伏線回収の夏

影山姫子

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「私だって女よ。みにくい顔の傷は見られたくないわ」

「十文字にやられたんだな……」

 詰問口調きつもんくちょうで俺はいった。

「また、そうやってすぐに決めつける」
 
 うんざり顔で利奈は返した。

「決めつけついでにいわせてくれ。ある夜、ここで、きみは背後から十文字の頸動脈を切りつけた。切られた十文字は危険を感じた。彼は空手の有段者だ。その瞬間、かつてみがいた空手家としての本能がよみがえったんだろう。背後にいる敵に向かって、体を反転、十文字はきみに、左の裏拳うらけんを叩き込んだんだ。きみは左頬に裂傷を負った。髪の分け目を変えて、その傷を隠さざるを得なかったんだ」

「ミステリー作家としてのさが? すべてを犯罪に結びつけたくて仕方ないのね。もう一回いわせてくれる? 現実のパズルのピースはそう単純にははまらないものなのよ」

「『夜中に目が覚めてトイレにいこうとしたら、寝ぼけて廊下のカドにぶつけちゃったの』そんないいわけをきみは考えているんじゃないか」

「残念。廊下のカドじゃなくて、洗面所の扉よ」

「いい加減にしてくれ」
 
 俺は利奈に詰め寄った。利奈はあとずさりして、カーペットの次のXに移動した。

「警察を呼ぼう。警察を呼んで、あの天井裏にあるものを確認してもらおう」
 
 最早もはやそれしか方法はない。

 俺の言葉に、利奈が初めてうろたえを見せた。

「ダメ、それだけはダメ。もう一度いわせてくれる? 現実のパズルはこんなに上手に嵌らないのよ」
 
 なぜ利奈はその言葉を繰り返す? 現実? パズル? 
 
 俺が動くと利奈も動いた。カーペットのXの上に。
 
 その瞬間、真実の光が俺の頭をつらぬいた。

 そうか、そういうことだったのか……。

「騙したな」
 
 逃げようとする利奈の右腕をつかむ。彼女の体を引き寄せる。俺は右手の親指を彼女の左頬に押し当てた。

 赤茶色のかさぶたの傷口。

 ゆっくり力を入れていく。それがずるりと利奈の頬からげ落ちた……。
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