48 / 91
第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス
9
しおりを挟む
テーブル横のワゴンには、ワインクーラーが置かれ、スパークリングワインが用意されていた。
ボトルを手にした彼が、それをフルートグラスに注ぐと、音を立てて細かい泡が立ちのぼる。
その様子に気を取られて見ていると「乾杯」と言われ、わたしはおずおずとグラスを合わせた。
玲伊さんは楽しげに目を輝かせて言った。
「白状すると、これ、来月のイベント用の試作品なんだ。コンセプトはダイエット中も楽しめるアフタヌーン・ティー・セット。優ちゃんの感想も聞かせてもらいたいな」
「そうなんですね。見た目、完璧ですね」
「味についても、そう言ってもらえたらいいんだけど。さ、召し上がれ。花も全部食べられるよ」
「はい、いただきます」と手を合わせて、フォークを手にした。
料理はどれも最高においしかった。
見た目も高級ホテルのアフタヌーン・ティーにまったく引けを取らない。
セイヴォリーには枝豆のテリーヌや小エビとディルのワンスプーン、サーモンとサワークリームのクラッカー、チキンハム。
紅いもモンブランや桃のギモーブ、シャインマスカットのタルト、とスイーツも充実していた。
それらのどのお菓子も、野菜や果物、豆乳クリーム、ココナッツシュガーやメイプルシロップなどを用いたマクロビ仕様だったけれど、普通のお菓子と比べても遜色ないおいしさだった。
「お世辞抜きで本当に美味しい。ダイエット用だとは思えないですよ。これ、絶対、話題になりますね」
「スイーツ好きの優ちゃんにお墨付きをもらえれば、一安心だ。今日のご褒美、本当はケーキにしようかとも思ったんだけど、今、食べちゃうとよけいに我慢できなくなるかと思ってね」
「うん、ケーキじゃなくて良かったです。抑えている分、絶対、反動が来るから」
贅沢すぎる午後のひとときだった。
地上を走る車の騒音は聞こえていたけれど、やかましいほどではない。
屋根を通した光が柔らかく、テーブルを包んでいる。
どこから飛んできたのか、鳥の囀りも聞こえる。
そして目の前にいるのは、くつろいだ顔でフルートグラスを傾けている玲伊さん。
本当の本当に夢のようで、まるで現実感がない。
そして、こんな素晴らしい時間を過ごしているのに、いや、素晴らしい時間だからこそ、わたしの心の内はすぐに切なさがこみあげてくる。
こんなに近くにいるのに、彼がけっして手の届かない存在だと思い知らされて。
でも、顔に出したらいけない。
なぜか玲伊さんには、すぐに見破られてしまうし。
暗い顔なんか見せたら、こんな素敵な機会を提供してくれた玲伊さんに申し訳なさすぎる。
わたしはフルートグラスを手に取って、ぐいっと一口飲んだ。
急激にアルコールが回り、頬が火照ってくる。
玲伊さんもグラスをあけて、2杯目をついでいる。
「昼から気持ちよく酔えそうだ。それも休日の醍醐味だからな。鳥が鳴いてるね。鳥だけじゃなくて、こんな屋上にも、たまに蝶や蜂がやってきたりするんだよ」
ワインのせいか、彼はいつもよりもさらに饒舌だ。
「そうなんですね。でも、ここがこんなに緑豊かだなんて思いもしませんでした。下から見ただけじゃ、わからないものですね」
「忙しくてなかなか散歩にも行けないから。だからせめてもの慰めに屋上緑化したんだよ」
「本当に素敵」
「ここで、何度かガーデン・パーティーしたこともあるよ」
きっと、そこに集う人たちは、玲伊さんみたいにきらめいている人ばかりなんだろう。
そのことが脳裏をかすめ、また、切なさの波に覆い尽くされる。
彼の世界とわたしの世界は、絶望に打ちひしがれてしまうほど、違う。
ボトルを手にした彼が、それをフルートグラスに注ぐと、音を立てて細かい泡が立ちのぼる。
その様子に気を取られて見ていると「乾杯」と言われ、わたしはおずおずとグラスを合わせた。
玲伊さんは楽しげに目を輝かせて言った。
「白状すると、これ、来月のイベント用の試作品なんだ。コンセプトはダイエット中も楽しめるアフタヌーン・ティー・セット。優ちゃんの感想も聞かせてもらいたいな」
「そうなんですね。見た目、完璧ですね」
「味についても、そう言ってもらえたらいいんだけど。さ、召し上がれ。花も全部食べられるよ」
「はい、いただきます」と手を合わせて、フォークを手にした。
料理はどれも最高においしかった。
見た目も高級ホテルのアフタヌーン・ティーにまったく引けを取らない。
セイヴォリーには枝豆のテリーヌや小エビとディルのワンスプーン、サーモンとサワークリームのクラッカー、チキンハム。
紅いもモンブランや桃のギモーブ、シャインマスカットのタルト、とスイーツも充実していた。
それらのどのお菓子も、野菜や果物、豆乳クリーム、ココナッツシュガーやメイプルシロップなどを用いたマクロビ仕様だったけれど、普通のお菓子と比べても遜色ないおいしさだった。
「お世辞抜きで本当に美味しい。ダイエット用だとは思えないですよ。これ、絶対、話題になりますね」
「スイーツ好きの優ちゃんにお墨付きをもらえれば、一安心だ。今日のご褒美、本当はケーキにしようかとも思ったんだけど、今、食べちゃうとよけいに我慢できなくなるかと思ってね」
「うん、ケーキじゃなくて良かったです。抑えている分、絶対、反動が来るから」
贅沢すぎる午後のひとときだった。
地上を走る車の騒音は聞こえていたけれど、やかましいほどではない。
屋根を通した光が柔らかく、テーブルを包んでいる。
どこから飛んできたのか、鳥の囀りも聞こえる。
そして目の前にいるのは、くつろいだ顔でフルートグラスを傾けている玲伊さん。
本当の本当に夢のようで、まるで現実感がない。
そして、こんな素晴らしい時間を過ごしているのに、いや、素晴らしい時間だからこそ、わたしの心の内はすぐに切なさがこみあげてくる。
こんなに近くにいるのに、彼がけっして手の届かない存在だと思い知らされて。
でも、顔に出したらいけない。
なぜか玲伊さんには、すぐに見破られてしまうし。
暗い顔なんか見せたら、こんな素敵な機会を提供してくれた玲伊さんに申し訳なさすぎる。
わたしはフルートグラスを手に取って、ぐいっと一口飲んだ。
急激にアルコールが回り、頬が火照ってくる。
玲伊さんもグラスをあけて、2杯目をついでいる。
「昼から気持ちよく酔えそうだ。それも休日の醍醐味だからな。鳥が鳴いてるね。鳥だけじゃなくて、こんな屋上にも、たまに蝶や蜂がやってきたりするんだよ」
ワインのせいか、彼はいつもよりもさらに饒舌だ。
「そうなんですね。でも、ここがこんなに緑豊かだなんて思いもしませんでした。下から見ただけじゃ、わからないものですね」
「忙しくてなかなか散歩にも行けないから。だからせめてもの慰めに屋上緑化したんだよ」
「本当に素敵」
「ここで、何度かガーデン・パーティーしたこともあるよ」
きっと、そこに集う人たちは、玲伊さんみたいにきらめいている人ばかりなんだろう。
そのことが脳裏をかすめ、また、切なさの波に覆い尽くされる。
彼の世界とわたしの世界は、絶望に打ちひしがれてしまうほど、違う。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
88
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる