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利奈の蒼い花柄のワンピースのエリが空調の風にそよいでいる。俺たちは相変わらず、アトリエ中央のテーブルを挟んで向かい合っている。皿に山盛りの桃はそのままだ。
やがて、呆れか、諦めか。利奈が、はあっと大きなため息を吐き出した。
「長々とご苦労様でした」
不満そうに、カーペットのXのキズをスリッパの先で蹴っている。
「さすがは小説家ね。でたらめをこれだけ本当っぽく話せるのも才能だわ」
「最初にもいったよな。反論は受けつける」
「反論も何も。あなたの推理には、丸っきり、いっさい、物証がないじゃない」
「今のところはな」
「それがあそこにあるっていうのね」
利奈はアトリエの高い天井を見上げた。正方形のパネル式の合板が規則正しく並べられている天井だった。
「答え合わせをしてみましょうよ。どうぞ、使って」
利奈に促され、俺は壁際から銀色の折りたたみ式のハシゴを運んだ。
「この辺りだな」
ハシゴを広げ、扉の位置から測っていけば、おおよその位置は測定できる。俺はハシゴを北側の壁に立てかけた。
「騎士道精神。男のあなたが上ってよ」
「レディファースト。女のきみが上ってくれ」
「最悪のフェミニストがいたものね。女子にハシゴを上らせるの? 私、スカートよ」
「気にしてる場合じゃない。自分の無実がかかってる」
「全部あなたのいいがかり。最初からそこにないものを、ないって証明する必要はないわ。あなたこそ、推理の真偽がかかっているのよ。上るべきだわ」
「きみにハシゴを倒される」
「どうして?」
「俺の口を封じるためさ。すりこぎですられて、動物のエサになるのはごめんだ」
「あなたは本当に私を悪魔のような女だと思っているのね」
「否定はしない」
「埒が明かないわ。じゃんけんでもする?」
利奈はおどけるようにいって、右の拳を振って見せた。
「たかだか三つの寓意記号に命を預ける気はしないな」
「カッコをつけてもダメ。あなたはただの臆病者だわ」
利奈はふふっと、左の横顔を見せて笑った。その横顔を、一瞬、空調の風がなぶっていった。長い黒髪がさらさらと風に散る。
そのまばらに揺れる髪の隙間に俺は見た。そして気づいた。利奈が真ん中分けから右横分けに髪型を変えた真の理由を……。
薄毛のせいなんかじゃない。利奈の左頬に浮かんだ、ごつごつした鉱石めいた赤茶色のかさぶた……。
「それを隠すためだったんだな」
俺は利奈の左の頬を指差した。
やがて、呆れか、諦めか。利奈が、はあっと大きなため息を吐き出した。
「長々とご苦労様でした」
不満そうに、カーペットのXのキズをスリッパの先で蹴っている。
「さすがは小説家ね。でたらめをこれだけ本当っぽく話せるのも才能だわ」
「最初にもいったよな。反論は受けつける」
「反論も何も。あなたの推理には、丸っきり、いっさい、物証がないじゃない」
「今のところはな」
「それがあそこにあるっていうのね」
利奈はアトリエの高い天井を見上げた。正方形のパネル式の合板が規則正しく並べられている天井だった。
「答え合わせをしてみましょうよ。どうぞ、使って」
利奈に促され、俺は壁際から銀色の折りたたみ式のハシゴを運んだ。
「この辺りだな」
ハシゴを広げ、扉の位置から測っていけば、おおよその位置は測定できる。俺はハシゴを北側の壁に立てかけた。
「騎士道精神。男のあなたが上ってよ」
「レディファースト。女のきみが上ってくれ」
「最悪のフェミニストがいたものね。女子にハシゴを上らせるの? 私、スカートよ」
「気にしてる場合じゃない。自分の無実がかかってる」
「全部あなたのいいがかり。最初からそこにないものを、ないって証明する必要はないわ。あなたこそ、推理の真偽がかかっているのよ。上るべきだわ」
「きみにハシゴを倒される」
「どうして?」
「俺の口を封じるためさ。すりこぎですられて、動物のエサになるのはごめんだ」
「あなたは本当に私を悪魔のような女だと思っているのね」
「否定はしない」
「埒が明かないわ。じゃんけんでもする?」
利奈はおどけるようにいって、右の拳を振って見せた。
「たかだか三つの寓意記号に命を預ける気はしないな」
「カッコをつけてもダメ。あなたはただの臆病者だわ」
利奈はふふっと、左の横顔を見せて笑った。その横顔を、一瞬、空調の風がなぶっていった。長い黒髪がさらさらと風に散る。
そのまばらに揺れる髪の隙間に俺は見た。そして気づいた。利奈が真ん中分けから右横分けに髪型を変えた真の理由を……。
薄毛のせいなんかじゃない。利奈の左頬に浮かんだ、ごつごつした鉱石めいた赤茶色のかさぶた……。
「それを隠すためだったんだな」
俺は利奈の左の頬を指差した。
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