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第廿話 新居
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叶夜に連れられ、隣を一緒に歩く蘭はあることが気になって仕方がなかった。
「なぁ……。今の……黒いもくもくしてた煙はなんだ?火の気はなかったし、何かが燃えているような匂いも感じなかった……。つまり、火事ではない……となると」
「あぁ、あれは姿眩ましの妖術だ。俺たちの居場所を突き止められないようにするためだ」
「へぇ……。というか、そこまでしないといけないもんなのか?」
「いいか蘭。お前はこれまでも、これからも守られるべき存在だって事を自覚しておけ。いくら俺たちが番になったからといって、未来永劫狙われない保障はねぇんだからな!」
「へぇ……、そうなんだ」
――蘭と初めて会ったときから感じていたことだが、こいつには危機感がないのか!?無防備にもほどがあるぞ……。
叶夜は小さくため息を漏らしながら続けた。
「現に、俺らの後を付けてきていた連中がいたのは確かだ。おそらく……甘味処から製薬所までは把握されているだろう」
「……えっ?……えぇっ!?」
付けられていた事にすら気付いていなかった蘭は、驚く事しかできなかった。
「大方、虎一族の下っ端だろう……。あいつらくらいなら神楽一人で対処できるさ」
「……神楽さんって、なんかすげぇんだな」
「あぁ。俺の有能な付人だからな」
得意気に話す叶夜に、蘭はほんの少しだけ見たことのない一面を目の当たりにしたような気がしていた。
そうして他愛のない話をしながら歩いて行くと、目の前に大きな邸が見えてきた。
「……でかっ!」
「ここが月影の本邸、向こうに見える小さめの邸が別邸だ。……と言っても、俺以外に住んでいるのは神楽と世話役数人なんだけどな」
「……へぇ」
――そういや俺、叶夜の家族について聞いたことなかったような……。いつか聞けるといいな……。
そんな事を思いながら、蘭は案内されるまま本邸へと足を進めた。邸の入り口へ着くと、扉の前には上下黒色の背広で身なりを整えた年配の男性が立っていた。
「お帰りなさいませ、叶夜様」
「ただいま、じぃや。今日からこの邸で共に暮らす俺の番、藤華九蘭だ」
すんなりと本名で紹介された蘭は、内心焦っていた。だが、その焦りを知られまいと必死に隠しながら挨拶をした。
「初めまして、藤華九蘭です。……本日よりよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。私はこの邸で長きにわたり世話役をしております、神蔵と申します。九蘭様、どうか私どもには気を遣わず、何なりとお申し付け下さいませ」
物腰の柔らかい口調に、蘭はどことなく華小路と似ているように感じていた。
「じぃや、部屋の準備はできているか?」
叶夜が上着を脱ぎながら邸へと入って行く後を、蘭は躓きながらも付いていった。
「勿論でございます。叶夜様のお隣に準備しております」
「部屋の案内が終わったら、食事にするから皆に伝えておいてくれ」
「承知しました」
叶夜は蘭へ手招きし、邸の案内を始めた。
玄関、居間、客間、台所、浴室――。これまでに見たことがない構造に蘭は戸惑っていた。それ以前に、叶夜が邸の人たちへ自身を紹介する際に『九蘭』と伝えていたことが気になっていた。
「叶夜」
「ん?」
「……なんで……俺のこと蘭じゃなくて九蘭って紹介したんだよ」
「蘭という名は青薔薇での名だろ。本来のお前の名じゃない。それに、青薔薇を出たら本名で過ごすのが掟なんじゃないのか?」
「……掟。そんなことは知らねぇ。……けど、確かに陽兄は俺の母さんが身請けされたとき、源氏名じゃなく本当の名前で第二の人生を歩んでた、って言ってたな」
「お前にも、これからは本当の名で過ごして欲しい。せっかくお前の両親が付けてくれた名だろう。だから俺も、今日からお前を九蘭と呼ぶ」
「……なんかこそばい感じがするけど」
「そのうち慣れるって!な、九蘭!」
「……わかったから今はあんまし呼ぶな。……恥ずかしいわ」
笑い声が邸内に響き渡り、その声を聞きながら台所で夕餉の準備していた料理番も、掃除をしていた使用人も笑顔でそれぞれの仕事をこなしていた。
夕餉時――。
九蘭は食事をしながら叶夜の仕事について話を聞かされていた。
「俺は基本的に日中は製薬所にいることが多い。研究室か執務室にはいる。時々時間外の会議も入っているけど、帰りは遅くならない」
「あぁ……うん」
「お前はこの邸から勝手に外へは出られない。俺と一緒の時じゃないと出られないように結界を張っている。これはお前を守るためだと理解してくれ」
「わかった」
叶夜は九蘭の反応に驚いていた。
――まさか……すんなりと返事が返ってくるとは思わなかった……。普通なら、監禁されてるみたいで嫌だ、とか言いそうなもんなのに……。
叶夜は九蘭を見つめながら静止していた。
「叶夜?……お~い、叶夜ってば」
「……っ!……あぁ、どこまで話したかな」
「邸からは叶夜と一緒じゃなきゃ出られない、ってとこまで」
「そうか……ありがとう。お前はそれでいいのか?」
「まぁ……邸から出られない、って普通は嫌かもしれないけど、青薔薇に居たときと何にも変わらないでしょ」
平然と答える九蘭に、叶夜は盛大に笑った。
「はっははははは。そうだよな、九蘭ならそう言ってくれるよな。ははははは」
