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第3章 〈くろいうさぎ〉の切ない願い

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 《じゃ、わたし、これからさき、いつもあなたといっしょにいるわ

  いつも いつも、いつまでも? 
 くろいうさぎがききました。

  いつも いつも、いつまでも!
 しろいうさぎはこたえました》

(『しろいうさぎとくろいうさぎ』ガース・ウイリアムズ作 まつおかきょうこ訳 福音館書店)

「わあ、すてきなお話」
「うさぎさんたち、結婚したんだぁ。良かったぁ」

 読み終わると、鳴海ちゃんと愛美ちゃんはうっとりと顔を紅潮させた。
 悟くんひとり、退屈そうにたたみでごろごろしていた。

 玲伊さんと出会ったころ、この絵本はわたしの一番のお気に入りだった。

 なぜなら、玲伊さんが読んでくれた本だったから。

 毎晩、かならず読んでから眠った。
 彼の声を思い出しながら。
 
 そして、いつも願っていた。
 しろいうさぎみたいに、玲伊さんのお嫁さんになって、ずっとずっと一緒にいられたら、と。

 でも兄や玲伊さんが中学生になって、三人で遊ばなくなってからは、この本を押し入れの一番奥の箱にしまい込んだ。

 〈くろいうさぎ〉の悲しい顔が、自分の切なさと重なって、読むのがつらくなってしまったから。
 
 5時過ぎに、愛美ちゃんや悟くんはお迎えが来て帰っていった。
 わたしは店の仕事に戻り、一人になった鳴海ちゃんは、畳の間で宿題をしていた。

 しばらくすると、外から、6時を知らせる音楽が聞こえてきた。

「お母さん、遅いね」
 わたしが畳の間に顔を出すと、鳴海ちゃんは「優お姉さん、ちょっと来て」と声をかけてきた。

「この問題、わかる?」
「うーん、5年の算数、難しいよね。できるかな」
 割合を求める文章題をふたりで考えているとき、からからと引き戸が開く音がした。

「あ、お母さん、来たみたいだよ」
「じゃあ、片づける」

 鳴海ちゃんがノートや筆箱をランドセルにしまいはじめたとき、居間と店の間にかかっている暖簾がめくられた。
 顔をのぞかせたのは、鳴海ちゃんのお母さんではなく、玲伊さんだった。

「読み聞かせ、もう終わっちゃった?」
「えっ? あれ、玲伊さん。なんで?」
「モデルの件、藍子さんに話に来たんだよ。優ちゃんの読み聞かせも、と思ったんだけど」

 急に顔を出されると、心の準備が出来ていなくて、ついドキッとしてしまう。
 
 そんなわたしを見て、鳴海ちゃんは不思議そうに言った。

「わ、優お姉さん、どうしたの? 顔真っ赤だよ」

「えっ?」と言って、両手を頬に当てたとき。

「遅くなってごめんなさい」と、今度こそ鳴海ちゃんのお母さんがやってきた。

「お母さん、遅いよー」
 鳴海ちゃんは居間から店に降り、お母さんのそばに駆け寄っていった。

 ごめんね。お仕事が長引いちゃってと言いながら、遅れてそばに行ったわたしに、レジ袋に入ったメロンを渡してくれた。

「優紀さん。これ、おばあちゃんと食べて」
「わ、すごい、美味しそう。どうしたんですか?」
「親戚から送ってきたのよ。うちじゃ食べきれないから」

「ありがとうございます」
 わたしが頭を下げると、彼女はううんと首を振る。

「こちらこそ。本当に助かっているのよ。水曜日は無理やり仕事を切り上げなくていいから。じゃ、鳴海、帰ろうか」

「うん。優お姉さん、バイバイ」

「バイバイ」
 わたしと同時に玲伊さんも挨拶をした。

 聞きなれない男の人の声に、鳴海ちゃんのお母さんはつられて彼のほうに目を向けた。

 そして、「えっ、嘘」と言いながら、口に手を当てた。

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