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彼は「片づけますね」と立ち上がった。
「いいよ、今日はわたしがやるから。向こうで座ってて」というと「じゃあ、ふたりで。その方が早く済むから」と重ねた食器をキッチンに運びはじめた。
洗いものが終わり、タオルで手を拭きながら、浅野くんがこっちを見た。
「ちょっと飲み足りなくないですか?」
嬉しかった。本音を言えば、これでお開きににして、別々の部屋に戻るのはとても寂しい気がしていた。
「うん、明日休みだし、もうちょっと飲もうか」
そう返すと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、向こうで待っててください」
浅野くんはそう言って、冷蔵庫のドアに手をかけた。
ソファーで待っていると、浅野くんはカクテルを手にやってきた。
「うわ、綺麗だね」
透明のグラスのなかで、ブルーと黄金色の液体が二層になっている。
「すごい。浅野くん、カクテルも作れるんだ」
「カクテルとも言えませんけどね。ブルーキュラソーの上にビールを注いだだけですから」
グラスをテーブルにおくと、彼は隣に腰を下ろした。
そしてグラスの中身をマドラーでかき混ぜ始めた。
「二層にわかれているほうが見た目はいいけど、混ぜないとただのビールとキュラソーだから」
わたしのグラスに手を伸ばしたとき、一瞬、彼の脚がわたしの脚に触れた。
どきりと心臓が跳ね、わたしはさりげなく座りなおした。
その素振りに気づいたのか、気づかなかったのかわからない。
彼はただ微笑みを浮かべて「どうぞ」とグラスを手渡してくれた。
「あらためて乾杯」
「あ、飲みやすい」
「けっこういけるでしょう」
「うん」
カクテルの後、残っていたワインも飲んだ。
お酒に強くないのに、少しでも彼と一緒にいる時間を引き延ばしたくて、つい許容量を越していた。
アルコールが回ってきて、視界がぼやけてくる。
そして酔いにまかせて、彼の端正な横顔を見つめつづけていた。
気づいた浅野くんの視線とわたしの視線が絡まる。
「そんな、とろんとした目をして……ガード甘すぎなんだけど」
彼は小さくため息をついてから、少し落とした声音で囁いた。
「梶原さん」
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
どうしてこんなに心臓がばくつくんだろう。
「なに?」
自分の声なのに、遠くで響いているように聞こえる。
浅野くんは手にしていたグラスをサイドテーブルに置いた。
それからもう一度、さっきより深くため息をついた。
白々しいほど和やかだった空気が急激に濃度を増した、気がした。
「ずっと……我慢してたんだ、本当は」
そう言うと、彼はゆっくりとわたしに手を伸ばしてきた。
そして、壊れ物を扱うように、そっと頬に触れた。
そのすべてがまるで夢のなかの出来事のようで、わたしはただ、トパーズのように美しく煌めいている彼の瞳を見つめつづけていた。
「前に言ったこと覚えてる? 俺に好きな人がいるって」
わたしはゆっくり頷いた。
長くしなやかな美しい指がわたしの頬をなぞりだす。
それから指に絡めた髪にそっと口づけ、目だけをわたしに向けた。
「はじめて会ったときからずっと好きだった。伊川さんの彼女だって知ってからも、諦められなくて」
「浅野……くん」
「まだ彼が好き?」
わたしはゆっくりと首を横に振った。
「もう、彼への想いはかけらも残ってない。自分でも不思議なぐらい」
「茉衣さん」
アルコールのせいで、いくぶん上気した顔が近づいてくる。
わたしは目を閉じた。
もうとっくに浅野くんが好きになっていた。
少し意地悪だけれど、いつでもわたしを優しく包み込んでくれる彼のことが。
宣人と別れて、たった1週間しか経っていないから、節操のない女と思われるのが怖くて、気持ちが表せなかっただけで。
それでも、彼の唇が軽く触れたとき、わたしは思わず身をこわばらせて身体をそらし、言った。「だめ」と。
ゆっくり目を開けると、浅野くんが切なげに眉を寄せていた。
「俺じゃだめ?」
わたしは大きく首を振った。
「そうじゃない。本当にわたしなんかでいいの? あなたにまったくふさわしくないのに。3歳も年上だし。浅はかだし。打算で宣人と付き合ってた。あの人の彼女だという優越感を捨てられなくて、それにしがみついて……」
彼は指を立て、わたしの唇に触れた。
「もう、何も言わなくていい」
手がわたしの肩を優しく引き寄せる。
「愛してる」
「浅野……くん」
その言葉ごと飲み込むように、彼は唇を重ねてきた。
軽いキスを何度も繰り返しているうちに、わたしの身体から力が抜けていった。
「ずっと欲しかった、あなたが」