「……ちょっ、笑いすぎだろ……」
二人の様子を使用人たちは微笑ましく見つめていた。
「なぁ……。今の……黒いもくもくしてた煙はなんだ?火の気はなかったし、何かが燃えているような匂いも感じなかった……。つまり、火事ではない……となると」
「あぁ、あれは姿眩ましの妖術だ。俺たちの居場所を突き止められないようにするためだ」
「へぇ……。というか、そこまでしないといけないもんなのか?」
「いいか蘭。お前はこれまでも、これからも守られるべき存在だって事を自覚しておけ。いくら俺たちが番になったからといって、未来永劫狙われない保障はねぇんだからな!」
「へぇ……、そうなんだ」
――蘭と初めて会ったときから感じていたことだが、こいつには危機感がないのか!?無防備にもほどがあるぞ……。
叶夜は小さくため息を漏らしながら続けた。
「現に、俺らの後を付けてきていた連中がいたのは確かだ。おそらく……甘味処から製薬所までは把握されているだろう」
「……えっ?……えぇっ!?」
付けられていた事にすら気付いていなかった蘭は、驚く事しかできなかった。
「大方、虎一族の下っ端だろう……。あいつらくらいなら神楽一人で対処できるさ」
「……神楽さんって、なんかすげぇんだな」
「あぁ。俺の有能な付人だからな」
得意気に話す叶夜に、蘭はほんの少しだけ見たことのない一面を目の当たりにしたような気がしていた。
そうして他愛のない話をしながら歩いて行くと、目の前に大きな邸が見えてきた。
「……でかっ!」
「ここが月影の本邸、向こうに見える小さめの邸が別邸だ。……と言っても、俺以外に住んでいるのは神楽と世話役数人なんだけどな」
「……へぇ」
――そういや俺、叶夜の家族について聞いたことなかったような……。いつか聞けるといいな……。
そんな事を思いながら、蘭は案内されるまま本邸へと足を進めた。邸の入り口へ着くと、扉の前には上下黒色の背広で身なりを整えた年配の男性が立っていた。
「お帰りなさいませ、叶夜様」
「ただいま、じぃや。今日からこの邸で共に暮らす俺の番、藤華九蘭だ」
すんなりと本名で紹介された蘭は、内心焦っていた。だが、その焦りを知られまいと必死に隠しながら挨拶をした。
「初めまして、藤華九蘭です。……本日よりよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。私はこの邸で長きにわたり世話役をしております、神蔵と申します。九蘭様、どうか私どもには気を遣わず、何なりとお申し付け下さいませ」
物腰の柔らかい口調に、蘭はどことなく華小路と似ているように感じていた。
「じぃや、部屋の準備はできているか?」
叶夜が上着を脱ぎながら邸へと入って行く後を、蘭は躓きながらも付いていった。
「勿論でございます。叶夜様のお隣に準備しております」
「部屋の案内が終わったら、食事にするから皆に伝えておいてくれ」
「承知しました」
叶夜は蘭へ手招きし、邸の案内を始めた。
玄関、居間、客間、台所、浴室――。これまでに見たことがない構造に蘭は戸惑っていた。それ以前に、叶夜が邸の人たちへ自身を紹介する際に『九蘭』と伝えていたことが気になっていた。
「叶夜」
「ん?」
「……なんで……俺のこと蘭じゃなくて九蘭って紹介したんだよ」
「蘭という名は青薔薇での名だろ。本来のお前の名じゃない。それに、青薔薇を出たら本名で過ごすのが掟なんじゃないのか?」
「……掟。そんなことは知らねぇ。……けど、確かに陽兄は俺の母さんが身請けされたとき、源氏名じゃなく本当の名前で第二の人生を歩んでた、って言ってたな」
「お前にも、これからは本当の名で過ごして欲しい。せっかくお前の両親が付けてくれた名だろう。だから俺も、今日からお前を九蘭と呼ぶ」
「……なんかこそばい感じがするけど」
「そのうち慣れるって!な、九蘭!」
「……わかったから今はあんまし呼ぶな。……恥ずかしいわ」
笑い声が邸内に響き渡り、その声を聞きながら台所で夕餉の準備していた料理番も、掃除をしていた使用人も笑顔でそれぞれの仕事をこなしていた。
夕餉時――。
九蘭は食事をしながら叶夜の仕事について話を聞かされていた。
「俺は基本的に日中は製薬所にいることが多い。研究室か執務室にはいる。時々時間外の会議も入っているけど、帰りは遅くならない」
「あぁ……うん」
「お前はこの邸から勝手に外へは出られない。俺と一緒の時じゃないと出られないように結界を張っている。これはお前を守るためだと理解してくれ」
「わかった」
叶夜は九蘭の反応に驚いていた。
――まさか……すんなりと返事が返ってくるとは思わなかった……。普通なら、監禁されてるみたいで嫌だ、とか言いそうなもんなのに……。
叶夜は九蘭を見つめながら静止していた。
「叶夜?……お~い、叶夜ってば」
「……っ!……あぁ、どこまで話したかな」
「邸からは叶夜と一緒じゃなきゃ出られない、ってとこまで」
「そうか……ありがとう。お前はそれでいいのか?」
「まぁ……邸から出られない、って普通は嫌かもしれないけど、青薔薇に居たときと何にも変わらないでしょ」
平然と答える九蘭に、叶夜は盛大に笑った。
「はっははははは。そうだよな、九蘭ならそう言ってくれるよな。ははははは」
「……ちょっ、笑いすぎだろ……」
二人の様子を使用人たちは微笑ましく見つめていた。
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