上 下
45 / 91
第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス

しおりを挟む
 これが今日限りじゃなくてしばらく続くなんて知られたら、世間に数多あまた存在する、玲伊さんファンの恨みを買いそうだ。
 
 ドライヤーで乾かし終わると、玲伊さんはわたしの髪を手に取って、ちょっと眉をしかめた。

「うーん、やっぱり一日おきにトリートメントや頭皮マッサージをする必要があるし、週一でオイルパックもしないと。ヘア専門のパーツモデルができるクオリティまで持っていきたいからね。ちょっと大変だけど頼むよ。中途半端な施術はしたくないから」

「わかりました」

 玲伊さんはわたしのケープを外してくれた。

「でも思ったよりもすぐに良い結果が出せそうだ。優ちゃんは性格だけじゃなくて髪も素直で助かるよ」

「髪はわかりませんが……性格はぜんぜん素直じゃないです」
「いや、そんなことはない。素直で正直で真面目だよ、優ちゃんは」
 そう言って、玲伊さんはにっこり微笑んだ。

 セット椅子から降り、わたしは「ありがとうございました」と頭を下げた。

「どういたしまして。さてと、これからすぐ、海外とのリモート会議があってね」
 
 サロンを出ると、玲伊さんは先に立って歩き、エレベーターホールまで送ってくれた。

「店まで送っていけなくてごめんな」
「そんな……大丈夫です。まだそんな遅くないし、目と鼻の先ですから」
「でも、夜には違いないんだから、気をつけて帰れよ」

 じゃあ、またな、とハグしようとしてきた玲伊さんを、わたしは慌てて手を前に出して制した。

「ん?」
「あの……できればハグはなしで」

 わたしは頭を下げてお願いした。
 顔を上げると、玲伊さんはちょっと眉を寄せている。
 
「俺にハグされるのは嫌?」

 そんなストレートに聞かれると困るんだけど。

 わたしは首を振った。
「嫌じゃないんですけど」
「けど?」

 そんな風に見つめないでほしい。

「この間のお話で、ハグに効用があるのはわかりました。でも、わたし……男の人にハグされたの初めてで、ドキドキしすぎて、夜、よく眠れなくなっちゃって」

 玲伊さんは一瞬、目を丸くして、それから、痛みをこらえるときのように額に手を当て、そのまましばらくじっとしていた。

「玲伊さん?」

「優ちゃん……可愛すぎるって。それ、ちょっと反則」
 玲伊さんはぼそぼそっと呟いた。

「えっ?」
 わたしが首をかしげて聞き返すと、今度は普通の声で言った。

「わかったよ。じゃあハグはなしにする。また寝不足になっても困るしな」

 それから、わたしの頭に手をのせて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「じゃあな。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」

 玲伊さん、ハグを嫌がったりして、気を悪くしたかな。
 でも、もうしたくなかったから。 

 大好きな人と挨拶だけのハグなんて。

 それに……
 玲伊さんには彼女がいるのに。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,580

くすぐり小説【くすぐりたい人をくすぐるだけ】

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:1,270pt お気に入り:92

出会い…おじさま

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

【R18】星屑オートマタ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:180

おれはお前なんかになりたくなかった

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:52

初恋旅行に出かけます

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:51

FLORAL《番外編》『敏腕社長の結婚宣言』

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:53

異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:674

処理中です...