伊さんもニューヨークの美容院に勤めていて、笹岡さんがお客さんになったのがきっかけで知り合ったそうだ。

 当時、互いに付き合っている人がいて、たまに4人で飲みにいくような間柄だったと彼女は言った。

「わたしの彼は日本人で、同じ企業に勤めていたの。その次の年、日本に帰って結婚することも決まっていて」
 
 でも、幸せなふたりに悲劇が襲った。

 週末、たまたま訪れた郊外のショッピングセンターで、銃の乱射事件に巻き込まれてしまったのだ。
 しかも、笹岡さんの婚約者が彼女をかばって犠牲となってしまった。

 婚約者を目の前で失った事実は計り知れないほど大きなもので、立ち直れないほどのショックを彼女に与えた。

「わたしはそれからすぐ、日本に帰って、仕事もせずに実家に引きこもっていたわ。その間もオーナーは何かと気にかけてくれていた。3年後〈リインカネーション〉の立ち上げメンバーに誘ってもらって、ようやく仕事を始めることができたの」

 あまりにも衝撃的な事実に、わたしはどういう表情をすればいいのかわからず、下を向いてただ「そんな……」と一言呟いた。

 目に涙がにじんできた。
 わたしは慌てて、ハンカチを出して目に当てた。

 そんなわたしを優しい眼差しで見つめながら、彼女は続けた。

「オーナーに大変な恩義を感じていることは確かだけど、恋愛感情を抱いたことは一度もないのよ。わたしは亡くなった彼しか愛せないから。話はこれで全部。後は信じていただくしかないのだけれど」

 彼女は口元にかすかに笑みを浮かべた。
 
 わたしは頭を下げた。
「ごめんなさい。そんなつらい思い出をお話していただくなんて」

「いいえ。どうかお気になさらないで。もうずいぶん昔の話だから。オーナーに『加藤さんにその話をしていいか』と聞かれたとき、自分で話すと言ったぐらい。散々世話をかけたオーナーのためだもの。そのくらいのこと、なんでもないわよ」

 笑顔を浮かべてそう言うと、笹岡さんは立ちあがった。

「では、わたしは帰るわね。彼からあなたに話があるそうだし」

「笹岡、世話をかけたな」
 彼女は「どういたしまして」と言うと、店を後にした。
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