そう囁き、また口づけを交わす。もっとずっと深いキスを。
「いいよ、今日はわたしがやるから。向こうで座ってて」というと「じゃあ、ふたりで。その方が早く済むから」と重ねた食器をキッチンに運びはじめた。
洗いものが終わり、タオルで手を拭きながら、浅野くんがこっちを見た。
「ちょっと飲み足りなくないですか?」
嬉しかった。本音を言えば、これでお開きににして、別々の部屋に戻るのはとても寂しい気がしていた。
「うん、明日休みだし、もうちょっと飲もうか」
そう返すと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、向こうで待っててください」
浅野くんはそう言って、冷蔵庫のドアに手をかけた。
ソファーで待っていると、浅野くんはカクテルを手にやってきた。
「うわ、綺麗だね」
透明のグラスのなかで、ブルーと黄金色の液体が二層になっている。
「すごい。浅野くん、カクテルも作れるんだ」
「カクテルとも言えませんけどね。ブルーキュラソーの上にビールを注いだだけですから」
グラスをテーブルにおくと、彼は隣に腰を下ろした。
そしてグラスの中身をマドラーでかき混ぜ始めた。
「二層にわかれているほうが見た目はいいけど、混ぜないとただのビールとキュラソーだから」
わたしのグラスに手を伸ばしたとき、一瞬、彼の脚がわたしの脚に触れた。
どきりと心臓が跳ね、わたしはさりげなく座りなおした。
その素振りに気づいたのか、気づかなかったのかわからない。
彼はただ微笑みを浮かべて「どうぞ」とグラスを手渡してくれた。
「あらためて乾杯」
「あ、飲みやすい」
「けっこういけるでしょう」
「うん」
カクテルの後、残っていたワインも飲んだ。
お酒に強くないのに、少しでも彼と一緒にいる時間を引き延ばしたくて、つい許容量を越していた。
アルコールが回ってきて、視界がぼやけてくる。
そして酔いにまかせて、彼の端正な横顔を見つめつづけていた。
気づいた浅野くんの視線とわたしの視線が絡まる。
「そんな、とろんとした目をして……ガード甘すぎなんだけど」
彼は小さくため息をついてから、少し落とした声音で囁いた。
「梶原さん」
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
どうしてこんなに心臓がばくつくんだろう。
「なに?」
自分の声なのに、遠くで響いているように聞こえる。
浅野くんは手にしていたグラスをサイドテーブルに置いた。
それからもう一度、さっきより深くため息をついた。
白々しいほど和やかだった空気が急激に濃度を増した、気がした。
「ずっと……我慢してたんだ、本当は」
そう言うと、彼はゆっくりとわたしに手を伸ばしてきた。
そして、壊れ物を扱うように、そっと頬に触れた。
そのすべてがまるで夢のなかの出来事のようで、わたしはただ、トパーズのように美しく煌めいている彼の瞳を見つめつづけていた。
「前に言ったこと覚えてる? 俺に好きな人がいるって」
わたしはゆっくり頷いた。
長くしなやかな美しい指がわたしの頬をなぞりだす。
それから指に絡めた髪にそっと口づけ、目だけをわたしに向けた。
「はじめて会ったときからずっと好きだった。伊川さんの彼女だって知ってからも、諦められなくて」
「浅野……くん」
「まだ彼が好き?」
わたしはゆっくりと首を横に振った。
「もう、彼への想いはかけらも残ってない。自分でも不思議なぐらい」
「茉衣さん」
アルコールのせいで、いくぶん上気した顔が近づいてくる。
わたしは目を閉じた。
もうとっくに浅野くんが好きになっていた。
少し意地悪だけれど、いつでもわたしを優しく包み込んでくれる彼のことが。
宣人と別れて、たった1週間しか経っていないから、節操のない女と思われるのが怖くて、気持ちが表せなかっただけで。
それでも、彼の唇が軽く触れたとき、わたしは思わず身をこわばらせて身体をそらし、言った。「だめ」と。
ゆっくり目を開けると、浅野くんが切なげに眉を寄せていた。
「俺じゃだめ?」
わたしは大きく首を振った。
「そうじゃない。本当にわたしなんかでいいの? あなたにまったくふさわしくないのに。3歳も年上だし。浅はかだし。打算で宣人と付き合ってた。あの人の彼女だという優越感を捨てられなくて、それにしがみついて……」
彼は指を立て、わたしの唇に触れた。
「もう、何も言わなくていい」
手がわたしの肩を優しく引き寄せる。
「愛してる」
「浅野……くん」
その言葉ごと飲み込むように、彼は唇を重ねてきた。
軽いキスを何度も繰り返しているうちに、わたしの身体から力が抜けていった。
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