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第拾捌話 身請ケ
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「この月影叶夜、番となった蘭を身請けしたい」
叶夜を見定めるように華小路は静かに見つめていた。
「……本当は順番が違うんだけどね」
徐に発した声は、いつもと変わりなくおっとりとした声色だった。
「順番、って言われても……仕方ないとしか言えない」
「わかってるよ。私自身、叶夜にならあの子を任せていいと思ったからね。初夜の相手を申し出てくれた時から薄々気付いていたのかもしれないね」
「俺は俺の側で蘭を守る」
「……あぁ。そうしてくれないと困る。……まだ根本的な解決ができていないからね。少なくとも、そなたの側にいればここよりも安全だろうね」
「月影の名に誓って守り抜く」
「本当、頼もしくて嫉妬しそうだ」
ひとしきり話し終えた叶夜は立ち上がり、部屋を出ようと襖に手をかけたまま華小路の方を振り返り――。
「今まで守ってくれてありがとうな」
照れ臭そうにしながら伝えると、そのまま部屋を後にした。
「……さて。私も決断しないとね」
机の引き出しへし舞い込んでいた『華小路陽斗様 検査結果報告書在中』と書かれた封筒を取り出し、中身を確認した。
「……やはりそうか」
書かれていた内容を読んだ華小路は、大きく息を吐きながら呟いた。
❖❖❖
華小路と話を終えた叶夜は、蘭の部屋へ向かう道中で菊とばったり鉢合わせた。
「……月影様、まだいらしたのですか」
「あぁ、楼主と話してたんだ」
「……これからどちらに?」
「蘭の所だけど」
「お客様はとうの前にお帰りいただく時間となっているのですが、月影様は例外のようですね」
「そう、だな」
「……お早いお帰りを。失礼します」
菊は叶夜を一瞥し、その場から離れて行った。
――あいつ、……俺にだけ冷たくないか?そこそこの力を持っている分、いつ何されるか……。早く蘭の所へ行こっ!
蘭の部屋へと着き、呼吸を整えてから柱を叩く。――中からの返事はなく、もう一度叶夜は柱を叩いた。――先程と同じように返事はなく、不安に思った叶夜は部屋の襖を恐る恐る開けた。すると目に入ってきたのは、机に突っ伏して規則正しい寝息を立てる蘭の姿だった。
「何だよ……。寝てるだけかよ」
安堵の息を漏らしながら叶夜は蘭の近くに座り、頭を優しく撫でた。
――最近、俺が求めすぎたからその反動……なんだろうな。けど、ようやく番になれたんだ。あの日、発情していたお前と出会ってから今日まで、短いようで長かったな……。
ふと蘭が目を覚ました。そしてこれまでに見せたことがないくらい、とびっきりの笑顔で言った。
「叶夜、……おかえり」
「ただいま」
満足したように再び目を閉じた蘭に、叶夜は撫でていた手で自身の顔を隠した。
「……可愛いすぎだろうがっ!」
叶夜は、誰にも聞かれないよう小さな声で大きな思いを叫んだ。
❖❖❖
【青薔薇】大広間――。客人全員が帰宅した後、華小路は見世の者を召集した。
「疲れているところ呼び立ててすまないね。今日みんなを呼んだのは、身請けの決まった子を伝えておこうと思ってね」
ざわざわ――。
突然の身請け話に驚く者もいれば、冷静に状況を理解しようとする者、いまいち状況がわかっていない者……。人の数だけ考え方は様々だった。
「みんな、静かに。華小路さんが困っているだろう」
そう言ったのは【青薔薇】男花魁の菊だった。
「菊、ありがとう。まぁ、みんなが驚くのも仕方ないよね……。私の言葉通りに接してくれていたし、何も聞かずに従ってくれていた。本当に感謝するよ。……さて、本題はここからだ。今回身請けされるのは……蘭だよ」
大広間には多くの人がいるにも関わらず、華小路の放った言葉に一同は静まり返った。
「……蘭が?」
「……身請け?」
「ええぇっ!」
――そりゃそんな反応になるよね……。誰も蘭が身請けされるなんて思ってもいなかっただろうし……。けど、まさか僕よりも先にここを去ってしまうとはね……。
菊は腕を組みながら、華小路へと詰め寄る衆を眺めていた。
それから数日後――。
雲一つない晴天の日、蘭が【青薔薇】を去る時がやってきた。
「みなさん、今までありがとうございました」
深々と見世の衆に頭を下げ、これまで世話になっていたことに対し礼を述べた。
「蘭。お前さんと月影の坊っちゃんなら上手くやっていけるさね!」
「……靜さん、坊っちゃんはやめてくれよ」
「あたしにしてみりゃ、いつまでも坊っちゃんは坊っちゃんさね」
「……はぁ」
大きくため息をつく叶夜を微笑ましく見つめ、蘭は見世の方へと向き直った。
――【青薔薇】に来て良かった。あの時、父さんと母さんが命を懸けて守ってくれたこの命、しっかりと生きて恩返しをしないとな!
