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第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス

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 テーブル横のワゴンには、ワインクーラーが置かれ、スパークリングワインが用意されていた。

 ボトルを手にした彼が、それをフルートグラスに注ぐと、音を立てて細かい泡が立ちのぼる。

 その様子に気を取られて見ていると「乾杯」と言われ、わたしはおずおずとグラスを合わせた。
 
 玲伊さんは楽しげに目を輝かせて言った。

「白状すると、これ、来月のイベント用の試作品なんだ。コンセプトはダイエット中も楽しめるアフタヌーン・ティー・セット。優ちゃんの感想も聞かせてもらいたいな」

「そうなんですね。見た目、完璧ですね」
「味についても、そう言ってもらえたらいいんだけど。さ、召し上がれ。花も全部食べられるよ」

「はい、いただきます」と手を合わせて、フォークを手にした。

 料理はどれも最高においしかった。
 見た目も高級ホテルのアフタヌーン・ティーにまったく引けを取らない。

 セイヴォリーには枝豆のテリーヌや小エビとディルのワンスプーン、サーモンとサワークリームのクラッカー、チキンハム。
 紅いもモンブランや桃のギモーブ、シャインマスカットのタルト、とスイーツも充実していた。

 それらのどのお菓子も、野菜や果物、豆乳クリーム、ココナッツシュガーやメイプルシロップなどを用いたマクロビ仕様だったけれど、普通のお菓子と比べても遜色ないおいしさだった。

「お世辞抜きで本当に美味しい。ダイエット用だとは思えないですよ。これ、絶対、話題になりますね」

「スイーツ好きの優ちゃんにお墨付きをもらえれば、一安心だ。今日のご褒美、本当はケーキにしようかとも思ったんだけど、今、食べちゃうとよけいに我慢できなくなるかと思ってね」

「うん、ケーキじゃなくて良かったです。抑えている分、絶対、反動が来るから」



 贅沢すぎる午後のひとときだった。

 地上を走る車の騒音は聞こえていたけれど、やかましいほどではない。
 屋根を通した光が柔らかく、テーブルを包んでいる。
 どこから飛んできたのか、鳥の囀りも聞こえる。

 そして目の前にいるのは、くつろいだ顔でフルートグラスを傾けている玲伊さん。

 本当の本当に夢のようで、まるで現実感がない。
 
 そして、こんな素晴らしい時間を過ごしているのに、いや、素晴らしい時間だからこそ、わたしの心の内はすぐに切なさがこみあげてくる。

 こんなに近くにいるのに、彼がけっして手の届かない存在だと思い知らされて。

 でも、顔に出したらいけない。
 なぜか玲伊さんには、すぐに見破られてしまうし。
 暗い顔なんか見せたら、こんな素敵な機会を提供してくれた玲伊さんに申し訳なさすぎる。

 わたしはフルートグラスを手に取って、ぐいっと一口飲んだ。
 急激にアルコールが回り、頬が火照ってくる。
 玲伊さんもグラスをあけて、2杯目をついでいる。

「昼から気持ちよく酔えそうだ。それも休日の醍醐味だからな。鳥が鳴いてるね。鳥だけじゃなくて、こんな屋上にも、たまに蝶や蜂がやってきたりするんだよ」

 ワインのせいか、彼はいつもよりもさらに饒舌だ。

「そうなんですね。でも、ここがこんなに緑豊かだなんて思いもしませんでした。下から見ただけじゃ、わからないものですね」

「忙しくてなかなか散歩にも行けないから。だからせめてもの慰めに屋上緑化したんだよ」
「本当に素敵」
「ここで、何度かガーデン・パーティーしたこともあるよ」

 きっと、そこに集う人たちは、玲伊さんみたいにきらめいている人ばかりなんだろう。
 そのことが脳裏をかすめ、また、切なさの波に覆い尽くされる。

 彼の世界とわたしの世界は、絶望に打ちひしがれてしまうほど、違う。
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