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第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス

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 玲伊さんへの叶わない想いと、とうとう撮影がはじまるという緊張でほぼ眠れないまま、月曜日の朝になった。
 
 午前10時に指定された4階のドレスレンタルショップに行くと、すでに、玲伊さんと岩崎さん、そしてKALENの紀田さんとカメラマンのSHIHOさんという女性が待っていた。

「とうとう今日からだね」
 と言ってから、玲伊さんはわたしの顔を見て、うーんと一言。

「よく眠れなかっただろう。目の下にクマができてる」
「わ、目立ちますか?」
「ちょっとね」

 玲伊さんは岩崎さんに「俺のメイク道具、持ってきてくれる」と頼み、それから、わたしの頬を両手で包んだ。

 驚いて顔を上げると、彼はむにむにとわたしの頬をマッサージした。
「見てわかるぐらいひきつってる。そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

 人前で平気でそんなことをする玲伊さん。
 彼にはどうしてもわたしが小さい子供に見えるらしい。

 そのことが少しずつ、わたしの心に傷を増やしてゆく。

 わたしは彼の手から逃れて、ちょっと強い口調で言った。
「でも、わたしにとっては、雑誌に載るなんて人生の一大事ですから。緊張するなっていうほうが無理です」

 玲伊さんがぷっと吹き出す。
「ずいぶん大げさだな」

「いえ、このビルにこんなに頻繁に来ること自体、わたしにとっては、すでに特別な出来事ですから」
「そうだったな。今まで、どれだけ誘っても来てくれなかったもんな」と、ちょっと恨みがましい目を向けられる。

「そうでしたっけ」

 わたしの態度がこの前の夜とはまったく違うと気づいたのか、玲伊さんは少し眉を寄せてこっちを見た。
 でも、他の人の手前もあるからか、それ以上何も言わなかった。

 眠れなかった昨日の夜、わたしは玲伊さんに対して、心のなかに防御線を引くことを決心していた。

 もう、これ以上、好きにならないように。
 そうでもしなければ、これからの数カ月間、きっと耐えられない。

 そんなわたしたちの前に、白いカットソーに黒いパンツ姿の紀田さんが微笑みながら、歩み寄ってきた。

「加藤さん。これから、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いいたします」とわたしも頭を下げた。

「オーナー、お持ちしました」
 岩崎さんからメイク道具を受け取ると、玲伊さんはわたしにさっとメイクを施した。
 点検するように眺め、そしてひとつ頷くとわたしに手鏡を渡した。

「すごい。クマ、なくなってますね」
「今度、コンシーラーの使い方、レクチャーするよ。じゃ、俺は行くから」
「れい……、あ、香坂さん、わざわざありがとうございました」

 彼は片手を少し上げて答えると、部屋から出ていった。

 わたしは内心、ほっとした。

 彼の前で撮影されるのは、めちゃくちゃ恥ずかしいと思っていたから。

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