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第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス
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それから、ふたりでサロン正面の扉から廊下に出た。
玲伊さんの部屋に行くなら、内扉でいいんじゃないかなと思っていたら、玲伊さんはサロンの横の小さなドアの鍵を開けた。
「こっちへ来てごらん」
案内されたそこは、まるでセレクトショップの店内のように、きちんと仕分けされた洋服が収納されている小部屋だった。
「サイズはMが多いから、どれでも大丈夫だと思うよ」
「どうしたんですか、これ」
わたしは驚いて尋ねた。
「カタログ撮影するときに買い取らないといけないものがけっこうあってね。あ、ちゃんとクリーニングして保管してあるから」
玲伊さんは中から、薄紫色のボタニカル柄のオフショルダー・ワンピースを出して、わたしに当ててみた。
「これなんか、どう? よく似合いそうだ」
「ええ? 似合わないですよ、ぜったい。こういうデザインの服、着たことがないですし」
わたしが尻込みすると、玲伊さんは首を横に振る。
「だからこそ、だよ。きちんとした格好をして食事をするのもレッスンの一環だよ。一周年の日、ディナーパーティーにも出てもらうつもりだけど、そのときはイブニングドレスを着ることになる。その日のためにも、今から少しずつ、慣れておかないとね」
そう言われてしまうと、断れなくなってしまう。
わたしは「わかりました」と、そのワンピースを受け取った。
「じゃあ、着替えたら部屋に来て。前に使ったサロンの奥にある入り口、わかるよね」
「はい」
わたしをその場に残して、彼は出ていった。
なんとか着てみたけれど、やっぱり肩のあたりが心もとない。
鏡に映してみても、似合っているとは思えない。
おずおずと玲伊さんの部屋に入っていくと、彼も私服に着替えていた。
胸ポケットから淡いオレンジ色のチーフをのぞかせたブルーの麻のジャケットに水色のシャツと生成りのパンツを合わせている。
カジュアルなのに、上品でとっても様になっている。
本当に何でも着こなしてしまう人だ。
彼はわたしの前に立った。
「思ったとおりだ。よく似合ってるよ」
そう言うと、手に持っていたレースのストールをわたしの肩にかけた。
「日焼けは禁物だからね」
ふと、目の前に立つ玲伊さんと、視線がぶつかる。
彼は柔らかな笑みを浮かべて、わたしを見つめている。
そんな顔で見つめないでほしい。
胸が苦しくなるから。
わたしは咄嗟に目線をそらした。
玲伊さんは特に気にしたふうもなく、ストールから手をはずし、こっちへと言って、歩きはじめた。
ビルの最上階にある、玲伊さんの部屋はメゾネットタイプで室内に階段がある。
そこを上がると、突き当りに屋上に出るためのドアがあった。
「どうぞ」
玲伊さんがノブを回して押し開くと、目に入ってきたのは、芝生の緑。
「すごい……」
わたしは思わず声を上げた。
目の前に、とても都会の中心部にあるビルの屋上とは思えない、立派な庭園が広がっていた。
タイルが敷かれた通路に沿って、シルバークレストの大きな鉢や色とりどりの花の寄せ植えが置かれている。
またフェンスぞいには花壇も作られている。
彼はまずわたしをそこに案内した。
「ここでエディブルフラワーやハーブを育てているんだ。レストランやカフェで使うためのね」
そして芝生の中央には、斜めの木枠と波打つ白い布製の屋根が印象的な東屋があり、その下にテーブルと椅子が置かれていた。
テーブルには、華やかに盛り付けられた二人分のアフタヌーンティー・スタンドがすでにセッティングされていた。
「うわ、華やかですね!」
「ひと月、よく頑張ったね。ご褒美はこれ。うちのレストランのシェフとパティシエに作らせたスペシャル・アフタヌーン・ティーだよ」
玲伊さんは恭しく、わたしの椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
わたしが座ると、彼も正面の席に腰を下ろした。
玲伊さんの部屋に行くなら、内扉でいいんじゃないかなと思っていたら、玲伊さんはサロンの横の小さなドアの鍵を開けた。
「こっちへ来てごらん」
案内されたそこは、まるでセレクトショップの店内のように、きちんと仕分けされた洋服が収納されている小部屋だった。
「サイズはMが多いから、どれでも大丈夫だと思うよ」
「どうしたんですか、これ」
わたしは驚いて尋ねた。
「カタログ撮影するときに買い取らないといけないものがけっこうあってね。あ、ちゃんとクリーニングして保管してあるから」
玲伊さんは中から、薄紫色のボタニカル柄のオフショルダー・ワンピースを出して、わたしに当ててみた。
「これなんか、どう? よく似合いそうだ」
「ええ? 似合わないですよ、ぜったい。こういうデザインの服、着たことがないですし」
わたしが尻込みすると、玲伊さんは首を横に振る。
「だからこそ、だよ。きちんとした格好をして食事をするのもレッスンの一環だよ。一周年の日、ディナーパーティーにも出てもらうつもりだけど、そのときはイブニングドレスを着ることになる。その日のためにも、今から少しずつ、慣れておかないとね」
そう言われてしまうと、断れなくなってしまう。
わたしは「わかりました」と、そのワンピースを受け取った。
「じゃあ、着替えたら部屋に来て。前に使ったサロンの奥にある入り口、わかるよね」
「はい」
わたしをその場に残して、彼は出ていった。
なんとか着てみたけれど、やっぱり肩のあたりが心もとない。
鏡に映してみても、似合っているとは思えない。
おずおずと玲伊さんの部屋に入っていくと、彼も私服に着替えていた。
胸ポケットから淡いオレンジ色のチーフをのぞかせたブルーの麻のジャケットに水色のシャツと生成りのパンツを合わせている。
カジュアルなのに、上品でとっても様になっている。
本当に何でも着こなしてしまう人だ。
彼はわたしの前に立った。
「思ったとおりだ。よく似合ってるよ」
そう言うと、手に持っていたレースのストールをわたしの肩にかけた。
「日焼けは禁物だからね」
ふと、目の前に立つ玲伊さんと、視線がぶつかる。
彼は柔らかな笑みを浮かべて、わたしを見つめている。
そんな顔で見つめないでほしい。
胸が苦しくなるから。
わたしは咄嗟に目線をそらした。
玲伊さんは特に気にしたふうもなく、ストールから手をはずし、こっちへと言って、歩きはじめた。
ビルの最上階にある、玲伊さんの部屋はメゾネットタイプで室内に階段がある。
そこを上がると、突き当りに屋上に出るためのドアがあった。
「どうぞ」
玲伊さんがノブを回して押し開くと、目に入ってきたのは、芝生の緑。
「すごい……」
わたしは思わず声を上げた。
目の前に、とても都会の中心部にあるビルの屋上とは思えない、立派な庭園が広がっていた。
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またフェンスぞいには花壇も作られている。
彼はまずわたしをそこに案内した。
「ここでエディブルフラワーやハーブを育てているんだ。レストランやカフェで使うためのね」
そして芝生の中央には、斜めの木枠と波打つ白い布製の屋根が印象的な東屋があり、その下にテーブルと椅子が置かれていた。
テーブルには、華やかに盛り付けられた二人分のアフタヌーンティー・スタンドがすでにセッティングされていた。
「うわ、華やかですね!」
「ひと月、よく頑張ったね。ご褒美はこれ。うちのレストランのシェフとパティシエに作らせたスペシャル・アフタヌーン・ティーだよ」
玲伊さんは恭しく、わたしの椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
わたしが座ると、彼も正面の席に腰を下ろした。
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