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第1章 表通りのビューティーサロンと裏通りの本屋
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勤めていたのは、大手出版社の子会社で、ビル管理を中心とした不動産会社。
話し下手で面接が苦手なわたしはなかなか内定が得られず、伝手をたどって、ようやく入社できた会社だった。
数少ない短大卒の女子同期のひとりに、親会社の重役令嬢がいた。
桜庭乃愛という、まるでアイドルのような名前を持つ彼女は、言ってみれば同期内の女王的存在できつい性格だと評判の人物だった。
父親の威光はこの子会社まで及んでいて、上司でさえ、入社したばかりの彼女のご機嫌をうかがっているようなところがあった。
彼女のようなタイプが苦手だったわたしは、極力関わりを持たないように気をつけていた。
桜庭さんの方も、取り立てて特徴のないわたしは眼中になかったらしく、初めのうちは特に問題なく日々を過ごしていた。
けれど、研修が終わり、彼女と同じ課に配属されて半年をだいぶ過ぎた頃、状況は一変した。
課内で手がけていた大きなプロジェクトがひと段落し、心機一転と、営業とアシスタントの組み換えが行われた。
わたしが担当することになった田辺さんの前任者が、その、桜庭さんだった。
「いやあ、担当が加藤さんに変わって、本当に良かったよ」
田辺さんは、桜庭さんがいないときを見計らって、わたしにそう耳打ちした。
「乃愛ちゃん、電話対応でクライアント怒らせるし、書類不備も多いし、本当、大変でさぁ」
「……そうですか」
一言、そう答えただけで、わたしは決して彼に同調して、桜庭さんを揶揄したりはしなかった。
でも、飲み会でその話を聞いた誰かが、面白がって大げさに話を盛ったらしい。
数日後、会社に行くと、なぜかわたしが「桜庭さん、仕事ができなくて田辺さんが困ったらしいよ」と言いふらしていたという噂が広まっていた。
誤解はすぐ解けたけれど、それ以来、わたしは完全に桜庭さんにマークされてしまった。
もともと内気な人見知りで、職場の人たちと表面的な付き合いしかしてこなかったことが、仇となった。
そのため親身になってくれるような味方もなく、会社に行くのがとてもつらくなった。
一方、桜庭さんには男女ともに取り巻きが多く、仲間内のSNSでわたしの態度や服装、そしてミスしたことなんかをあげつらって、笑い者にしていたらしい。
その中のひとりが、善意からそのことをわたしにこっそり教えてくれたのだけれど、逆に知らない方が良かった。
それを知ってからは、会社にいる間中、自分が人からどう思われているのか、そればかりが気になるようになってしまった。
今考えれば、あの忠告は善意からではなく悪意からだったのかもしれない。
勤めていたのは、大手出版社の子会社で、ビル管理を中心とした不動産会社。
話し下手で面接が苦手なわたしはなかなか内定が得られず、伝手をたどって、ようやく入社できた会社だった。
数少ない短大卒の女子同期のひとりに、親会社の重役令嬢がいた。
桜庭乃愛という、まるでアイドルのような名前を持つ彼女は、言ってみれば同期内の女王的存在できつい性格だと評判の人物だった。
父親の威光はこの子会社まで及んでいて、上司でさえ、入社したばかりの彼女のご機嫌をうかがっているようなところがあった。
彼女のようなタイプが苦手だったわたしは、極力関わりを持たないように気をつけていた。
桜庭さんの方も、取り立てて特徴のないわたしは眼中になかったらしく、初めのうちは特に問題なく日々を過ごしていた。
けれど、研修が終わり、彼女と同じ課に配属されて半年をだいぶ過ぎた頃、状況は一変した。
課内で手がけていた大きなプロジェクトがひと段落し、心機一転と、営業とアシスタントの組み換えが行われた。
わたしが担当することになった田辺さんの前任者が、その、桜庭さんだった。
「いやあ、担当が加藤さんに変わって、本当に良かったよ」
田辺さんは、桜庭さんがいないときを見計らって、わたしにそう耳打ちした。
「乃愛ちゃん、電話対応でクライアント怒らせるし、書類不備も多いし、本当、大変でさぁ」
「……そうですか」
一言、そう答えただけで、わたしは決して彼に同調して、桜庭さんを揶揄したりはしなかった。
でも、飲み会でその話を聞いた誰かが、面白がって大げさに話を盛ったらしい。
数日後、会社に行くと、なぜかわたしが「桜庭さん、仕事ができなくて田辺さんが困ったらしいよ」と言いふらしていたという噂が広まっていた。
誤解はすぐ解けたけれど、それ以来、わたしは完全に桜庭さんにマークされてしまった。
もともと内気な人見知りで、職場の人たちと表面的な付き合いしかしてこなかったことが、仇となった。
そのため親身になってくれるような味方もなく、会社に行くのがとてもつらくなった。
一方、桜庭さんには男女ともに取り巻きが多く、仲間内のSNSでわたしの態度や服装、そしてミスしたことなんかをあげつらって、笑い者にしていたらしい。
その中のひとりが、善意からそのことをわたしにこっそり教えてくれたのだけれど、逆に知らない方が良かった。
それを知ってからは、会社にいる間中、自分が人からどう思われているのか、そればかりが気になるようになってしまった。
今考えれば、あの忠告は善意からではなく悪意からだったのかもしれない。
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