心の中で固く決心した蘭は、一皮むけたような表情をしていた。
「蘭、ぼちぼち行くぞ」
「おぅ」
叶夜に促された蘭は【青薔薇】へ一礼し、見世の者たちに見送ら新しい生活拠点へと歩き出した。
その姿を鋭い目付きで見つめる妖がいた。
「あいつら……一体どこに行くんだ。せっかく足が掴めそうだったのに……。兄貴に早く伝えねぇと」
そうして妖は細い道を足早に駆けて行った。
叶夜を見定めるように華小路は静かに見つめていた。
「……本当は順番が違うんだけどね」
徐に発した声は、いつもと変わりなくおっとりとした声色だった。
「順番、って言われても……仕方ないとしか言えない」
「わかってるよ。私自身、叶夜にならあの子を任せていいと思ったからね。初夜の相手を申し出てくれた時から薄々気付いていたのかもしれないね」
「俺は俺の側で蘭を守る」
「……あぁ。そうしてくれないと困る。……まだ根本的な解決ができていないからね。少なくとも、そなたの側にいればここよりも安全だろうね」
「月影の名に誓って守り抜く」
「本当、頼もしくて嫉妬しそうだ」
ひとしきり話し終えた叶夜は立ち上がり、部屋を出ようと襖に手をかけたまま華小路の方を振り返り――。
「今まで守ってくれてありがとうな」
照れ臭そうにしながら伝えると、そのまま部屋を後にした。
「……さて。私も決断しないとね」
机の引き出しへし舞い込んでいた『華小路陽斗様 検査結果報告書在中』と書かれた封筒を取り出し、中身を確認した。
「……やはりそうか」
書かれていた内容を読んだ華小路は、大きく息を吐きながら呟いた。
❖❖❖
華小路と話を終えた叶夜は、蘭の部屋へ向かう道中で菊とばったり鉢合わせた。
「……月影様、まだいらしたのですか」
「あぁ、楼主と話してたんだ」
「……これからどちらに?」
「蘭の所だけど」
「お客様はとうの前にお帰りいただく時間となっているのですが、月影様は例外のようですね」
「そう、だな」
「……お早いお帰りを。失礼します」
菊は叶夜を一瞥し、その場から離れて行った。
――あいつ、……俺にだけ冷たくないか?そこそこの力を持っている分、いつ何されるか……。早く蘭の所へ行こっ!
蘭の部屋へと着き、呼吸を整えてから柱を叩く。――中からの返事はなく、もう一度叶夜は柱を叩いた。――先程と同じように返事はなく、不安に思った叶夜は部屋の襖を恐る恐る開けた。すると目に入ってきたのは、机に突っ伏して規則正しい寝息を立てる蘭の姿だった。
「何だよ……。寝てるだけかよ」
安堵の息を漏らしながら叶夜は蘭の近くに座り、頭を優しく撫でた。
――最近、俺が求めすぎたからその反動……なんだろうな。けど、ようやく番になれたんだ。あの日、発情していたお前と出会ってから今日まで、短いようで長かったな……。
ふと蘭が目を覚ました。そしてこれまでに見せたことがないくらい、とびっきりの笑顔で言った。
「叶夜、……おかえり」
「ただいま」
満足したように再び目を閉じた蘭に、叶夜は撫でていた手で自身の顔を隠した。
「……可愛いすぎだろうがっ!」
叶夜は、誰にも聞かれないよう小さな声で大きな思いを叫んだ。
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【青薔薇】大広間――。客人全員が帰宅した後、華小路は見世の者を召集した。
「疲れているところ呼び立ててすまないね。今日みんなを呼んだのは、身請けの決まった子を伝えておこうと思ってね」
ざわざわ――。
突然の身請け話に驚く者もいれば、冷静に状況を理解しようとする者、いまいち状況がわかっていない者……。人の数だけ考え方は様々だった。
「みんな、静かに。華小路さんが困っているだろう」
そう言ったのは【青薔薇】男花魁の菊だった。
「菊、ありがとう。まぁ、みんなが驚くのも仕方ないよね……。私の言葉通りに接してくれていたし、何も聞かずに従ってくれていた。本当に感謝するよ。……さて、本題はここからだ。今回身請けされるのは……蘭だよ」
大広間には多くの人がいるにも関わらず、華小路の放った言葉に一同は静まり返った。
「……蘭が?」
「……身請け?」
「ええぇっ!」
――そりゃそんな反応になるよね……。誰も蘭が身請けされるなんて思ってもいなかっただろうし……。けど、まさか僕よりも先にここを去ってしまうとはね……。
菊は腕を組みながら、華小路へと詰め寄る衆を眺めていた。
それから数日後――。
雲一つない晴天の日、蘭が【青薔薇】を去る時がやってきた。
「みなさん、今までありがとうございました」
深々と見世の衆に頭を下げ、これまで世話になっていたことに対し礼を述べた。
「蘭。お前さんと月影の坊っちゃんなら上手くやっていけるさね!」
「……靜さん、坊っちゃんはやめてくれよ」
「あたしにしてみりゃ、いつまでも坊っちゃんは坊っちゃんさね」
「……はぁ」
大きくため息をつく叶夜を微笑ましく見つめ、蘭は見世の方へと向き直った。
――【青薔薇】に来て良かった。あの時、父さんと母さんが命を懸けて守ってくれたこの命、しっかりと生きて恩返しをしないとな!
心の中で固く決心した蘭は、一皮むけたような表情をしていた。
「蘭、ぼちぼち行くぞ」
「おぅ」
叶夜に促された蘭は【青薔薇】へ一礼し、見世の者たちに見送ら新しい生活拠点へと歩き出した。
その姿を鋭い目付きで見つめる妖がいた。
「あいつら……一体どこに行くんだ。せっかく足が掴めそうだったのに……。兄貴に早く伝えねぇと」
そうして妖は細い道を足早に駆けて行った。
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