伏線回収の夏

１７

「何をいうの！　そんなの嘘よ！　嘘っぱちよ！　なんてね。テレビのサスペンスドラマじゃあるまいし、髪をかきむしって、頭をかかえて、取り乱す気はないけれど。あなたには、その結論に至ったあなたなりの論理があるのでしょ？　物証、心証、直感、推理、なんでもいいわ。それをくわしく聞かせてよ。まずはその天井裏の凶器とやらを探してみる？」

「その必要はない。さっきわかったよ。果物ナイフだ。買い直さなくてもいいんじゃないか？　天井裏に優也が大事にしまってくれているはずだ。もっとも一度、人を切ったナイフじゃ、使う気もしないだろうけどね」

「私がそれで、十文字くんを切ったというのね？」

「それ以外は考えられない」

「こんな、か弱い、か細い乙女に、あんな野獣が殺せるかしら？」

「間違っていたら否定してくれ。その日きみは十文字の背中に近づいていった。夜、真っ暗闇、場所はここだろ？　ヤツはナニの真っ最中。後先あとさき忘れて夢中だったんだ」

「ナニだかカニだか知らないけれど。卑怯ひきょうにも私が十文字くんのセックスの最中を襲ったっていいたいのね。それにしたって普通気配でバレるでしょう。暗闇だって」

「ヤツはいつも、あの愛着のある十文字一号を使っていた。ギイギイギシギシ音を鳴らしてね。うしろから人が近づいたくらいじゃ気づかなかったんだ」

「それにしたって、十文字くんは背が大きいわ」

「バックの態勢で前屈まえかがみになっていたんだろう。ヤツはその体位が好きだった」

「あんなタンスみたいに分厚ぶあつい背中、女の私に刺せるわけがないじゃない」

「亜沙美の講義をここで一緒に聞いたじゃないか。十文字じゃなくたって、人を殺すのに背中は不利。殺すなら頸動脈が最適だってさ。きみも十文字の首筋を狙って切ったんだろ？　ただそこを切ると、大量の血が一気に吹き出す。十文字一号も、ここの床も、びしゃびしゃの血浸ちびたしになったんじゃないのかい？」

「今さらだけど十文字くんのお相手は誰よ？　真利亜？　亜沙美？　それともほかの女？」

「優也に決まってる」